労働紛争・解決システム・労使関係:アメリカ
アメリカにおける個別雇用紛争解決

(本稿は、イリノイ大学マシュウ・W・フィンキン氏がJILPTの国際シンポジウムのために執筆した論文をJILPTの責任において要約したものである。)

アメリカは日本や韓国、ドイツや英国と違って、不当解雇に関し、行政が責任を持って迅速に、かつ経費をかけずに確実に正義に帰するというシステムが保障されていない。アメリカの雇用紛争解決システムは模範とすべきではなく、むしろ反面教師としてとらえるべきだと考える。

アメリカの雇用関係法は、19世紀の判例の名残である、いわゆる「随意雇用原則」から派生したものである。その原則によれば、期間の定めのない雇用契約について、雇用主はいつでも、どんな理由でも労働者を解雇できる。すべての雇用関係上の問題はこうした枠組みの中で処理されるために、アメリカの雇用紛争解決システムは欠陥が多いとされ、「あってなきが如し」のシステムとも言われる。過去には本システムを全面的に修正する案も浮上したが、それに対しては経済的・イデオロギー的な抵抗が示されて来た。以下では、本システムについて、個別の雇用紛争解決の例を引きながら紹介したい。

不当解雇への法的対応

不当解雇について法的に対処するには、全面的で迅速、かつ公正で正確な権利侵害の補償を行うこと、加えて経費負担が可能な限り低く抑えられることが重要である。しかしながら、これらの項目の目的は相矛盾している。つまり、補償金額が大きくなればなるほど、正確さの必要性が増大する。正確さを期すれば期するほど、適正な手続きが求められ、正式事実審理前の証拠開示、記録の再調査他、さまざまな手続きが関わり、関連経費(特に弁護士費用)が上昇するとともに、解決までに要する時間も長くなる。このように相矛盾する様々な要素の間で、いかに折り合いをつけるかということが重要である。

そこで以下では、(1)全国労働関係局(NLRB)による不当労働行為手続、(2)労働協約に基づく労働仲裁制度、(3)民事訴訟、(4)雇用仲裁――を取り上げて、アメリカの雇用紛争解決システムの状況について説明したい。各制度の概要は表1に示している。

表1:各制度の概要
  救済請求から正式手続きまでの平均期間:調査および和解 救済請求から結論までの平均期間 勝率 救済
NLRB:組合活動による解雇を理由とする不当解雇 87日 584日 該当せず 復職/約1年分の遡及賃金-減額分+利息
労働仲裁:不当解雇 159日 353日 60% 復職/
±約1年間分のバックペイ
民事訴訟:差別 180 日(法定最低日数) 623 日 34%-50% 95000~2万0 ドル(中央値)
民事訴訟:不当解雇 要件なし 637日 57%-60% 69000~297000ドル(中央値)
雇用仲裁:不当解雇(注1)(低賃金者のみ)
要件なし      
同上:公民権法上の請求   236日 24.3% 56000ドル(中央値)
同上:公民権法以外の権利請求   246日 40% 13500ドル(中央値)

1.NLRBによる不当労働行為手続

全国労働関係法(注2)(NLRA)は被用者に対し、(1)団結する権利、(2)労働団体を結成・加入・支援する権利、(3)団体交渉に従事する権利および(4)相互扶助と保護のためのその他の形態の団体行動に従事する権利、(5)あるいはこのような活動をしない権利――を保証している。被用者がNLRAに基づいて自らの代表者を選出した場合、雇用者とその被用者の代表は、誠意をもって交渉する義務を負う。雇用者または労働組合が、被用者に上記の権利の行使を制限または強制すること、あるいは誠実な交渉を拒否することは、不当労働行為である。NLRAの運用を担当するのはNLRBであり、不当労働行為の申し立てを受けて審査を行い、救済命令を発する。

不当労働行為手続は、以下のとおりである。(1)手続きは申立によって始まり、不当労働行為が法定期間内(6カ月)に起きた、または起きていると考える者は誰でもNLRBに申立を行うことができる。(2)申立を受けたNLRB地方支局が調査を行い、申立に理由がないと考えられる場合、申立の取下げを勧告。申立人がこれに応じない場合は、申立却下の決定を下す。(3)申立に十分な根拠があり、和解が困難であることが明らかになった場合には、正式な救済請求状が発せられる。ただし、正式な審問が始まるまではいつでも、和解する、または救済請求を取下げることが可能。(4)救済請求の審問は行政法審判官の面前で行われる。行政法審判官は必要に応じて、事実認定報告書と法律上の判断を救済案と共に提出する。(5)行政法審判官の決定に不満な当事者は、NLRBに異議を申立てることができる。通常は局委員会が全当事者の書面および行政法審判官の面前での審問の記録に基づいて決定を下す。なお、NLRBが出した救済命令に不満がある場合、連邦控訴裁判所に司法審査を求めることができる。

