国際フォーラム開催報告/アジアの労使関係:基調講演要旨
アジアの労使関係、どう読むか
—韓国・中国・ベトナムを中心に

  • カテゴリー:労使関係
  • フォーカス:2006年10月

労働政策研究・研修機構と国際労働機関(ILO)駐日事務所は移行期にある東アジアの労使関係をテーマに、国際フォーラム「アジアの労使関係、どう読むか―韓国・中国・ベトナムを中心に」を開催した。本フォーラムでは、ILO東アジア準地域総局労使関係専門家のチャン・ヒー・リー氏が基調講演を行い、続いてのパネルディスカッションでは、韓国、中国、ベトナムの労使関係に詳しい3人の専門家が参加した。要旨は以下の通り。

基調講演

チャン・ヒー・リー(ILO東アジア準地域総局労使関係専門家)

パネリスト

ベトナム:香川孝三(神戸大学大学院国際協力研究科教授)
中国:中村良二(労働政策研究・研修機構副主任研究員)
韓国:呉学殊(労働政策研究・研修機構副主任研究員)

チャン・ヒー・リー氏による基調講演

はじめに

バンコクのILO東アジア準地域総局が担当する地域はモンゴルからシンガポールまで含まれる。この地域の労使関係を一言で特徴づけるとすれば「多様性」である。ただ、多様な中でも今回取り上げる中国、ベトナム、韓国、日本の4カ国はいずれも言語において共通するルーツをもっており、文化的にも共通点多い。ここでは、中国とベトナム、韓国と日本をそれぞれ比較することにより、アジアの労使関係の現在と今後について検討したい。

数年前までベトナムは、中国に遅れて追随するだけの国と考えられていた。中国が経済を開放し、それに従うようにベトナムも開放を行った。中国が国営企業の改革を決定すると、ベトナムも同様の改革を行った。したがって、中国とベトナムはおよそ似たような経済改革や経済発展の状況にあり、政治についても同様の改革を行っていくというのが一般的な考え方であった。

労働法制の分野についても、中国とベトナムはほぼ同じような体系を形成している。1995年の同日に労働法が成立した。中国の労働組合法の改正(2001年10月)とベトナムの労働法典改正(2002年4月)はほぼ同じ時期である。三者構成制度の形成についても、中国は2001年8月、ベトナムは2005年に着手してきた。職場の労働組合は政党国家組織の一部になっているという点でも、ホワイトカラーとブルーカラーが同じ労働組合に組織され、経営者が組合に参加している点でも共通する。要するに、組合が一般の労働者を代表する組織になっていない。

だが、2000年あたりから中国とベトナムの間で少しずつ違う方向性が見出せるようになってきた。

中国

労使関係

中国における近年の労使関係の試みを概観すると以下のとおりとなる。1995年に団体交渉運動がはじまり、新労働法が採択され、対等な立場での団体協議が行われるようになった。2001年には労働組合法が改正された。政治的制約は不変でありつつも、労使関係の試みを行う新たな余地が生まれた。

2001年に全国三者協議委員会(団体交渉三者構成協議委員会)が設立されて以来、三者構成制度が地区レベルにまで浸透しつつある。この三者構成制度の浸透が、団体協約(注1)の締結を促進することになった。締結状況は以下の図表1に示されている。

図表1 団体協約締結件数

図表1:団体協約締結件数

企業レベルの労使関係の変化

2000年以降、賃金交渉運動が新たに強調され始めたことをきっかけとして、企業レベルでの労使関係に変化が起きた。

中国の賃金交渉が企業単位の労使関係においてどういった意味合いを持つのかについて、次に挙げる事例は興味深い。2001年、南京にある従業員100人規模の食品会社で、組合の代表が賃金交渉を行うことになったが、経営側から提示されたものに自動的に署名した。労組代表者が従業員に何の相談もせずに署名したことを知ったとたん従業員は怒り狂い、労組代表者に対する抗議に打って出た。その後、「新しい労組代表者」は、従業員が何を要求しているのか聞き取りをしなければならなくなった。その上、従業員の代表を組合の委員会に同席させ、組合の中で民主的な代表権を確立すれば良いと考えるようになった。次第に、従業員と相談してから経営側との交渉を行うようになった。

この事例は新しい力関係が職場レベルで生じたことを示唆する動きである。そして、組合のガバナンスや組合の機能について変化が生じたことは、今後非常に大きな意味合いを持つ。

