企業再編と雇用:EU
EU/企業組織再編と労使関係政策

欧州連合(EU)は、合併や企業譲渡に伴う解雇や労働条件の不利益変更に対応するため、「大量解雇指令」「賃金確保指令」「企業譲渡における労働者保護指令」などのリストラ関連指令を制定してきた。これらは企業組織再編の際の労働者保護を目的としている。その後、EUは、経済のグローバル化を背景としたリストラの問題に対処していくためには、労働者も企業の意思決定に関与し、使用者とともに「変化をマネージ」していくべきであるとの考え方を打ち出した。これに基づき、労働者参加の規定を盛り込んだ「欧州会社法」「一般労使協議指令」などの法律が制定された。近年は、リストラの影響を予測し、より適切にリストラ過程を管理していくための「リストラの社会的側面」に関する政策の策定に積極的に取り組んでいる。

1.企業組織再編と労働者保護

EUは、企業組織再編における労働者の権利保護を目的とした法律を整備してきた。1973年には、使用者が大量解雇を計画する際に労働者代表との協議、監督官庁への解雇理由、解雇労働者数等の届出を義務付ける「大量解雇指令」(注1)を制定し、1980年には、使用者が支払い不能となった際の労働者の未払い賃金を保証する機関の設置と最低3カ月の賃金保護を加盟国に義務付ける「賃金確保指令」(注2)を定めた。

1977年に制定され、1998年に全面改正された「企業譲渡における労働者保護指令」(注3)も、合併や企業譲渡に伴う解雇や労働条件の不利益変更の防止を目的としている。同指令は、主に次のような内容を規定している。

  1. 適用対象:企業、事業所、またはそれらの一部の法的な譲渡・合併に適用される。
  2. 労働者の権利保護:企業譲渡の時点で存在している雇用契約や雇用関係から生ずる譲渡人の権利・義務は、譲受人に自動的に移転する。加盟国は、譲渡の時点以前に存在した雇用契約や雇用関係から生じる義務について、譲渡人と譲受人が連帯して責任を負うものとすると規定できる。
  3. 労働協約の効力:譲受人は譲渡人が締結した労働協約の終了(または新たな労働協約の発効)まで協約を遵守し続けなければならない。
  4. 解雇の禁止:1977年の指令制定時には、企業譲渡を理由とする解雇および労働条件の不利益変更を禁止する一方、労働力の変化をもたらす経済的、技術的、組織的理由による解雇を認めていた。つまり、企業譲渡の際、経営困難に伴う雇用維持のための労働条件の不利益変更は不可能だが、解雇は可能とする規定となっていた。しかし、1998年改正では、労使が協議して雇用機会確保のために労働条件の不利益変更に合意した場合には、公的監督下の企業整理手続きに限って、または国内法の規定を前提に、経営困難による企業譲渡について、労働条件の不利益変更を合法とすることができるとする規定が追加された。
  5. 労働者代表の地位:企業譲渡後も経営が自立性を維持し、労働者代表の設置に必要な条件が満たされる場合には、労働者代表の地位と機能はそのまま維持される(国内法で新たな労働者代表選任の要件が満たされている場合は適用除外)。
  6. 情報提供・協議:譲渡人と譲受人は、労働者代表に対し、1)譲渡の日、2)譲渡の理由、3)労働者に対する法的、経済的、社会的影響、4)労働者に対して検討している措置――に関する情報を、譲渡前の適当な時期に提供しなければならない。また、譲渡人と譲受人は、労働者に対して措置を検討している場合には、当該措置に合意する目的で労働者と協議しなければならない。

2.企業組織再編と労働者参加

EUは、グローバル化の進展に伴う企業組織再編の問題に積極的に取り組んできた。1990年代後半には、企業組織再編を「新たな機会」に変えていくためには、労働者も企業の意思決定に関与し、使用者とともに「変化をマネージ」していくべきであるとの考え方を打ち出した。この考え方に基づき労働者参加の規定を盛り込んだいくつかの法律が整備された。

(1)欧州会社法

EUは、2001年10月、欧州域内で広範囲に活動する企業が、各国ごとに会社を設立・登記するのではなく、単一の欧州会社を設立する際の規則を定めた「欧州会社法」(2004年10月施行)を制定した。欧州会社法は、「欧州会社法規則」と「労働者関与指令」(注4)の2つの法令からなる。

欧州会社は、登記によって設立されるが、「欧州会社法規則」と「労働者関与指令」に基づき、労働者関与の仕組みを取り入れることが登記の条件となっている。使用者側と労働者を代表する特別交渉機関は、労働者関与の仕組みについて自由に交渉し、1)労働者関与の仕組みに関する新たな労働協約を締結する、2)新しい労働者関与の仕組みを設けず、欧州会社が設立される加盟国の労働者参加に関する国内法を適用する、3)協約が締結されないまま交渉期間(注5)が経過した場合には、労働者関与指令の附則にある労働者関与の仕組みに関する最低基準を定めた「準則」が適用される――のいずれかを採用する。