ここで留意しておくべきことは、救済請求状が発せられる場合、手続きはすべて連邦政府が運営し、被用者の費用は連邦政府が負担する点である。 NLRB手続きでは正式事実審理前の証拠開示はないが、NLRB側に挙証責任がある。表2はNLRBの事件取扱件数を示している。

表2:NLRBの事件取扱件数
  申立 救済請求前の取下げ 救済請求前の却下 救済請求前の和解または調整 救済命令
1990年 33833件 30.3% 34.8% 30.1% 2.4%
2000年 29188件 29.5% 30.8% 35.4% 1.7%
2004年 26890件 29.0% 30.8% 35.8% 2.3%

出典: NLRB

表2にあるように、NLRBに対する申立はおよそ1年に2万から3万件なされるが、その9割以上は取下げ、却下、和解によって解決されている。最終的に救済命令が下されるのは、約2.5%に留まっている。つまり、NLRAは訴訟のためでなく、和解を促すための法律だと言える。救済請求2万件のうち、和解が成立せずに審理を受けるのは約1200件、最終的にNLRBの救済命令まで持ち込まれるのは400件ほどである。

NLRB救済権限はいわゆる「原状回復」救済であり、遡及的な賃金の支払いと、解雇された被用者の復職に限定されている。解雇された被用者の約80%が復職の申し出を受諾する。一連の処理には、平均して20カ月かかるが(表1救済請求から結論までの平均期間を参照)、場合によっては、更に長期化する場合(注3)もある。和解に達しない場合、不当解雇された平均的被用者に対し、およそ20か月分の遡及賃金から、この期間中に当該被用者が獲得した金額を差し引いた額が支払われる。

費用負担

雇用者側にとって、救済請求に対抗するための弁護士費用と、民事訴訟に要する費用とは、あまり差異がない。一般的にNLRBに持ち込まれた場合の雇用者負担は75000ドル程度である。その一方で、不当解雇された従業員に対して補償される金額は、解雇からNLRBによる救済までの平均期間が20カ月であることを考慮すると、手続き終了時に受け取る額は5万ドルに利息を加算し、減額分を差し引いた額になる。このような少額の支払いに対抗するために、雇用者がそれを上回る法的な経費負担をしているのは何故だろうか。NLRBによる解決は、時間が特段短いわけでもなく、正義がまっとうされるわけでもない。手続きに要する時間については、統計等で比較すると、NLRBの決定よりも労働協約に基く労働仲裁の方が解決にかかる時間が短い。

それでもなお、雇用者が雇用者の権利を侵害してまで、NLRBの救済命令に持ち込もうとするのは、雇用者が自分の行動の正当性に確固とした信念があり、純粋に正当性を主張するためか、あるいはその解雇がもっと大きな計略の一部であるかのいずれかである。一握りの労働組合活動家を解雇して、数年後、一連の手続き終了後に支払う経費は数万ドルであり、この訴訟を担当する弁護士にかかる経費が数十万ドルである。だとすると、雇用者は労働組合の賃上げ要求に同意するより、労働組合の指導者を解雇する方が、経費負担が軽くて済むとの予測が成り立つ。

2 労働協約に基づく労働仲裁制度

大半の労働協約には、労働協約の適用をめぐる苦情処理及び仲裁に関する規定が設けられており、それによると、苦情処理手続きの最終段階(注4)は第三者による労働仲裁に至ると定められている。苦情が仲裁にゆだねられた場合には、中立な立場にある仲裁人が労使双方から意見を聞いた上で、最終的な解決策を示す。その場合、労使は仲裁人の判断に拘束される。仲裁は、当事者が選択した専任審判人(standing umpire)、三者間パネル、あるいは合意されたリストから選出された、またはその事件のために選出された一人の仲裁人が下す。

例えば、雇用者は「雇用随意原則」に基づいて自由に解雇できるが、労働協約に「被用者は正当な理由なく解雇されない」という定めがある場合、労働組合はこの解雇を苦情処理手続の諸段階を経て、最終的に仲裁に持ち込むことができる。苦情処理手続きを経た仲裁は、組合員である被用者にとってその契約上の権利を保護されるための排他的な手段である。不当解雇について、被用者は雇用者に対し民事訴訟を起こすこともできるが、それは、事件の処理に当たって労働組合が公正な代表の義務に違反したことを証明できる場合(注5)のみである。仲裁人の裁定についての司法審査はきわめて限定され、事実の誤りや労働協約の不当な解釈でさえ裁判所の取扱事項には当たらない。

当事者である経営側と組合が仲裁人を選ぶ方法は数多くあり、労働仲裁がどの程度、誰によって行われているかの詳細は明らかになっていない。連邦政府機関である連邦斡旋・調停局(FMCS)は、仲裁人のリストと、選任についての情報を保有し、統計を公表している。この統計から、労働調停制度を概観することができる。表3はFMCSの活動を示している(注6)。