先取り的なコーポラティズム

上記のような中国政府による団体交渉や国レベルでの賃金交渉、三者協議といった取組みは、いずれも党としての社会の安定性に対する懸念の裏返しである。懸念があるからこそ先手を打って、このような組織づくりに取り組んでいるのではないか。これを私は「先取り的なコーポラティズム」と称している。正式なシステムにおいて前もって様々な手段を打つことによって組合側と経営側の双方を取り込んでいこうとする考え方である。

だがこの先取り的なコーポラティズムがどこまで成功するのかは未知数である。その理由は、近年の労働争議件数(図表2)。団体協約成立件数のグラフを見比べてみることによってわかる。

図表2:団体労働争議件数

図表2

ここでいう「団体争議」とは、3人以上の労働者が関わるものである。経済成長率が8%から12%であるのに対して、その2倍から3倍の伸び率で争議が起きていることが非常に大きな懸念の材料となっている。

このグラフと先に示した団体協約の成立件数と紛争発生件数を見比べてみると、相関関係にあるということがわかる。協約が成立するにつれて紛争件数も増加する傾向が見られる。長期的に見れば、協約の成立は争議件数の減少に寄与するはずであるが、中国の現実はそのような動きを示していない。つまり、現在の中国政府の政策、「先取り的なコーポラティズム」がどれほど実効性があるかはわからない。

ベトナム

労使関係

ベトナムの労使関係は中国のそれとほとんど同じだと言える。ベトナムも中国と同様に、職場レベルの労使関係に民主性はなく、労働組合の幹部は政党国家組織の一部である。また、中国ではCEOは組合員ではないが、ベトナムではCEOですら組合員であることがある。

だが、2000年頃から少しずつ中国と違う方向性が見えはじめた。ベトナムの労使関係に変化の兆しが見られる。

2005年12月26日から翌年3月までの間、相当大きな労働組合のストがあった。賃金引き上げを要求し、102回ほどのストに20万人ぐらいが加わったと言われている。98年から2005年までの10年間の平均的なストライキ件数は100件であった。一方、2006年に入って4~5カ月の間に200件もストが起きているということは、非常に大きな変化だと言える。

労働者の連帯行動

このストの原因の1つとして労働者の労働条件の低さが挙げられる。農村から都市に出てきた労働者が多く働いている。現行の戸籍制度では農村の者は都市において身分を証明することができない。そのため、転職することもできず、低い労働条件を受け入れざるを得ない状況にある。このことへの不満が爆発する形で山猫ストが起きたという見方が有力である。また、労働力不足が問題化しており、労働者に少しずつ交渉力がついてきている。労働者の連帯は、農村部の労働者との連帯に広がっているという見方もある。

ベトナムでは新しい労使関係法を制定する必要性が議論されている。ストなどが山猫ストにならないような法律的な枠組みづくりを検討している。場合によっては、現在起きているストを合法化することも考えている。さらにまた、団体交渉を推進する方法なども検討中である。

中国の労使関係との相違

中国とベトナムの労使関係の違いは次のような側面にも見られる。

まず、経営者団体が持つ性格の違いである。ベトナムの経営者団体である商工会議所は組織としては弱いが、使用者を代表する可能性がある。中国にはその可能性が見えない。というのは、中国の使用者団体は改革前にあった国営企業のクラブから派生したものであるからだ。

地域レベルでの労使対話のシステムに関して言えば、中国において三者協議委員会が地域レベルまで浸透しているのに対して、ベトナムでは全国レベルで確立したが、地方レベルでの形成は困難になっている。それはベトナムでは地方レベルで使用者側を代表できる主体がないからである。

中国、ベトナムとも労使関係、労働市場は、今不安定な時期に入ってきており、しばらくこの状況が続いていくと考えられる。両国とも経済改革を推進する中でそのような状況が出てきたのである。

韓国

労使関係

韓国で不安定な労使関係が続いている。歴史的にみて1957年まで軍政によって労働運動が抑圧されてきた経緯がある。1987年の民主化によってようやく独立した労働組合が結成された。長い抑圧のためにフラストレーションがたまり、現在の戦闘的な姿勢につながったとも言える。

民主化以降、年功序列賃金制度、終身雇用、企業別組合など、日本の経営慣行を手本に、職場での協調を促す新しい人的資源管理方針が導入された。1990年代前半は安定化の方向に進んでいた。

しかし、1997年の経済危機で事態は一変した。雇用に関する暗黙の社会規範が崩れ、レイオフが合法化され、大企業による経済危機への機会主義的な対応が広がった。労働者の企業へのコミットメントや信頼感は急激に低下した。

