賃金制度:フランス(1)
フランスの賃金制度

フランスの賃金制度の特徴は、1)賃金決定において、労使交渉に基づく産業別労働協約の及ぼす影響が大きいが、その一方で、SMIC(法定最低賃金))の水準が高く、カバーする労働者の割合が大きいために、全体の賃金水準に大きな影響を及ぼしている、2)階層別の集団平等的な賃金制度から成果主義に基づく個別的な賃金決定への動きが生じている――という特徴がある。

賃金は、使用者と従業員の話し合いにより自由に決定されるのが原則である。法律上、業種レベルでの賃金交渉が年1回義務付けられ、各企業レベルにも、同様な賃金交渉義務が課せられている。賃金決定については、以下のようなポイントがある。それは、1)熟練あるは職務の難易度別に雇用者全てを格付けする「業種別職務等級表」(等級ごとに号俸が定められている)、2)各等級に照応している「賃金係数」、3)各業種による「熟練度別最低保証賃金」――の3つである。

業種別職務等級表は、通常、生産・事務労働者に対応するものと、「カードル」と呼ばれる管理職層に対応するものが存在する。5年に一度見直しがなされ、各雇用者との個別労働契約書には、職務等級が明記されなければならない。ちなみに、生産労働者については、生産職務の難易度別に4レベル10等級に各職務が格付けされている。また、基本賃金月額は、基本的に、賃金係数に賃金単価を乗ずることによって算出できる。

業種レベルで、職務等級に対応した年間最低保証賃金額が交渉され、契約書に明記される。1980年代の後半には、職務等級の最下位レベルに位置する労働者の最低保証賃金がSMICを下回る業種が、全体の70%にも及び、政治的な問題となった。全国労使交渉委員会が労使交渉の監督を強化することによって、1992年には38%にまで低下したものの、90年代後半期の不況と賃金停滞により、現在でも約半数に及ぶ業種(建設、清掃業、ホテル、レストラン等)で、熟練度の最下位レベルに位置する労働者の最低保証賃金がSMICを下回っているといわれる。

このように最低保証賃金がSMICを下回っている場合は、基本的に、次期協約改定時にSMICを上回るように最低賃金の修正が行われる。しかし、SMICの水準が高く、熟練度最下位レベルの最低保証賃金がSMICを下回る状況が続いているというのが現状である。なお、協約上の最低賃金を物価やSMICの上昇に連動させることは禁止されている。

賃金交渉については、近年、企業ないし事業所レベルでの交渉が主流になりつつある。雇用者側は、企業ごとの業績や特殊な状況を賃金交渉に反映させるため、より柔軟性の高い企業・事業所レベルでの団体交渉を選考しているといわれる。その結果、企業単位での労働協約の数も大幅に増えている。

とはいえ、300に及ぶ業種レベルでの伝統的な賃金交渉は、現在でも大きな影響力を保持している。その背景には、フランスが採用している「労働協約拡張適用方式」が存在する。これは、「所定の用件を満たす労働協約の協約条項が、労働省令によって一定の地域内の同一業種企業全てに拡張適用されうる」という方式である。労使の一方の申請により、ある一定の協約が全国労使交渉委員会に諮問され、その協約交渉プロセスの適格性や労働協約条項の適法性が審査される。適法性が証明されれば、労使一方(二つ以上のナショナルセンター)の書面による反対がない限り、原則的にその労働協約は自動的に拡張されることになる。この方式によって、業種ごとの熟練度別最低賃金水準が均一化する傾向にある。

さらに、フランスの賃金決定方式の全体的な傾向として、成果主議に基づく個別的な賃金決定への動きが指摘されている。これまでは、全従業員に一律の改定を行う「全般的昇給」のみという決定方式が主流であった。近年、査定(個別化)の普及に伴い、「全般的昇給」と個々人で改定額が異なる「個別的昇給」を組み合わせる方式へ移行しており、賃金協定も、両昇給率を併記することが多い。例えば、ルノーでは、1980年代初頭からの経営危機とその後の経営再建の課程で、それまで技能格付けと勤続に基づく集団的な給与決定制度をとっていた中間職種(「一般事務職」「テクニシャン」「職長」)と生産労働者に対して、個別的給与決定システムが導入・強化された。

こうした動きの背景には、オールー労働法(1982年)で義務づけられた毎年の企業内賃金交渉への対応の必要性、激化する競争のなかでの総額労務費管理の要請、従業員のインセンティブ強化の必要性などが存在するとされる。

2005年には、時短政策の導入のために算出方法が複雑化し6種類も存在していたSMICが、フィヨン法に基づき、最も高い額に一本化される予定である。これに伴う低賃金労働にかかる労働コストの高騰に対応するため、SMICの1.5~1.7倍を上限とする低賃金労働者にかかる社会保障費の減免を行うこととされている。さらに、「週35時間労働制」そのものの見直しも進んでおり、こうした状況が、賃金動向や賃金の決定システムにどのような影響を与えるか、注目される。

参考

  1. 日本労働研究機構編(2000)『フランスの労働事情』日本労働研究機構
  2. 日本労働研究機構(2003)『諸外国における最低賃金制度』
  3. 野村博淳(2002)「フランスにおける最低賃金制度の動向」『海外労働時報No.328』日本労働研究機構
  4. 松村文人(2002)「フランス―ルノーの成果主義賃金制度―」『海外労働時報No. 320』日本労働研究機構

2005年2月 フォーカス: 賃金制度

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