表3:FMCS 労働仲裁人選任プログラム
  1990年 2000年 2004年
仲裁人名簿の要請件数 27363 16976 16382
仲裁人名簿発行件数 32215 19485 18033
指名された仲裁人の人数 12557 9561 7875

出典: FMCS

近年、NLRBに申し立てられるケースが大幅に増加し、労働仲裁は全体的に減少している。手続きにかかる経費は過去40年間ほとんど一定であるが、所用時間は長期化している。その原因の一つには苦情処理のプロセスや仲裁人の選定そのものに時間がかかるからである。

労働仲裁裁定は、まさに様々な苦情処理のプロセスの中点に立つものであることは忘れてはならない。労働組合は解雇事件の約60%で労働仲裁人による仲裁に成功し、契約解釈の問題を提起する事件の半分強で勝った。このように労働仲裁システムが成功を収めている背景には、一つには、労使の両当事者がこのシステムを機能させようと努力していることにある。

3.民事訴訟

統計値の収集・解釈ともに困難な分野である。民事訴訟は、州裁判所あるいは連邦裁判所に提起することが出来、私法上の請求権、すなわち契約に基づく請求権と、制定法に基づく請求権を対象とすることが出来る。

クライド・サマーズは、1992年に出された「雇用権の効果的救済:予備的指針・提案」の中で、不法解雇訴訟は宝くじのようなものであると指摘している。つまり、労働者が弁護士に訴訟を依頼する場合、その訴訟に勝ち目があれば、弁護士は賠償金額の50%を成功報酬として受け取ることを条件に引き受ける。そして、損害賠償の巨額の支払いを認めさせるよう陪審員に対する戦略を練る。結局のところ、アメリカの民事訴訟制度は、弁護士に巨額の費用を支払うシステムであり、基本的に法廷弁護団の利益のために運営されていると結論しないわけにはいかない。表1によると、不当解雇に関する民事訴訟の場合、勝率は60%であり、10例中6例は原告が勝訴、4回は敗訴する。6例について、弁護士は多大な成功報酬を得るだけでなく、労働者側が敗訴した場合でも、勝訴した経営側の弁護士には費用が支払われる。これが合衆国の紛争解決システムであって、これはたとえ立法によって改正しようとしても変えようがない。

連邦の公民権法(Civil Rights Act)に基づく雇用差別の申立は、まずEEOCに提起しなければならない。EEOCは2004年に民間部門から79000件以上の個別申立てを受理した。この申立ての調停が成功しない場合(またEEOCが民事訴訟を起こさない場合)には、個人が州または連邦の裁判所に提訴することができる。しかし、この場合も、たとえ裁定により勝訴側に弁護士料が認められたとしても、回復される可能性のある額が成功報酬ベースで引受けて見合う金額でない限り、被用者が法廷弁護士を確保するのは困難である。

4.雇用仲裁―訴訟に代わる紛争解決手段

最近、雇用契約の中に「拘束的仲裁」の項目を含めることで、雇用紛争が生じた場合、法廷での訴訟を避け、中立的第三者に仲裁を任せることについて労働者に合意させるというケースが増えつつある。先に述べた団体協約に基づく労働仲裁と区別するために、この仲裁を「雇用仲裁」と呼ぶ。これはすなわち、契約上の権利と、制定法・不法行為に関する労働保護の両方を擁護するための公法廷である裁判所を、民間の仲裁法廷に置き換えるものである。

雇用仲裁の誕生は、アメリカ雇用関係法で最も激しい論争を呼び起こし、この仲裁のあり方が関係者にとって公正であり、社会に利益をもたらすか否かに関して、相当な議論が重ねられた。(注7)この分野のデータは収集が極めて難しく、その解釈は更に困難である。本制度の提案者は、この制度によって低賃金の労働者に紛争解決の門戸が開かれると主張しているが、現時点ではこの法的な実験について、結論を出すのは時期尚早である。ちなみに、表4に示すように、この手続きの所要時間は、訴訟の場合の所要時間を大幅に下回り、また労働仲裁に比べても所要時間は短い。

表4:雇用仲裁で救済請求から裁定までにかかる日数の中央値
市民的権利以外の権利紛争 日数中央値
高賃金者 246
低賃金者 246
市民的権利紛争 日数中央値
高賃金者 349
低賃金者 236

出典:Eisenberg & Hill前掲注1の著者p.51表3

このレポートは、12月2日に労働政策研究・研修機構主催により開催された「労働紛争・解決システム・労使関係」シンポジウムにおけるフィンキン教授の当日の発表と、提出論文をもとに作成された。

2006年1月 フォーカス: 労働紛争・解決システム・労使関係

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