「ロシェ・グループ」に「注意義務法」違反で賠償命令
―パリ司法裁判所、国外事業の「ビジネスと人権」リスクに対する初の判決
企業活動において発生する様々な「人権問題」が社会の注目を集めており、「人権問題」への対応が時として、企業の価値に大きく影響を与えるとされている(注1)。国際的な「ビジネスと人権」の理念に関する意識の高まりを受け、フランスでは2017年3月に「企業注意義務法」が成立し、大手企業はサプライチェーン上におけるビジネスのリスクに対して注意義務を果たすことが求められている。化粧品大手イヴ・ロシェのトルコの子会社をめぐり、同法に基づく親会社の注意義務違反を認める判決が、2026年3月12日にパリ司法裁判所において下され、親会社のロシェ・グループ(ヘルスケア)に対して、4万8,000ユーロの賠償金命令が言い渡された。国内事業に関しては、フランス郵政公社(ラ・ポスト・グループ)が、不法労働者の下請け契約での就労や安全衛生作業手順に対する注意義務違反があったと判断されて損害賠償責任が認められているが(注2)、国外事業に関して賠償支払の判決が下されたのは初めてである。
トルコ子会社における不当な大量解雇がきっかけに
フランスでは、2017年3月に「親会社および発注会社の注意義務に関する法律」(以下、注意義務法)(注3)が成立し、国内に所在する大手企業は、自社の国内外の事業における環境破壊や人権侵害などの重要なリスクを防止するための計画を公表する義務を負っている(注4)。その計画に基づいて、自社のサプライチェーンにおける人権侵害や環境破壊に関する問題が起きないように監視や注意する義務がある。
化粧品大手のイヴ・ロッシェは、2012年から2024年にかけてトルコで事業を展開していた。そのトルコの子会社であるコサン・コズメティック(Kosan Kozmetik)社が、2018年3月から9月の間に労働者132人を解雇したことが今回の訴訟の端緒となっている。解雇された元従業員のうち34人とその労働組合が結社の自由と基本的権利が侵害されたとして、パリで補償を求めて2022年3月23日に提訴した(注5)。その後、47人が訴訟に加わり、合計で81人の元従業員が原告となった(注6)。
劣悪な労働条件と労組加入者の解雇
訴えによると同社では、低賃金で残業が日常的にあり、また、有害な製品材料を扱うために必要な保護具が不備であったり、女性に対する差別が横行していた(注7)。マスカラ製造部門では、1日10時間労働で、残業が毎日のようにあった。上司からは常に生産量を増やすように圧力をかけられていた(注8)。口紅製造部門では、生産量を確保するために病欠は認められず、残業は強制された。男女の賃金差別も横行しており、新入社員の賃金で男女間に月額賃金で200トルコリラ以上の差があった(注9)。労働災害も起きており、34歳の女性従業員は、工場で巨大な工業用機械(マスカラチューブやファンデーションポットに充填する機械)をプログラミングしていた際に、金属製のノズルが手を貫通して重傷を負った結果、後遺症が残り、爪は短く、2本の指には年齢とともに白く薄れた傷跡が残った(注10)。労働条件の改善を求めて、労働組合「ペトロル・イス(Petrol-Is)」に多くの従業員が加入した。これに対して工場経営者は、労組に加入した労働者を解雇した。
組合員に対する脅しが横行
解雇された元従業員は、その後約1年間、企業に異議を唱え、工場の前でデモを行ったが、同社経営陣は他の従業員がデモに加担しないように嫌がらせをしたり、抗議デモに協力した従業員には賃金を支払わないなど、脅迫まがいの行為も見られた(注11)。
ある従業員は、生産部長から組合リストを提出するように取引を持ち掛けられたが、その要求を拒んだため解雇された(注12)。また、別の部門では、組合員となった従業員が一人ひとり呼び出され、組合を脱退しなければ賃金を支払わないと脅された。組合員だと疑われた従業員は重労働のパウダー製造部門に異動を命じられた。パウダー部門は有害で刺激性もある粉塵が飛散しており、健康被害を引き起こす可能性があるため、「罰の部門」と呼ばれていた。
ある従業員は抗議デモが行われている中でも通常の勤務を続けていたが、抵抗する同僚に挨拶したというだけで労組との関係を疑われて解雇されたとしている(注13)。所在する地域において同社は有力企業であるため、同社に解雇された女性は、他の企業で採用されることが難しくなる。
所在地トルコ法の適用を求める会社側の主張を却下
2025年11月に行われた審理でロシェ・グループの代表者は、訴訟当事者の子会社が所在するトルコの法律に基づく時効規定が適用されるべきだと主張したが、裁判所は被告の主張を却下した。その理由として、裁判所は特に、企業注意義務法はサプライチェーンにおけるフランス企業の責任ある行動を促進することを目的としており、フランス国内外を問わず損害が発生した場合に、当該企業に対してフランス国内規定が強制的に適用されることが立法趣旨だとして、被告が主張するトルコ法の適用を退ける判断を強調した。
また裁判所は、子会社コサン・コズメティック社が従業員を解雇したのは、労組の存在や賃金交渉を妨害する目的だと判断した(注14)。さらに、ロシェ・グループが注意義務法に則して作成した計画である「2017-18年のリスクマップ」の分析対象が、サプライヤーと高リスクの購買案件に限定されており、子会社のリスクについては一切含まれていなかったことも確認した(注15)。
同社を訴えるフランスのNGOシェルパ(Sherpa)、アクションエイド・フランス(Action Aid)、労働組合ペトロル・イス(Petrol-Is)は、ロシェ・グループが注意義務を守っていれば、これらの違反は避けられたはずだと主張している。
