採用・雇用におけるAIの活用と規制
―カリフォルニア州などで法制化の動き
募集・採用や雇用の場面でAI(人工知能)を利用する企業が増える中、いくつかの州では、差別禁止など労働者保護の観点から何らかの規制を設けようとしている。カリフォルニア州では10月1日、雇用差別の対象にAIなどの「自動意思決定システム」の利用によるものを含むとする規定が発効した。トランプ政権はAIに関する規制を緩和し、開発を進めたい方針で、安全性確保のために何らかの規制を設けたい州政府との間で対立が続く可能性がある。
AI利用による被害も雇用差別の対象に
採用プロセスでの候補者の絞り込みや、査定や評価等の人事労務管理の場面で、AIの機能を備えた自動化ツールを利用する企業が増えている。だが、こうしたツールには性別や人種等に基づく偏見(バイアス)を伴う過去の情報が蓄積され、その活用によって雇用差別が生じる可能性があると懸念されている。
カリフォルニア州では2025年10月1日、雇用差別の対象にAIなどの「自動意思決定システム(Automated Decision-making Systems, ADS)」の利用によるものを含むとする規定が発効した(注1)(図表1)。州の公民権問題に関する調査や公聴会を行い、関連規則を公布する公民権評議会(Civil Rights Council, CRC)が、州公正雇用住宅法(California Fair Employment and Housing Act, FEHA)に基づく雇用差別の規制について、ADSの使用によるものを含むとする解釈を示したものだ。ただし、新たな法的義務を設けたわけではないとしている。
CRCはこの規則を定めた目的や背景について、①ADSの使用が、性別、人種、障害などの保護された特性に基づいて、応募者または従業員に損害を与える場合、カリフォルニア州法に違反する可能性がある、②障害に関する情報を引き出すテスト、質問、またはパズルゲームを含むADSの評価は、違法な医学的調査を構成する可能性がある、ことなどをあげた。そして、雇用主や対象事業体が、ADSのデータを含む雇用記録を最低4年間保持することを求めている。
| 州・規制名 | 主な内容 | 成立 | 施行 |
|---|---|---|---|
| カリフォルニア州公民権評議会による規則 | 雇用差別の対象にAIなどの自動意思決定システムの利用によるものを含む。 | 2025年6月30日 | 2025年10月1日 |
| カリフォルニア州プライバシー保護法に関する規則 | 企業が「重要な決定」を行う際に、自動意思決定技術を用いて人間による意思決定を置き換える場合、従業員への事前通知や、一定の条件下でのオプトアウト(除外)権を付与 | 2025年7月24日 | 2026年1月1日 (予定) |
| カリフォルニア州「ロボット上司禁止法」 | 人間の監視なしに、自動意思決定システムに依存して、従業員の懲戒処分や解雇を行うことを禁止 | 2025年10月13日に知事が拒否権を行使 | ― |
| ニューヨーク市条例(地方法) | 人材の採用プロセスや昇進者の選考等に自動雇用決定ツールを使用する場合、性別や人種等で偏りが生じないか、第三者による監査を事前に受けるよう義務付け | 2021年12月11日 | 2023年7月5日 |
| イリノイ州改正人権法 | 雇用関連の意思決定に自動化ツールを用いる雇用主に対して、従業員への通知を義務付け | 2024年8月9日 | 2026年1月1日 (予定) |
| コロラド州法 | 導入者らに対して、アルゴリズムによる差別を認識し、予測可能なリスクから保護するために、「合理的な注意」を払い、どのような具体策をとっているか公表することを義務付け。 | 2024年5月17日 | 2026年6月1日 (2026年2月1日から延期) |
| (参考) 連邦政府の「AI行動計画」 |
AIの開発と展開を妨げる連邦規制を撤廃。撤廃すべき規則について民間部門の意見を募る。 | 2025年7月23日(発表) | - |
出所:各州ウェブサイトなどから筆者作成
また、カリフォルニア州のプライバシー保護庁は2025年7月24日、「自動意思決定技術(Automated Decision-Making Technology, ADMT)」に関する規則を定めた(注2)。州プライバシー保護法に基づくもので、企業が「重要な決定」を行う際に、ADMTを用いて人間による意思決定を置き換える場合、消費者に事前に通知することや、オプトアウト(除外)権の確保などを義務付けた。企業の「重要な決定」には採用、配置、報酬、昇進・昇格、解雇といった雇用関連の事項も含まれ、州の消費者でもある従業員らに対して、ADMT使用の事前通知、一定条件下でのオプトアウト権の確保、ADTM使用に関するアクセス権の提供、といった対応をとる必要が生じる。
ただし、オプトアウト権については、雇用主がADMTを①採用、配置、報酬の決定にのみ使用し、それが本来の目的に沿って機能し、差別のないことを保証している場合、あるいは②昇進・昇格、停職、解雇の決定に使用し、人間の担当者(ADMTの仕組みを理解し、出力した結果を分析でき、決定する権限のある者)を介した不服申し立てのプロセスを提供している場合、その適用が免除される。2026年1月の施行を予定している。
ニューヨーク市条例とイリノイ州法