短期利益を最大化するために賃金闘争(wage militancy)が奨励され、労働者は、自己防衛のために企業を超えた「連帯」を求めるようになった。企業レベルの交渉から産業レベルの交渉への移行がみられた。

1998年の経済危機の際、三者協議によって危機を乗り越えるため、社会対話のメカニズムが導入された。この対話は初期の段階では機能したが、継続して行われることはなかった。危機後には長期雇用や終身雇用の慣行もなくなり、不安定化の要因となった。

旧来のモデルは崩壊したが、それに代わる新しいモデルの構築には至っていない。

日本との違い

韓国では長い間、軍政下で労働運動が抑圧された状態にあり、経営側には労使関係上の問題が起きても、政府に頼っていれば良いという考え方が定着した。それに対して日本では、戦争直後はGHQによって労働者組織の醸成が促された一方で経営者団体の設立は規制された。その後、共産主義、資本主義の体制間で緊張が高まると、ようやく経営者団体の発足が認められた。そのような状況下において、日本の使用者は労働者組織に対応していくために、自力でお互いに手を結ばなければならなかった。使用者が団体として結びつき、お互いに経験を共有化し、知識などを分かち合うための弾みとなった。日本の労使関係の1950年代の発達において使用者のネットワークが非常に重要だったのである。また、日本では、50年代、60年代に、鉄鋼産業などで業界同士お互いに勉強会を開いて、ベストプラクティスを追求し、それを企業を超えて広げていくようなやり方が行われた。それに対して韓国の場合には、モデル形成の経験が一度としてなかったため、様々なモデルが同時に存在し、競い合う状況になったのである。

最後に

労使関係の不安定な状態にある中国とベトナム、そして同じように不安定な状態にある韓国の労使関係と日本の経験を検討してきた。その上で、中国とベトナムの今後に活かすことができるものとして、次のことが指摘できる。

第1に、正式な組織の設立、広く一般の労働者の意見を反映させるシステムの構築が重要である。

第2に、法制度の整備には労使関係上のノウハウの共有化が必要であり、使用者団体の存在が鍵となってくるだろう。

労使関係の安定化には以上の2点に留意する必要がある。改革が遅れると、労働者が法的な枠組みの外での行動に踏み切ってしまう懸念がある。

パネル・ディスカッション

中国:労働組合(工会)には労働者の多様な意見を経営側に伝達する役割

中村:グローバル経済の時代において、企業は最適な生産体制を求めて、国境を越えて動く。その際、労使関係が非常に重要な決め手となっている。

中国もベトナムも計画経済から市場経済への移行期にある。私はまだ、中国に労使関係が存在しているとは自信を持って言えない。例えば、ある企業の従業員が、工会の主席(中国の労働組合のトップ)に労働問題について相談したが、企業や工会の中では解決できず、訴訟を起こした。裁判所の相手側の席には総経理(社長)のかわりに工会の主席が座っていたといった話がある。

工会には、基本的に社長以外の全員が加入できる。企業の上級・中級幹部が兼任していることも多い。工会の役割は、これまでは従業員側の要望を経営側にきちんと伝えることではなく、経営側の意思をスムーズに従業員側に伝えることであった。基本的に労働組合ではなく、党の下部機関としての位置づけが強かった。

日系企業は、経営会議の機密情報が工会関係者の地域ネットワークを通じて漏れるような事態に直面している。経営会議で否決された案件が、工会によって覆され、結局中国側の製品化の意向が通ってしまったといった事例もある。

現在中国でも格差が広がり、従業員の利害が多様化している。工会は労働者の様々な利害を取りまとめて経営側に伝えている。こうした労働者の意思を経営側に伝達する仕組みは、やはり工会を通じてしかないと思う。

ここ1~2年の日系企業におけるストライキは、政府がかなり強引に抑えこんでいるように見える。政府は、中国に対する投資への影響や日系企業に対する反発が政府に向かうことを恐れている。政府の介入により、本来労使双方が知恵を出し合って様々な問題を解決する過程で期待される学習の機会が奪われてしまうのは、今後の労使関係の成熟にとって非常にマイナスである。

ベトナム:労組、最低賃金の引き上げを求め大規模ストを実施

香川:ベトナムも社会主義市場経済化を進めており、先行する中国の動きを見て、良い点は取り入れ、悪い点は少し変えてベトナムに取り入れてきた。

ベトナムの労働組合には、管理職が加入しており、社長が組合員の場合もかなりある。その意味で労働組合と使用者の対抗関係が非常につくりにくい状況だ。組合費は、組合員から徴収するだけでなく、企業側からも支払われている。日本の法律で言う経理上の援助に該当するような行為が行われており、対抗関係が余計見えにくくなっている。

