労組法を改正
―使用者の定義を拡大、労働者への損害賠償請求を制限
2025年8月24日、「労働組合及び労働関係調整法」の一部改正案が国会本会議で可決され、2026年3月から施行される(注1)。改正の主なポイントは、➀使用者の範囲の拡大、②労働者以外の組合加入制限の削除、③労働者に対する損害賠償請求の制限、の3点である。
以下で概要を紹介する。
別名「黄色い封筒法」
可決された「労働組合及び労働関係調整法(略称:労働組合法)」改正案は、通称「黄色い封筒法」とも呼ばれる。2014年、双龍自動車の労働者が整理解雇に対抗して工場を占拠し、ストライキを行ったことについて、裁判所はストライキ労働者に対する多額の損害賠償を命じた。これに対し、かつて給料袋として使われていた黄色い封筒に金額を入れて市民が当該労働者へ寄付する運動が生じたことに由来する名称である。
法改正の背景には、同法が産業構造の変化によって多様な雇用形態や多重下請構造が増加していることを反映しておらず、これらの労働者の労働三権が制限されていることがある。また、労働組合を萎縮させる手段として使用者側が過度な損害賠償を行う事例が生じていることも問題視されていた(注2)。
今回の主な改正内容は、使用者の範囲の拡大及び労働者以外の組合加入制限の削除(第2条関係)と争議行為による損害賠償請求の制限(第3条関係)、である。
労働契約がなくても実質的に影響があれば使用者として認定
まず、第2条では、使用者の定義が拡大された。現行法では、使用者は「労働者と直接的に労働契約を締結した者」に限定されていたが、改正により「労働者と直接契約していなくても、労働条件を実質的・具体的に支配・決定できる地位にある者」も使用者とされることとなった。これにより、元請企業と下請労働者との間でも労使交渉が可能となる。ただし、元請企業が使用者として認められる場合であっても、全ての事項に交渉義務を負う訳ではない。雇用労働部は、実質的・具体的に決定する特定の労働条件に限られるとしている。
労働組合の加入制限を撤廃、労働争議の範囲を拡大
また、労働組合の加入制限についても見直しが行われた。現行法では、「労働者ではない者の加入を許容する団体は労働組合とはみなさない」と規定されていたが、この記述は削除された。この改正は、特殊雇用形態従事者(注3)やプラットフォーム労働者等の労働三権を保障する趣旨である。
さらに、労働争議の範囲も拡大された。従来、労働争議は「賃金・労働時間・福祉・解雇その他待遇等、労働条件の不一致による事情」に基づく紛争とされていた。改正により、「賃金・労働時間・福祉・労働者の地位その他待遇などの労働条件の決定や、労働条件に影響を及ぼす産業経営上の決定に関する主張の不一致、及び使用者の明確な団体協約(労働協約)違反によって生じた紛争」と改められる。これにより、これまで争議の原因として認められにくかった、使用者による整理解雇や事業の統廃合も労働争議の対象に含まれるとみられる。ただし、投資や工場の増設と言ったすべての事業場の経営上の決定が対象となるわけではなく、整理解雇など労働条件に重大な影響を及ぼす決定に限られると雇用労働部は説明している。
争議行為による損害賠償を制限
第3条は、使用者による損害賠償請求を制限するものである。現行制度では、裁判所が争議行為等によって損害賠償責任を認める場合、すべての違法行為者に対して連帯して損害賠償額を請求する仕組みとなっていた。改正後は、労働組合における地位や役割、損害発生の関与の程度、賃金水準等を考慮し、労働者ごとに責任割合を定めることとする。
また、新設された3条の2では、労使紛争の円満な解決を目的として、「使用者は労働組合または労働者の損害賠償責任を免除できる」との規定が追加された。
下請企業の労組による交渉要求が相次ぐ
韓国二大労総である、韓国労働組合総連盟と韓国全国民主労働組合総連盟は、今回の法改正をいずれも歓迎している。これに対し、韓国の経営者6団体は連名で、使用者の範囲拡大により労使紛争が増加することを懸念し、遺憾の意を表明した(注4)。
一方で、一部の下請企業の労組は、すでに元請企業に対して交渉を求める動きを見せている。サムスン電子の協力会社イーアンドエスの労組は2025年6月に記者会見を開き、サムスン電子に交渉に応じるよう要求した。これは、労組の要求事項に対してイーアンドエスがサムスン電子からの請負費を理由に対応しなかったためである(注5)。最終的には、サムスン電子が請負費を引き上げることで解決した。
