ギグワーカーの法的保護のための連邦法および州法
―2020年社会保障法典とカルナータカ州法
2047年までに先進国入りをめざすインドにとって、ギグエコノミーは経済成長の牽引役とみなされている。しかし、現行法ではギグワーカー保護の観点で多くの欠陥が指摘されており、ギグエコノミーを規制する法制度の整備が求められている。2020年社会保障法典は、ギグワーカーおよびギグエコノミーの法律的な定義づけをインド法の中で初めて行ったが、施行に必要な各州の手続きが遅れており、未施行のままである。州レベルでの法整備が先行する形で進んでおり、2025年5月にはカルナータカ州でギグワーカー福祉委員会や苦情処理窓口の設置を定める法律が成立したが、実効性の問題が指摘されている。
2020年社会保障法典による定義と位置付け
労働・雇用省のV・V・ギリ国立労働研究所(V.V.Giri National Labour Institute (VVGNLI))が発表した報告書では、ギグワーカーの法的地位が英国、カナダ、スペイン、オランダ、フランス、デンマークなどで整備されている現状を指摘した上で、インドの労働関係法規を改正し、ギグワーカーの分類を明確化する必要があると指摘している(注1)。
既存の法規制として、1970年契約労働法や1923年雇用補償法といった法律があるが、ギグワーカーは依然として適応対象外であり、保護を受けられない(注2)。これらの法律は従来の雇用形態を想定して制定されたもので、プラットフォーム型労働の流動性、一時性、分散性といった性質に対応できていないのが実情である。
2020年社会保障法典では、ギグワーカーとプラットフォームワーカーの定義が規定され、ギグワーカーの勤労生活を支援するための多くの規定が設けられている(注3)。同法における「ギグワーカー」と「プラットフォームワーカー」に関する定義として、第2条(35)では、「ギグワーカー」を、従来の雇用主と従業員の関係の枠外で就労をしたり、仕事の取り決めに参加したりすることによって収入を得ている者であると定義している(注4)。また、第2条(61)では、「プラットフォームワーカー」をプラットフォーム企業に関係する業務に従事またはプラットフォームから業務を引き受けている者であると定義している。また、第2条(60)では「プラットフォーム業務」を、組織または個人がオンラインプラットフォームを使用して他の組織または個人にアクセスし、特定の問題を解決したり、特定のサービスを提供するなどの業務のほか、中央政府の通知によって認定されるその他の活動を行い、報酬を受ける業務であり、従来の雇用主と従業員の関係以外の労働契約を意味するものと定義している(注5)。一方で従来から問題となっている非組織労働者(unorganized worker)(注6)については、第2条(86)において、プラットフォームに属さないギグワーカーとして、非正規雇用者または臨時賃金労働者あるいは自営業者と定義している(注7)。
2020年社会保障法典は、ギグワーカーをインド労働法に基づく保護を受ける権利を持つ「労働者」として認めておらず、いわゆる誤分類の問題を棚上げしており、労働者が享受する社会保障権についても明確に規定していない。法律が規定するのは、連邦政府が将来的に公布する可能性のある制度を通じて、社会保障権が保障されるという約束に過ぎない(注8)。しかも、2020年社会保障法典は連邦議会で可決されたものの、各州における施行令の手続きが終わっておらず公布に至っていない。
また、同法典は第6条において、ギグワーカーとプラットフォームワーカー向けの福祉制度を勧告する国家社会保障委員会の設置を義務付けているが、具体的な設置に向けた動きは遅々として進んでおらず、ギグワーカーは恩恵をまだ受けることができない(注9)。条文の規定が曖昧な文言となっており、実効のプロセスが断片化された規定になっているため、プラットフォーム企業は説明責任を回避でき、労働者は救済措置を講じることができないままであるとの指摘もある。
VVGNLIの報告書は、2020年社会保障法典では触れられていない次の点を提案している。まず、全てのギグワーカーが社会保障を受けられるようにするために、中央政府と州政府の双方が管理運営する、プラットフォーム労働者とギグワーカーのための法定全国登録簿の設立である(注10)。また、就労者に対するアルゴリズムに関する説明責任をプラットフォーム企業に求めることや、業務割り当ての公正性、苦情受付や紛争解決の手続きの迅速化、ギグワーカーに対する研修とスキルアップによるエンパワーメント、労働安全衛生基準の義務化などの措置の必要性を指摘している(注11)。
州法レベルのギグワーカーの保護
インドでは労働行政が連邦と州政府の共管事項になっているため、州レベルでの法整備も進んでいる。ラジャスタン州は、ギグワーカーのための法律を導入した最初の州であり、2023年7月24日に「プラットフォームベースのギグワーカー(登録および福祉)法」を制定した(注12)。同法により、福祉委員会が設置され、中央取引情報管理システム(CTIMS)およびシステムに登録された労働者の固有IDを通じて報酬の支払いを監視する制度が確立された。
また、カルナータカ州において、2024年に提出された法案(カルナータカ州プラットフォームベースのギグワーカー(社会保障と福祉)法案:The Draft Karnataka Platform based Gig Workers (Social Security and Welfare) Bill, 2024)が4月に州内閣によって承認され、州政府が2025年5月27日に条例を公布すする形で施行した(注13)。不当契約打ち切りに対する救済措置や二段階の苦情処理制度など、ギグワーカー保護体制の強化を目的としている(注14)。また、プラットフォームを介して就労する者の権利を保護するギグワーカー福祉委員会が設立される(後述)。プラットフォーム企業から報酬の一部を福祉手数料として徴収し、政府拠出金によって賄われる社会保障基金も設立されることになる。
