労組法を改正
 ―使用者の定義を拡大、労働者への損害賠償請求を制限

カテゴリー:労働法・働くルール労使関係

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  • 国別労働トピック:2025年10月

2025年8月24日、「労働組合及び労働関係調整法」の一部改正案が国会本会議で可決され、2026年3月から施行される(注1)。改正の主なポイントは、➀使用者の範囲の拡大、②労働者以外の組合加入制限の削除、③労働者に対する損害賠償請求の制限、の3点である。

以下で概要を紹介する。

別名「黄色い封筒法」

可決された「労働組合及び労働関係調整法(略称:労働組合法)」改正案は、通称「黄色い封筒法」とも呼ばれる。2014年、双龍自動車の労働者が整理解雇に対抗して工場を占拠し、ストライキを行ったことについて、裁判所はストライキ労働者に対する多額の損害賠償を命じた。これに対し、かつて給料袋として使われていた黄色い封筒に金額を入れて市民が当該労働者へ寄付する運動が生じたことに由来する名称である。

法改正の背景には、同法が産業構造の変化によって多様な雇用形態や多重下請構造が増加していることを反映しておらず、これらの労働者の労働三権が制限されていることがある。また、労働組合を萎縮させる手段として使用者側が過度な損害賠償を行う事例が生じていることも問題視されていた(注2)

今回の主な改正内容は、使用者の範囲の拡大及び労働者以外の組合加入制限の削除(第2条関係)と争議行為による損害賠償請求の制限(第3条関係)、である。

労働契約がなくても実質的に影響があれば使用者として認定

まず、第2条では、使用者の定義が拡大された。現行法では、使用者は「労働者と直接的に労働契約を締結した者」に限定されていたが、改正により「労働者と直接契約していなくても、労働条件を実質的・具体的に支配・決定できる地位にある者」も使用者とされることとなった。これにより、元請企業と下請労働者との間でも労使交渉が可能となる。ただし、元請企業が使用者として認められる場合であっても、全ての事項に交渉義務を負う訳ではない。雇用労働部は、実質的・具体的に決定する特定の労働条件に限られるとしている。

労働組合の加入制限を撤廃、労働争議の範囲を拡大

また、労働組合の加入制限についても見直しが行われた。現行法では、「労働者ではない者の加入を許容する団体は労働組合とはみなさない」と規定されていたが、この記述は削除された。この改正は、特殊雇用形態従事者(注3)やプラットフォーム労働者等の労働三権を保障する趣旨である。

さらに、労働争議の範囲も拡大された。従来、労働争議は「賃金・労働時間・福祉・解雇その他待遇等、労働条件の不一致による事情」に基づく紛争とされていた。改正により、「賃金・労働時間・福祉・労働者の地位その他待遇などの労働条件の決定や、労働条件に影響を及ぼす産業経営上の決定に関する主張の不一致、及び使用者の明確な団体協約(労働協約)違反によって生じた紛争」と改められる。これにより、これまで争議の原因として認められにくかった、使用者による整理解雇や事業の統廃合も労働争議の対象に含まれるとみられる。ただし、投資や工場の増設と言ったすべての事業場の経営上の決定が対象となるわけではなく、整理解雇など労働条件に重大な影響を及ぼす決定に限られると雇用労働部は説明している。

争議行為による損害賠償を制限

第3条は、使用者による損害賠償請求を制限するものである。現行制度では、裁判所が争議行為等によって損害賠償責任を認める場合、すべての違法行為者に対して連帯して損害賠償額を請求する仕組みとなっていた。改正後は、労働組合における地位や役割、損害発生の関与の程度、賃金水準等を考慮し、労働者ごとに責任割合を定めることとする。

また、新設された3条の2では、労使紛争の円満な解決を目的として、「使用者は労働組合または労働者の損害賠償責任を免除できる」との規定が追加された。

下請企業の労組による交渉要求が相次ぐ

韓国二大労総である、韓国労働組合総連盟と韓国全国民主労働組合総連盟は、今回の法改正をいずれも歓迎している。これに対し、韓国の経営者6団体は連名で、使用者の範囲拡大により労使紛争が増加することを懸念し、遺憾の意を表明した(注4)

一方で、一部の下請企業の労組は、すでに元請企業に対して交渉を求める動きを見せている。サムスン電子の協力会社イーアンドエスの労組は2025年6月に記者会見を開き、サムスン電子に交渉に応じるよう要求した。これは、労組の要求事項に対してイーアンドエスがサムスン電子からの請負費を理由に対応しなかったためである(注5)。最終的には、サムスン電子が請負費を引き上げることで解決した。

また、現代製鉄の下請労働者で構成される金属労組忠南支部現代製鉄非正規職支会は25日、国会前で記者会見を開き、現代製鉄に対して交渉を要求した。ネイバー傘下の企業6社の労組も、27日に本社前で集会を開き、ネイバーに対して直接交渉を求めた。

