メンタルヘルス:ドイツ
ドイツにおける「労働とストレス」
—長時間労働による影響を論議

労働時間が世界的に短いとされるドイツでは、労働とストレスを論じる際にも、労働時間との関連が注目されている。労働組合に近いハンス・ベックラー財団が専門家に委託した「労働時間の増加と健康を損なうことの関連性に関する調査」では、長時間労働がとくに心理・神経系の障害の原因の一つになっているとし、週39~40時間の水準を境に「被害リスク」が増加すると警告する。一方、経営側に近いIW(ケルン経済研究所)は、2004年の病気欠勤日数が過去最低水準だったことを報告し、疾病率の低下をポジティブに評価している。

ハンス・ベックラー財団によると、労働協約上の04年の年間総労働時間は、西地域で1671時間で前年に比べ17時間の増加、東地域で1708時間で対前年比9時間の増加だった。後述する病欠日数の低下傾向も相まって、ドイツ全体で労働時間が下げ止まる傾向が現われている。また、社会的にも、長時間労働を是認する論調が目立つようになった。F・ナッハライナー氏らによるハンス・ベックラー財団委託の調査結果を紹介したIGメタル(金属産業労組)の機関紙("Gute Arbeit" Ausgabe 8/9)は、CDU(キリスト教民主同盟)の政治家の「健康な人にとっては労働時間が週38時間であろうが、40時間、42時間であろうが現実的な違いはない」という発言や、代表的な経済研究所ifoのH・ヴェルナー・ジン所長が「長時間労働は人を生産的にし、それにより経済の競争力をもたらしている」と述べたことなどを紹介。政界の保守派や経済界がこのような考えで一致しているとし、「長時間労働の健康上のリスクを無視したり、議論しないで済まそうという姿勢も共通している」と批判している。

ナッハライナー氏らの研究は、欧州生活労働条件改善財団が5年ごとに実施するアンケート調査(対象者はEU全域でおよそ2万2000人)を用いており、2000年調査のデータを再検証している(次の調査は05年末以降に発表される)。それによると、週あたり、あるいは1日あたりの長時間労働は健康障害との間に明らかな関連性が見られるという。

とくに週40時間以上働く就業者では、「心理・神経系の障害の増加」が顕著であり、週労働時間が45時間以上の就業者では40%近くがこのような病気を経験したと指摘している。週労働時間19時間以下のグループでは、この割合は16%にとどまる。さらに、労働時間と内容を自分でコントロールできない「他律的に決められる労働時間制」のもとで働くほうがリスクが高い。年齢別では、とくに40~54歳の層で心理・神経系の問題を訴えている。

検討の材料となったアンケート調査のうち、ドイツ人就業者の傾向として、ナッハライナー氏らは、ドイツの事実上の週労働時間が40~42時間になっていることを指摘したうえで、とくに高い負荷のかかる労働では、「労働時間が39~40時間を超えると、被害リスクが急激に高まる傾向がある」としている。

一方、このような調査が示す傾向に対し、IWが出した疾病統計に関する報告では、ポジティブな側面が強調されている。この報告が使用した連邦事業所疾病組合(BKK)の疾病に関する統計は、疾病により休業し、医師の診断書を提出した同組合の被保険者(現役の就業者)のデータを扱っている。それによると、疾病率を年間の病欠日数に換算した場合、04年の被保険者の病欠日数は13日で、以前のデータ、02年の14.1日、03年の13.5日と比べ減少している。1990年には、旧西独で平均25日の病欠日数を数えていた。病欠を全く申請していない被保険者も、04年には44%に達し、00年時の40%より増加している。病欠日数の減少は、全体としての労働時間の増加につながるとともに、健康リスクが減少していることを意味する。

このような現象の背景の一つとして、IWは就業者の階層が変化していることをあげている。99年に、4週間以上の長期の病気欠勤をした就業者は7.9%だったが、03年には6.8%に低下している。IWはこの要因として「中高年就業者の引退が疾病率に影響を及ぼしている」という仮説を立て、「この仮説の正しいことは国際比較でドイツの中高年の就業率が低いことからしても容易に推測できる」と説明している。病気にかかりやすい中高年の比率が減少し、若年就業者は健康リスクが少ないという見方である。

このように、長時間労働の必要性が論議されているドイツでは、労働側陣営から長時間労働のリスクが指摘される一方、経営側陣営からは、就業者の健康をアピールする見解が出ている。欧州生活労働条件改善財団の次の調査結果(2005年)の公表などで、さらに実態の解明が進むと思われる。

2005年11月 フォーカス: メンタルヘルス

関連情報