なお、当初の原告81人中72人の元従業員は2019年にロシェ・グループの和解案を受け入れていたため、本裁判では最終的に9人の訴えを審理し、6人と労働組合への賠償命令を下している。
注
- 日本の法務省ウェブサイト(ビジネスと人権)
参照。(本文へ) - 2023年12月のパリ司法裁判所および2025年6月のパリ控訴院の判決。(本文へ)
- LOI n° 2017-399 du 27 mars 2017 relative au devoir de vigilance des sociétés mères et des entreprises donneuses d'ordre.(本文へ)
- 同法の成立と趣旨や同法に関係する訴訟や勧告については、以下のウェブサイトを参照されたい。
当機構海外労働情報、フォーカス:2023年9月【フランス】「注意義務法」に基づく訴訟・催告による救済、それを対話により紛争を解決する連絡窓口が補完 (本文へ) - Le groupe Rocher condamné pour manquement à son devoir de vigilance, une première en France, Radio France, Publié le 12/03/2026.(本文へ)
- Droits des travailleur·ses en Turquie – Sherpa, Une audience décisive dans l'action en justice contre Yves Rocher (PDF:21.5MB)
, Novembre 2025 ActionAid France - Petrol-Iş.(本文へ) - Le groupe Rocher attaqué en justice sur son devoir de vigilance par d’anciens salariés, une première, Novethic, Publié le 25 mars 2022.(本文へ)
- 前掲注6、Droits des travailleur·ses en Turquie – Sherpa, Une audience décisive dans l'action en justice contre Yves Rocher, Novembre 2025 ActionAid France - Petrol-Iş.(本文へ)
- 前掲注6、Droits des travailleur·ses en Turquie – Sherpa, Une audience décisive dans l'action en justice contre Yves Rocher, Novembre 2025 ActionAid France - Petrol-Iş.(本文へ)
- Procès «C’est une lutte pour notre dignité» : les témoignages des ouvrières qui attaquent Yves Rocher pour les terribles conditions de travail dans une ex-filiale en Turquie, Mathilde Roche, liberation, Publié le 20/11/2025.(本文へ)
- 前掲注7、Le groupe Rocher attaqué en justice sur son devoir de vigilance par d’anciens salariés, une première, Novethic, Publié le 25 mars 2022.(本文へ)
- 前掲注6、Droits des travailleur·ses en Turquie – Sherpa, Une audience décisive dans l'action en justice contre Yves Rocher, Novembre 2025 ActionAid France - Petrol-Iş.(本文へ)
- 前掲注7、Le groupe Rocher attaqué en justice sur son devoir de vigilance par d’anciens salariés, une première, Novethic, Publié le 25 mars 2022.(本文へ)
- La maison mère d’Yves Rocher condamnée pour manquement à son devoir de vigilance au sein d’une filiale turque, Le Monde avec AFP, Publié le 12 mars 2026.(本文へ)
- 子会社リスクに関する注意配慮計画が策定されたのは2020年からだった(Droits des travailleur·ses en Turquie – Sherpa, Une audience décisive dans l'action en justice contre Yves Rocher, Novembre 2025 ActionAid France - Petrol-Iş.)。(本文へ)
(ウェブサイト最終閲覧日:2026年4月24日)
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=186.88円(2026年4月28日現在 みずほ銀行ウェブサイト
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