ニューヨーク市やイリノイ州では、AIの開発・利用を何らかの形で規制する条例や州法を施行している。ニューヨーク市は2023年7月、企業の採用活動等におけるAIの活用を規制する条例(地方法144)を施行した(注3)。人材の採用プロセスや昇進者の選考等に「自動雇用決定ツール(Automatic Employment Decision Tool, AEDT)」といわれるソフトウェアを使用する場合、性別や人種等で偏りが生じないか、第三者による監査を事前に受けるよう義務付けた。
イリノイ州では2024年8月、州人権法の改正法案(HB3773)にJ.B.プリツカー知事が署名して、成立した。同改正法は、雇用主が保護すべき層に対して差別する効果を持つAIを使用することを違法とした。また、雇用関連の意思決定に自動化ツールを用いる雇用主に対して、「募集、雇用、昇進、契約更新、研修または見習いの選考、解雇、懲戒、期間の定めのない雇用、雇用条件、特別待遇」などの目的でAIを使用する場合には、従業員に事前に通知することなどを義務付けた。2026年1月に施行する予定にしている。
「ロボット上司禁止法」の可決と拒否権発動
カリフォルニア州議会では、上下両院が2025年9月15日までに、自動化された雇用関連の意思決定にあたって、人間による監視を求める「ロボット上司禁止法案(No Robo Bosses Act、通称SB-7)」を賛成多数で可決した。だが、ギャビン・ニューサム州知事は10月13日、雇用主に対して「過度に広範な制限」を課すものだとして、拒否権を発動した(注4)。
SB-7法案は、雇用主に対し、人間の監視なしに、自動意思決定システムに依存して、従業員の懲戒処分や解雇を行ってはならないと規定した。雇用関連の決定にあたってADSを使用することについて、雇用主が従業員に事前に書面で通知することも求めていた。州知事が署名すれば成立し、2026年1月に施行される予定だった。
同知事は拒否権発動時のコメントで「雇用主によるADSの無規制な使用が、場合によっては労働者に害を及ぼす可能性があるという、法案作成者の懸念に私も同意する」としながらも、「最も無害なツールを使用している企業に対してさえ、焦点の定まらない通知義務を課している」とその内容に疑問を呈した。
同法案に対しては、業界団体や企業が反発していた。知事の拒否権発動に対して、カリフォルニア商工会議所(California Chamber of Commerce)は「雇用における自動意思決定システムの使用を規制するための包括的なアプローチであるSB7に反対した幅広く多様な連合の懸念を、知事が聞いてくれたことに感謝する」と歓迎するコメントを出している(注5)。
一方、AFL・CIO(米労働総同盟・産別会議)カルリフォルニア州支部は、同法案の成立に向けた取り組みを進めていた。同支部のロレーナ・ゴンザレス会長は、州議会での法案可決時のコメントで、「ボス(上司)には魂があるべきで、アルゴリズムで労働者が懲戒処分を受けたり解雇されたりするときには、人間が確実に監視する常識的な保護策が必要だ。労働者が職場の新技術による巻き添えの被害者のごとく扱われている状況で、「ロボボス」を野放しにするわけにはいかない」とその意義を強調していた(注6)。
AI開発と保護のバランス
このほかAI規制に関連する州法としては、コロラド州が2024年5月に州法(SB24-205)(注7)を制定し、2026年2月1日に施行する予定にしていた。同州法は「アルゴリズムによる差別」の防止を目的とし、その開発者や導入者に対して、アルゴリズムによる差別を認識し、予測可能なリスクから消費者を保護するために、「合理的な注意」を払うよう義務付けた。このためにどのような具体策をとっているか、公表することなどを求めている。しかし、IT業界などの反対を背景にして、州議会は2025年8月26日、同州法の施行を同年6月に延期する法案を可決した(同28日に知事が署名して成立)。
なお、同州議会は商用車の自動運転を規制する法案(HB25-1122)(注8)を可決したものの、ジャレッド・ポリス知事が2025年5月29日に拒否権を行使し、施行を見送った。この法律は、安全性の確保、交通法規の遵守のため、「無人トラック」など商用自動運転車の運転席に人間を乗せて監視させることを義務付けるものだった(ただし軽量車輌については免除)。トラック運転手らを組織する労組「チームスターズ」などは、運転手の雇用確保や高速道路の安全性向上の観点から、同州法の制定を求めていた。同知事は、拒否権行使の理由について、「HB 25-1122が成立すれば、商用車に運転手の同乗を義務付け、道路の安全性を向上させる将来の技術革新が阻害される可能性がある」ことをあげた。
自動運転車輌への人員同乗の義務化に関しては、カリフォルニア州議会もコロラド州と同様の法案を2023年と2024年に可決したが、州知事はいずれも拒否権を発動している。2024年の否決時には、その理由について「カリフォルニア州では強力な労働者保護法を整備しており、また、技術革新のリーダーとして世界に知られている。そのどちらかを犠牲にしなければならないという考え方は否定する」と述べたうえ、「州政府は議会や関係者と協力し、問題解決に向けて取り組む」との意向を示している。
連邦政府はAI開発の規制緩和を重視
連邦議会下院は2025年7月1日、トランプ政権の進める政策の包括的な予算法案である「大きく美しい一つの法案(One Big Beautiful Bill Act)」から、州による独自のAI規制を10年間禁じる条項を削除する法案について、賛成多数で可決した。同条項は、州による個別の規制を非効率で開発の障害になると考えるIT業界や、AIの規制は必要だが、連邦政府の責任で対処すべきだと考える議員らの主張を踏まえて設けられた。これに対して、州政府の主権や、州独自の努力を損なうと主張する議員らが批判し、法案から除かれた。
