労働時間と働き方:ドイツ
労働時間の「下げ止まり」と「延長」の是非をめぐる論議

全体的な労働時間短縮が進んだのは90年代中盤までで、現在フルタイム労働者は労働時間延長の傾向も出ている--労働時間延長とその雇用への影響をめぐって議論が続いているドイツでは、統計の示す実態面でも変化が明らかになっている。雇用構造も同時に変化し、短時間労働のパートタイム労働者が増加したため、全体の平均労働時間が増えるには至っていない。経済界およびエコノミストなどが主張している賃金調整なし(据え置き)の労働時間延長は、「中長期的に雇用にプラスの効果を与える」ことを前提としているが、これに対しマイナスの影響を及ぼすとする試算モデルも出ている。

パート労働者比率の高まり

IAB(労働市場・職業研究所)が発表した2004年におけるドイツの雇用者の平均労働時間は年間1360.3時間で、前年(1361.4時間)に比べて0.1ポイント減少と、ほとんど変化がない。しかし、雇用者の約7割を占めるフルタイム労働者の年平均労働時間は1665時間で、前年(1645.5時間)に比べ1.2%増加している。それでも全体の平均労働時間が変わらない原因は、労働時間が少ないパートタイム労働者(04年で年平均651.1時間)が増加したことである。全雇用者に占めるパートタイム労働者の割合は、04年で28.8%で、前年(同比率27.3%)より1.5ポイントの伸びを示した。パートタイム労働者が増えた分フルタイム労働者は減少している(04年には全雇用者の69.9%で対前年比1.5ポイント減少)。

パートタイム労働者の増加は、より長い時間軸で数字を見るとはっきりする。IABによれば、1991年に全雇用者の平均労働時間は年間1473.1時間であり、うちフルタイム労働者の平均労働時間は1617.5時間、パートタイム労働者は688.6時間だった。この段階ではパートタイム労働者の全雇用者に占める割合は15%で、現在の半数強に過ぎなかった。その後、パートタイム労働者が増加するとともにその平均労働時間も減少し、全雇用者の年平均労働時間を押し下げる方向に働いた。この間、フルタイム労働者の労働時間は結果として上昇している。

労働時間延長の是非

ドイツでは、04年以降、ジーメンス社をはじめとして民間企業の一部従業員に「週40時間制」を適用するなど労働時間を延長する動きが出ている。公的部門でも、バイエルン州などで週42時間労働制が公務員に導入された。このような動向を背景に、研究者の間では、労働時間延長とその雇用への影響を中心に、活発な議論が展開されてきた。

マクロレベルの労働時間延長が雇用にプラスの効果をもたらすとする論者はエコノミストを中心に数多い。その大まかな論理は(1)賃金を据え置いたままの労働時間延長は時間当たり賃金を押し下げる(2)製品の単価が下がり、需要が拡大する(3)企業業績が上がる(4)企業は採用を増やし、雇用が拡大する――という流れだ。これに加え、労働時間延長により東欧など国外への生産拠点移転の動きがどの程度減少するかも論点となっている。

ただし、雇用への効果が出るまでの時間については、さまざまな見解がある。たとえば、欧州の経済学者で構成する「欧州経済諮問グループ」(EEAG)は、「同一給与での労働時間延長は、機械稼働時間を大幅に延ばし、それが資本ストックの有効利用につながれば、すぐにも雇用効果が出る」と主張している。この見解を紹介したハンデルスブラット紙の記事(3月9日付)によれば、ドイツの経済諮問委員会は昨年11月、賃金調整なしの労働時間延長が「即座に雇用効果をもたらすかどうかは疑問である」と述べている。この通称「五賢人委員会」が04年5月に出した年次報告書は、「短期的視点から見て、協約労働時間を延ばせば残業が減り、新規採用が先延ばしになり、解雇も場合によっては起こり得る」と指摘しているという。労働時間延長の実施から雇用効果発生までのタイムラグをどう評価するかが重要なポイントとなりそうだ。

このような論議に対し、労働時間延長は雇用にマイナスの影響を及ぼすとする試算も出ている。労働組合に近いハンス・ベックラー財団は機関誌『ベックラー・インパルス』で、労働時間延長がもたらす雇用への影響に関するシミュレーション・モデルを紹介している(詳細は、Klaus Bartsch "Durch Arbeitszeitverlangerung aus der Beschaftigungskrise?" WSI-Mitteilungen 02/2005)。それによると、週労働時間を現在より3時間延長した場合(賃金調整なし)、労働時間が変わらない場合と比べて、2009年までに122万6000人、2014年まででも30万2000人のマイナスの影響が出る。さらに、ドイツ国外への生産拠点移転が進むモデルでは、2009年までに132万2000人、2014年までに62万2000人と、マイナス幅が拡大する。記事は、「労働時間延長=雇用の拡大の方程式はわかりやすいが現実性がない」と述べている。

2005年5月 フォーカス: 労働時間と働き方

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