ベトナムの労働組合は、労働条件を向上させる経済的役割のほかに、企業や使用者とともに共産党の一党独裁体制を支える政治的な役割がある。その結果、経済的役割よりも政治的役割が強調され、経済面での対抗関係がかなり弱くなっている。

ベトナムでも団体交渉や話し合いで労働協約を締結しようとする動きはある。しかし、協約には労働法典の規定と同じような内容しか書いてない場合が多く、一番重要な労働条件の賃金については、労働協約の中にあまり書かれていない。賃金交渉はほとんど行われず、企業側が一方的に賃金を決める場合が非常に多い。

ベトナムでは法律上ストライキ権が認められており、かなりの数のストライキが行われている。団体交渉がうまく機能していないので、それにかわって組合員の一部が、話し合いなしに、いきなりストライキに入るケースがある。

ベトナムでは多くの企業が最低賃金ぎりぎりの賃金しか支払っておらず、それはとても生活できるような額ではない。夫婦共働きで、1人が2つ、3つの仕事を持って稼がないと生活できない状況にある。最低賃金の引き上げは当然の要求だが、それがなかなか認められず、ストライキに発展している。

日本企業で最低賃金の2倍から3倍の賃金を支払っているにもかかわらず、ストライキが発生しているのは、地元企業を支援するための同情ストと見られる。こうした同情ストにより日本企業は多大な被害を蒙った。

政府は、労働条件が非常に低いことをよく理解しているため、比較的労働者に同情的で、ストライキに参加した労働者を処罰するようなことはあまりやっていない。

ベトナムでは、使用者団体も、社会主義体制を維持する重要な組織の1つと位置づけられている。社会主義時代には、使用者は共産党や政府と一体化しており、政労使三者で利害調整する必要がなかった。市場経済化の進展により事情は変わって来ているが、使用者団体としての機能を十分果たしているとは言いがたい。

韓国:すばらしい法制度があるが機能せず

呉:韓国は以前、日本的経営を受け入れて、日本の労使関係にどんどん近づいていくと予想された。しかし、バブル崩壊により日本的なものがあまり採用されなくなり、1997年の経済危機でそれが一気に吹き飛んだ。私はかつて、日韓の大手企業の労使関係を比較して、韓国をスポット的危機克服型労使関係、日本を持続的信頼蓄積型労使関係と定義した。韓国は現在でもこのような状況が続いている。

労使関係に関する法律を2つだけ紹介したい。韓国では、経済危機後の1998年に法律に基づき労使政委員会が発足した。しかし、非常にすばらしい政労使の対話機構が用意されているにもかかわらず、実際にはほとんど機能していない。

もう1つは、勤労者参与および協力増進に関する法律であり、従業員30人以上の企業に対し労使協議会を設置するよう義務づけている。協議事項としては、生産性向上と成果配分、採用・配置・教育・訓練、労働争議の予防、苦情処理、人事労務管理制度の改善、賃金の支払方法・体系向上等の制度改善などが規定されている。また、労働者の教育・訓練や能力開発基本計画、福祉施設の設置・管理、社内の労働福祉基金の設置、苦情処理委員会で議決されない事項の取り扱いなどについては、労働者の同意が必要である。

このように労働者の経営参加に関するすばらしい法律を持っている韓国において、なぜ労使関係が不安定なのか。その理由の1つは、労使自治が成熟していないことである。軍事政権時代は、労働組合がほとんど認められておらず、政府が労使紛争に介入し、警察が労働争議を抑え込むような状況が続いた。労働組合専従者の給料は未だに、使用者側が全額支払っている(来年1月1日から廃止される予定)。

社会主義市場経済下における労使関係は存在するのか

香川:リーさんの基調講演には非常にたくさんの論点があったので、(1)社会主義市場経済下における労使関係は存在するのか(2)韓国と日本の違い(3)使用者団体の役割の3点に絞ってディスカッションを進めたい。

リー:東アジアには、2004年の時点で月額45米ドルの事実上の最低賃金があると考えられた。カンボジアやベトナムでは、長い間45米ドルのレベルが続いた。中国は、地区や都市、省によって異なるが、340元が一番低く、これが約45米ドルに当たる。

ベトナムでは多くの会社が最低賃金か、それを少し上回る水準の賃金を支払っていた。中国も同様に最低賃金だけを支払っていた。しかし、最近は最低賃金の引き上げだけでなく、平均賃金が中国もベトナムも上昇している。経済や雇用の状況が変わり、労働市場も変化してきた。多国籍企業は、労働コストの上昇などに直面している。