労働者関与指令の準則は、労働者の代表機関は、欧州会社の経営状況や見通し、労働者の利益に影響する例外的な状況、とりわけ事業所移転、企業譲渡、事業所閉鎖や大量解雇に関して、情報提供・協議を受ける権利を有すると規定している。執行機関や監督機関への労働者参加の仕組みについては、欧州会社が既存の株式会社から転換することによって設立される場合は、転換前の仕組みが引き継がれる。それ以外の場合は、登録前に参加会社が有していた労働者参加の仕組みの中で最も高い比率に等しい数の労働者代表を執行機関や監督機関へ選出する権利がある。

(2)一般労使協議指令

2002年3月には、「一般労使協議指令」(注6)が採択された(2005年3月施行)。同指令は、1994年に制定された「欧州労使協議会指令」(注7)が多国籍企業(注8)のみを対象としていたのに対し、国内のみで活動する中小企業(注9)も適用対象に含めた。企業から労働者代表に情報提供・協議されるべき事項は、企業の経済状況、雇用状況と先制的な雇用措置や雇用に大きな影響を与える決定などである。協議の仕方については、使用者からの情報と労働者代表の意見をもとに協議すべきこと、労働者代表のどのような意見に対しても使用者から理由を付けた回答がなされるべきこと、使用者の権限内である限り、合意に達する目的をもって協議すべきことなどが規定されている。

(3)有限責任会社の国境を越えた合併に関する指令

2005年5月10日、欧州議会は、「有限責任会社の国境を越えた合併に関する指令」を採択し、同指令が成立した。指令は、欧州の2カ国以上で事業展開を行おうとする有限責任の中小企業が、国境を越えた企業合併を行う際の単一の法手続きを定めている。労働者参加の仕組みについては、基本的には、合併会社が設立される加盟国の国内法の規定が適用される。ただし、参加会社のうち少なくとも1社が労働者参加の仕組みを有し、合併会社が労働者参加に関する法制を有しない加盟国において設立される場合には、欧州会社法規則および労働者関与指令で定められた交渉手続きが採用される。これは、合併会社は、労働者代表の特別交渉機関と労働者参加の仕組みに関して交渉し、労働協約を締結することを意味する。交渉が合意に達しない場合には、参加会社が有する労働者参加の仕組みのうち、最も高い水準のものが採用されると定めた標準規定(欧州会社法の労働者関与指令の準則に相当)が適用される。

3. リストラの社会的側面

2002年1月、欧州委員会は、「変化を予測し、マネージする:企業リストラの社会的側面へのダイナミックなアプローチ」と題する文書を発表し、より積極的にリストラ過程を管理していくための政策策定に向けたソーシャル・パートナー(EU労使団体)との協議を開始した。協議文書には、「リストラの社会的影響に適切に取り組むことにより、それを受け入れ、その潜在力を高めることができる。これは、企業の利益と労働者の利益をバランスよく結合することを意味する」と記されていた。

これに対し、欧州労連(ETUC)と欧州産業経営者連盟(UNICE)は、2003年10月、「変化とその社会的帰結のマネージにおける参考のためのオリエンテーション」と題する共同文書を発表したが、欧州委員会が求めるようなリストラにおける「原則」を定めるには至らなかった。

2005年4月5日、欧州委員会は、リストラの影響を予測し、管理する能力を改善するための施策を示した「リストラクチャリングと雇用」と題する報告書を発表し、EU労使団体との第2段階の協議を開始した。報告書は、「EUの競争力は、企業が変化に迅速に対応するとともに、リストラの社会的コストを最低に抑えることに依存する」とし、重要分野における他のEU政策との調整、新たな財政支援、法規制の枠組みの導入、労使の関与の拡大などに関する施策を提示している。また、リストラの社会的側面および欧州労使協議会(EWC)に関する新政策の策定に向けた第2次協議を進展させるようEU労使団体に呼びかけている。労使の役割の強化に関し、欧州委員会は、リストラの問題に関する産業別労使の対話を拡大させるよう提案している。また、欧州労使協議会が、リストラによる影響への適応過程を円滑なものとするために貢献できるとしている。欧州委員会が2005年2月に発表した新社会政策アジェンダに(2005~2010年)おいても、変化を予測し、積極的に管理していくことが優先課題の一つに掲げられており、欧州委員会のリストラ関連施策の制定に向けた積極姿勢がうかがえる。

参考

  1. 濱口桂一郎著『EU労働法の形成』(日本労働研究機構発行、2001年3月)
  2. 濱口桂一郎「企業譲渡における労働者保護指令98年改正指令の内容と主要判例」(『世界の労働』1999年11月号)
  3. 濱口桂一郎「欧州会社法の誕生―労働者関与指令を中心に―」(『世界の労働』2002年1月号)
  4. 濱口桂一郎「EUの新たな労使関係戦略「マネージング・チェンジ」」(2002年12月)
  5. 欧州委員会ウェブサイト
  6. 欧州労使関係観測所オンライン(EIRO)

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