また、現代製鉄の下請労働者で構成される金属労組忠南支部現代製鉄非正規職支会は25日、国会前で記者会見を開き、現代製鉄に対して交渉を要求した。ネイバー傘下の企業6社の労組も、27日に本社前で集会を開き、ネイバーに対して直接交渉を求めた。
2026年3月から施行へ
8月28日、雇用労働部は法改正に対する現場支援策を発表した。まず、主要な労使団体に対して、情報提供と意見聴取を行うタスクフォースを結成する。さらに、元請・下請間の交渉を支援するため、地方官署ごとに現場支援団を設置し、地域ごとの下請構造を踏まえて主要企業に優先順位をつけ、必要に応じて交渉コンサルティングを実施する。
特に造船業などの多重下請構造を抱える産業では、労使争議の増加が見込まれることから、元請企業と下請労働者との間で新たな模範モデルを策定する計画である。また、交渉妨害行為や不法占拠への対応として、申告センターを設置しモニタリングを行い、違法行為には是正措置を行う方針を示した。
同法は9月9日に交付され、6か月後の2026年3月10日から施行される予定である。
参考図表1 労働組合法第2条改正箇所比較表
第2条第2号 使用者の定義 | |
現行法 | 改正法 |
「使用者」とは、事業主、事業の経営担当者またはその事業の勤労者に関する事項に対して事業主のために行動する者をいう | 「使用者」とは、事業主、事業の経営担当者またはその事業の労働者に関する事項に対して事業主のために行動する者をいう。この場合、労働契約締結当事者でなくとも、勤労者の労働条件に対して実質的かつ具体的に支配・決定できる地位にある者も、その範囲においては、使用者とみなす。 |
第2条第4号 特殊雇用形態従事者、プラットフォーム労働者の団結権保障 | |
現行法 | 改正法 |
「労働組合」とは、勤労者が主体となって自主的に団結し、勤労条件の維持・改善その他勤労者の経済的・社会的地位の向上を図ることを目的に組織する団体またはその連合団体をいう。ただし、次の各項目の1つに該当する場合には労働組合とみなさない。 ラ. 労働者ではない者の加入を許容する場合 |
「労働組合」とは、勤労者が主体となって自主的に団結し、勤労条件の維持・改善その他勤労者の経済的・社会的地位の向上を図ることを目的に組織する団体またはその連合団体をいう。ただし、次の各項目の1つに該当する場合には労働組合とみなさない。 (項目ラを削除) |
第2条第5号 正当な争議行為の範囲 | |
現行法 | 改正法 |
「労働争議」とは、労働組合と使用者または使用者団体(以下、「労働関係当事者」という)との間に、賃金・勤労時間・福祉・解雇その他待遇等の勤労条件の決定に関する主張の不一致による事情によって生じる紛争状態をいう。この場合主張の不一致とは当事者間の合意のための努力を続けてもこれ以上自主的な交渉による合意の余地がない場合をいう。 | 「労働争議」とは、労働組合と使用者または使用者団体(以下、「労働関係当事者」という)との間に、賃金・勤労時間・福祉・解雇・労働者の地位その他待遇などの勤労条件の決定と勤労条件に影響を及ぼす事業経営上の決定に関する主張の不一致及び第92条第2号項目カから項目ラまでの事項に関する使用者の明白な団体協約違反による事情によって生じる紛争状態をいう。この場合主張の不一致とは当事者間の合意のための努力を続けてもこれ以上自主的な交渉による合意の余地がない場合をいう。 |
出所:労働組合及び労使関係法一部改正案を基に作成
参考図表2:労働組合法第3条改正箇所比較表
第3条(損害賠償請求の制限) | ||||||
現行法 | ||||||
使用者は、この法律による団体交渉または争議行為によって損害を被った場合に、労働組合又は勤労者に対しその賠償を請求することができない。 | ||||||
改正法 | ||||||
|
出所:労働組合及び労使関係法一部改正案を基に作成
注
- 賛成183票、反対3票で可決された。野党「国民の力」議員らは退席し、採決には参加しなかった。(本文へ)
- 法令、業務、社会通念に違反せずに行われた団体交渉・争議行為その他正当な行為に対しては罰せられない。(本文へ)