2026年3月から施行へ

8月28日、雇用労働部は法改正に対する現場支援策を発表した。まず、主要な労使団体に対して、情報提供と意見聴取を行うタスクフォースを結成する。さらに、元請・下請間の交渉を支援するため、地方官署ごとに現場支援団を設置し、地域ごとの下請構造を踏まえて主要企業に優先順位をつけ、必要に応じて交渉コンサルティングを実施する。

特に造船業などの多重下請構造を抱える産業では、労使争議の増加が見込まれることから、元請企業と下請労働者との間で新たな模範モデルを策定する計画である。また、交渉妨害行為や不法占拠への対応として、申告センターを設置しモニタリングを行い、違法行為には是正措置を行う方針を示した。

同法は9月9日に交付され、6か月後の2026年3月10日から施行される予定である。

参考図表1 労働組合法第2条改正箇所比較表

第2条第2号 使用者の定義
現行法 改正法
「使用者」とは、事業主、事業の経営担当者またはその事業の勤労者に関する事項に対して事業主のために行動する者をいう 「使用者」とは、事業主、事業の経営担当者またはその事業の労働者に関する事項に対して事業主のために行動する者をいう。この場合、労働契約締結当事者でなくとも、勤労者の労働条件に対して実質的かつ具体的に支配・決定できる地位にある者も、その範囲においては、使用者とみなす。
第2条第4号 特殊雇用形態従事者、プラットフォーム労働者の団結権保障
現行法 改正法
「労働組合」とは、勤労者が主体となって自主的に団結し、勤労条件の維持・改善その他勤労者の経済的・社会的地位の向上を図ることを目的に組織する団体またはその連合団体をいう。ただし、次の各項目の1つに該当する場合には労働組合とみなさない。
ラ. 労働者ではない者の加入を許容する場合
「労働組合」とは、勤労者が主体となって自主的に団結し、勤労条件の維持・改善その他勤労者の経済的・社会的地位の向上を図ることを目的に組織する団体またはその連合団体をいう。ただし、次の各項目の1つに該当する場合には労働組合とみなさない。
(項目ラを削除)
第2条第5号 正当な争議行為の範囲
現行法 改正法
 「労働争議」とは、労働組合と使用者または使用者団体(以下、「労働関係当事者」という)との間に、賃金・勤労時間・福祉・解雇その他待遇等の勤労条件の決定に関する主張の不一致による事情によって生じる紛争状態をいう。この場合主張の不一致とは当事者間の合意のための努力を続けてもこれ以上自主的な交渉による合意の余地がない場合をいう。  「労働争議」とは、労働組合と使用者または使用者団体(以下、「労働関係当事者」という)との間に、賃金・勤労時間・福祉・解雇・労働者の地位その他待遇などの勤労条件の決定と勤労条件に影響を及ぼす事業経営上の決定に関する主張の不一致及び第92条第2号項目カから項目ラまでの事項に関する使用者の明白な団体協約違反による事情によって生じる紛争状態をいう。この場合主張の不一致とは当事者間の合意のための努力を続けてもこれ以上自主的な交渉による合意の余地がない場合をいう。

出所:労働組合及び労使関係法一部改正案を基に作成

参考図表2:労働組合法第3条改正箇所比較表

第3条(損害賠償請求の制限)
現行法
使用者は、この法律による団体交渉または争議行為によって損害を被った場合に、労働組合又は勤労者に対しその賠償を請求することができない。
改正法
  • ①使用者はこの法による団体交渉または争議行為、その他労働組合の活動によって損害を受けた場合に労働組合または労働者に対してその賠償を請求できない。
  • ②使用者の不法行為に対して労働組合または勤労者の利益を防衛するためにやむを得ず使用者に損害を加えた労働組合または勤労者は賠償する責任がない(新設)
  • ③法院は、団体交渉、争議行為、その他の労働組合の活動による損害賠償責任を勤労者に認める場合、損害の賠償義務者である勤労者に対して次の各号によって責任比率を定めなければならない。(新設)
1. 労働組合での地位と役割 4. 賃金水準と損害賠償請求金額
2. 争議行為等への参加の経緯と程度 5. 損害の原因と性格
3. 損害発生に対する関与の程度 6. その他損害の公平な分担のため考慮する必要があると認定された事項
  • 第3項による損害義務者である労働組合と勤労者は法院に賠償額の減免を請求することができる。このとき法院は賠償義務者の経済状態、扶養義務等の家族関係、最低生計費保障及び存立の維持などを考慮して各賠償義務者ごとに減免の可否及び程度を判断しなければならない。(新設)
  • 「身元保証法」第6条にもかかわらず、身元保証人は、団体交渉、争議行為、その他労働組合の活動により発生した損害については賠償する責任がない。(新設)
  • 使用者は、労働組合の存立を危うくしたり、運営を妨害する目的または組合員の労働組合活動を妨害し損害を与えようとする目的で損害賠償請求権を行使してはならない。(新設)
3条の2(責任の免除) 使用者は、団体交渉または争議行為、その他労働組合の活動による労働組合または勤労者の損害賠償等の責任を免除することができる。(新設)

出所:労働組合及び労使関係法一部改正案を基に作成

参考文献

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