中国では1億3000万人が組織化されているが、一般的な意味での労働組合とは異なる。多くの企業は現在、労使協議会のようなシステムをつくっているが、それでも交渉は非常に制約を受けている。2001年に改正された労働組合法は、経営者の親族などは組合に加入できないと規定した。このように新しい制度改革が少しずつ行われ、経営と労働の構造を変えようとする動きが見られる。ベトナムでもそういった動きが工場レベルで徐々に見えるようになってきた。

中国の労働法のテキストは非常に薄く、あまり詳細なことは書いていない。ベトナムの労働法は非常に厚く、細かく規制されている。しかし、中国も新しい労働契約に関する法律ができたので、労使紛争解決に関しても新しい規制が設けられる可能性がある。私は、中国にもベトナムにも労使関係があると考えている。

中村:外資系企業は最近、合弁でなく独資という形で進出する場合が非常に増えている。そうなると、これまでの国有企業に代表される工会のあり方が外資系企業に直接持ち込まれる可能性が低くなってくる。しかし、工会のネットワークの背後にある党のネットワークが労使関係を真摯に受けとめているかは疑問である。少なくとも現在は、労使関係をきちんと整序するよりも、その時々のストや問題を警察や軍事力を使って抑え込もうとしている。中国に労使関係があるのかについては、あるところもあるが、ほとんどないというのが私の正直な意見だ。

香川:ベトナムの場合、外国人は組合への加入資格が認められていない。したがって日本企業の社長や管理職は組合に加入できない。このため対抗関係が見えやすく、将来は話し合いや団体交渉が徐々に強まってくると思われる。今のところ組合は、主に従業員の福利厚生やレクリエーション、運動会、カラオケ大会などの企画を、使用者の資金で実施している。今後は、より重要な賃金交渉などに活動分野を広げていく可能性が十分あると思う。ベトナムは、1986年に市場経済化を始めてから20年しかたってない。市場経済化がさらに進めば労使関係は十分成り立ち得る。

呉:韓国の労働組合のリーダーたちは、日本の労働組合を御用組合に近いと見ている。企業別労働組合は良くないので産業別労働組合をつくらなくてはならないと主張し、運動を行っている。日本は世界的に見ても労使紛争が非常に少ない。2004年の労働損失日数は、韓国が日本の120倍である。労使関係が不安定なため、韓国企業は利益を出すためにやむを得ず海外進出を積極的に進めた。その結果、日本企業よりも韓国企業のほうがすばやく国際的な展開ができるような状況となっている。

より詳しい議事録はこちらをご覧下さい。

講師、パネリスト略歴

チャン・ヒー・リー

ILO東アジア準地域総局(バンコク=カンボジア、中国、日本、韓国、ラオス、マレーシア、モンゴル、シンガポール、タイ、ベトナムの10カ国を統轄)の労使関係専門家。地域内の政労使の労使関係当事者に、三者間の社会対話、団体交渉、人的資源管理、賃金政策、労使紛争解決など、広範な労使関係の政策課題について助言を行っている。東アジアの労使関係に関する論文を多数発表。

香川孝三

神戸大学大学院国際協力研究科教授。アジア諸国における労使紛争処理の特徴を経済的社会的文化的背景から分析。労使紛争処理の日韓比較、社会主義市場経済のもとにあるベトナムでの労使紛争処理についても研究中。主な著書は、『マレーシア労使関係法論』(信山社、1995)、『アジアの労働と法』(信山社、2000)、『ベトナムの労働、法と文化:ハノイ滞在記』(信山社、2006)など。

中村良二

労働政策研究・研修機構副主任研究員。わが国における成果主義人事制度の研究を行う一方で、主として中国をフィールドとしながら、国有企業、進出日系企業の労働問題を、社会構造変動との関連から分析。現在は、特に中国における労使関係の工会について研究を進めている。主な著作は、『中国国有企業改革のゆくえ』(日本労働研究機構、2001)、『中国進出日系企業の研究』(日本労働研究機構、2003)など。

呉学殊

労働政策研究・研修機構副主任研究員。雇用慣行と労使関係、コーポレート・ガバナンスの日韓比較を研究。最近、外資系企業の労使関係、非正規労働問題の日韓比較を研究している。主な著作は、『純粋持株会社企業グループの労使関係』(日本労働研究機構、2003)『韓国のコーポレート・ガバナンス改革と労使関係』(労働政策研究・研修機構、2004)など。

注1:

2006年10月 フォーカス: アジアの労使関係、どう読むか ―韓国・中国・ベトナムを中心に

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