- 特殊雇用形態従事者とは、契約の形式に関係なく労働者と類似の労務を提供しているにもかかわらず勤労基準法等が適用されない者を指す。代表的な特殊雇用従事者は、訪問販売員、ゴルフ場キャディ等。(本文へ)
- 韓国経営者総協会、大韓商工会議所、韓国経済人協会、韓国貿易協会、中小企業中央会、韓国中堅企業連合会の6団体。(本文へ)
- 労組の要求事項は、時間外・夜間・休日手当などを、計算基礎額に定期賞与を算入した額で計算し支給せよというものであった。これは、定期賞与は通常賃金に算入する、という2024年12月大法院(最高裁)判決に基づいている。そのように計算すると手当額が上昇するが、会社は全額適用はせず、30~40%の適用で受け入れなければ団体交渉を終えないと主張していた。(本文へ)
- なお、大法院の判決について、時間外手当等の割増賃金や諸手当の計算基礎額を「通常賃金」とよぶが、この範囲については法律上の定義が不明確で長年にわたり裁判所の判例が基準となっていた。しかし、2024年12月の判例において、通常賃金とは「所定労働の対価として、定期的かつ一律に支払われる金額」である旨の判例が発表された。このため、定期賞与については通常賃金に含まれるとする考えである。 (本文へ)
- 全国金属労働組合「【報道資料】滞納賃金及び労組弾圧・不誠実交渉糾弾!サムスン電子請負業者イーアンドエスの問題解決を促す記者会見
」(2025年6月16日)(本文へ)
- 大法院「特定時点に在職中の労働者にのみ支給する条件が賦課された定期賞与金等が通常賃金に該当するかが問題になった事件
」(本文へ)
参考文献
- BBC News Korea「黄色い封筒法、国会本会の通過…具体的にどんな内容を込めたか
」(2025年8月24日)
- 韓国経営者総協会「労働組合法改正案国会本会議通貨に対する経済界の立場
」(2025年8月24日)
- 韓国労働組合総連盟「元請交渉時代開かれた。労組方2・3条国会本会議通過を歓迎するー労組法2・3条国会本会議通過に対する韓国労組の立場
」(2025年8月24日)
- 議案情報システム「[2211924]労働組合及び労働関係調整法一部改正法律案(代案)(環境労働委員長)
」(2025年8月24日)
- 雇用労働部報道資料「雇用労働部、改正労組法定着のための現場支援団運営策発表
」(2025年8月28日)
- 雇用労働部報道資料「(参考)労組法2・3条改正案国会本会議通過以後雇用労働部後続計画
」(2025年8月24日)
- 雇用労働部報道資料「改正労働組合法2・3条が来年3月10日施行されます
」(2025年9月9日)
- 大韓民国国会報道資料「国会本会議、「労働組合及び労働関係調整法」処理
」(2025年8月24日)
- 大韓民国政策ブリーフィング「労働部「改正労働組合法、実質決定権のある労働条件に限り交渉義務賦課」
」(2025年9月10日)
- ハンギョレ新聞「組合のある協力会社は仕事がなくなる?「黄色い封筒法怪談」ファクトチェック
」(2025年8月25日)
- 民主労総報道資料「[声明]20年闘争の結実、労組法改正通貨!2026年非正規特雇下請け労働者の権利の獲得元年を迎える」
(2025年8月24日)
- ヨンハプニュース「使用者大企業出てこい…黄色い封筒法に下請け労組交渉要求続々(総合)
」(2025年8月25日)
他各ウェブサイト
2025年10月 韓国の記事一覧
- 60歳以上の高齢自営業者増加 ―韓国銀行レポート
- 労組法を改正 ―使用者の定義を拡大、労働者への損害賠償請求を制限
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2025年 > 10月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > 韓国の記事一覧
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:カテゴリー別にさがす > 労働法・働くルール、労使関係
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > 韓国
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > 韓国
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > 韓国