連邦議会で同法案が成立しなかったこともあり、カリフォルニア州議会ではAI開発の透明化をはかる州法(SB53)が可決され、ニューサム知事が9月29日に署名し、同法が成立した。SB-53はIT企業などで、AIのリスクに関して内部告発を行った従業員に対する報復措置の禁止も定めている。2026年1月に施行を予定している。
こうしたなか、トランプ大統領は2025年7月23日、「AI競争への勝利―米国のAI行動計画(Winning the AI Race: America’s AI Action Plan)」(注9)を発表した。同年1月23日に発した大統領令「AIおける米国のリーダーシップへの障壁の除去」(注10)に基づく措置で、①米国のAIの友好国や同盟国への輸出、②データセンターの急速な構築の促進、③イノベーションと導入の促進、④連邦政府の調達ガイドラインを更新し、システムが客観性を備え、トップダウンのイデオロギー的偏見がないことを保証する最先端の大規模言語モデル(LLM)開発者とのみ契約する、という4つの柱を掲げた。
③はその具体的な方策として、AIの開発と展開を妨げる連邦規制を撤廃すること、撤廃すべき規則について民間部門の意見を求めることをあげた。AIの開発・利用における安全性の確保よりも、規制緩和による開発の促進を重視した内容となっている。④はDEI(多様性、公平性、包括性)に関連する内容を組み込んだシステムを、「イデオロギー的バイアス」があるものとみなし、連邦政府の調達から排除することを目的としている。
できるだけ自由なAIの開発・利用の促進、そして州により異なる規制の設定を避けたい大手IT企業などの要望もあり、トランプ政権は「行動計画」に基づき、AIの規制をできるだけなくし、その開発や利用の自由化を進める方針だ。一方、州政府の中にはその主権のもとで、AIの安全性を確保するための何らかの規制を設けたいと考えるところが少なからずあり、法規制をめぐる連邦政府と州政府との対立が続く可能性がある。
注
- カリフォルニア州公民権局ウェブサイト(Civil Rights Council Secures Approval for Regulations to Protect Against Employment Discrimination Related to Artificial Intelligence
)参照。(本文へ) - カリフォルニア州プライバシー保護庁ウェブサイト(CCPA Updates, Cybersecurity Audits, Risk Assessments, Automated Decisionmaking Technology (ADMT), and Insurance Regulations
)参照。(本文へ) - 労働政策研究・研修機構(2023)「採用プロセス等でのAI活用を規制―ニューヨーク市、「事前監査」を義務化」(海外労働情報・国別労働トピック「米国」)参照。(本文へ)
- Cal Mattersウェブサイト(SB 7: Employment: automated decision systems
)参照。(本文へ) - カリフォルニア商工会議所ウェブサイト(CalChamber Applauds Veto of Problematic SB 7
)参照。(本文へ) - カリフォルニア労働組合連盟(California Federation of Labor Unions)ウェブサイト(‘Bosses should have souls.’ California Legislature passes first-in-nation bill to regulate ‘robo-bosses’
)参照。(本文へ) - コロラド州議会ウェブサイト(SB24-205 Consumer Protections for Artificial Intelligence-Concerning consumer protections in interactions with artificial intelligence systems.
)参照。(本文へ) - コロラド州議会ウェブサイト(HB25-1122 Automated Driving System Commercial Motor Vehicle- Concerning a requirement that a commercial motor vehicle have a human present when the commercial motor vehicle is being driven by an automated driving system.
)(本文へ) - ホワイトハウス・ウェブサイト(White House Unveils America’s AI Action Plan
)参照。(本文へ) - ホワイトハウス・ウェブサイト(REMOVING BARRIERS TO AMERICAN LEADERSHIP IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE
)参照。(本文へ)
参考資料
- カリフォルニア州、カリフォルニア商工会議所、カリフォルニア労働組合連盟、カルマターズ、コロラド州議会、チームスターズ、日本貿易振興機構、ブルームバーグ通信、ホワイトハウス、Cal Matters、各ウェブサイト
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