そのほか、ジャールカンド州とテランガーナ州でも法案が審議されているが、まだ可決されていない(注15)。
カルナータカ州法の問題点と成果
ただ、カルナータカ州法の欠陥を指摘する声もある(注16)。法律が規定しているのは、社会保障措置が州政府の定める制度を通じて将来的に導入されるということだけであり、条文上、社会保障を就労者の権利として保証していない。その上、就労者の受ける保護や給付に関する権利について明確に定義されていない。この点は、2008年に成立し、ほとんど効果を発揮しなかった非組織労働者社会保障法と酷似しているという指摘がある(注17)。法律に具体的な措置の実施が規定されているわけではなく、政府の裁量に委ねられているため、法律としての実効性が欠如しているという。
州法は、ギグワーカーの権利を強化するための福祉基金を設立するとしており、その財源として、プラットフォーム企業の各取引における労働者への支払額の1%以上5%以下に相当する福祉手数料の導入が規定されている(注18)。だが、手数料が漠然とした範囲で定められており、具体的な料率は州政府の裁量に委ねられている。また、制度が定める基金の徴収手続きが明確になっていない(注19)。
さらに、州政府は、上述のようにカルナータカ州プラットフォーム型ギグワーカー福祉委員会を設立することになっている。この委員会は、州政府が定める期限内に委員会が実施する社会保障およびその他の給付について通知する権限を持つことになる。また、同委員会は、プラットフォーム型ギグワーカーの権利を保護し、社会保障、労働安全衛生、自動監視および意思決定システムの透明性に関して、プラットフォーム企業に対して義務を課すことを目的としている(注20)。ギグワーカー福祉委員会は、プラットフォームによる就労者の登録、福祉料金の徴収、社会保障制度の実施のための委員会であり、プラットフォーム企業に対して、法律の施行後45日以内に、すべてのギグワーカーの登録データベースを委員会に提出することを義務づけている。
ただ、同委員会の実施する「労働安全衛生基準」「福祉基金の管理と運用」「情報開示要件」「プラットフォーム企業の登録者データベースの提出」「苦情処理手続き」「プラットフォーム企業の登録」「アルゴリズムによる発注等の決定過程の開示」など、法律で導入されたこれらの制度の多くが今後の政府通知によって決定されることになっているため、具体的な措置がとられていない(注21)。また、労働者の所得保障についても、まともな生活水準を支える最低所得を保障するのではなく、プラットフォーム企業に対し、契約条件の遵守と労働者の所得からの控除の正当性証明を求めるにとどまっているため、労働者を経済的不安定から守るための報酬の最低保証の確保がなされていない。以上の問題点が指摘されている。
だが、カルナータカ州法がギグワーカー保護に資する面がないわけではない。ラジャスタン州の法律と比べて大きな進歩と言えるのが、プラットフォーム企業に対するアルゴリズム管理に関する規制である。プラットフォーム企業による報酬や労働時間など広範にわたる管理や契約の一方的な打ち切りを明示的に規制し、説明責任を義務づけている点は、一歩前進と評価できる(注22)。
また、ギグワーカーの抱えている不満や疑問点を解決するための、対面の窓口の設置が義務づけられた点も評価に値する。これは、ギグワーカーの多くが共有している不満、例えばアルゴリズムシステムへの対応における透明性の欠如や報酬、就労時間などに関する苦情に対する自動返信への不満などに対して直接、人が対応する窓口となるからである。
なお、カルナータカ州法は、州議会閉会中に政府が条例を公布する形をとっている(注23)。この法案は州議会再開後、6週間以内に議会の承認を得る必要があり、承認が得られなければ効力が失われてしまうという問題点を抱えている(注24)。
労働関係法制整備の必要性
連邦法や幾つかの州法で整備されはじめているギグワーカーの法的保護に関する規制は、ギグワーカーを労働者として位置づけるのではなく、独立自営の就労者として位置づけ、誤分類の解消を回避した上で、社会保障の保護が受けられるようにする方向性で法改正が進んでいる(注25)。しかし、VVGNLIの報告書は、「労働者」と「独立請負業者」を区別するための基準を確立する必要性を指摘しており、ギグワーカーに労働団結権や団体交渉権を認める法的枠組みが必要だと指摘している(注26)。そして、労働者組織や労働組合の設立、就労者の加入の自由が確保されることにより、プラットフォームによる業務割り当ての手続きや報酬を決定するために使用するアルゴリズムが、ギグワーカー側にも認識できるようにすべきであると主張する。それによって、ギグエコノミーにおけるより高い透明性を求めて企業と就労者が交渉できるようになり、結果的として、より良い賃金、労働関係保険、労働条件が実現できると提案している。
同報告書では、2047年までにギグエコノミーを短時間労働で高収入の組織化されたセクターにする必要があり、ギグワーカーは、たとえ長時間労働をしたとしても、公正な報酬を受けるべきであるとしている。ギグワーカーにとってより好ましい環境を整えることで、より多くの人材をギグエコノミーに惹きつけることにつながり、経済成長に寄与する可能性が広がると指摘している(注27)。
注
- Dhanya M B (2025) Gig and Platform Workers: Vision 2047 (PDF:5.99MB)
, VV Giri National Labour Institute, NLI Research Studies Series No. 173/2025, p.27.(本文へ)
- The Plight of Gig Workers in India
, Naina Bhargava and Madhumita Sharma, The Wire, 01/May/2025.(本文へ)
- 前掲注、Dhanya M B (2025) p.23.(本文へ)
- V.V.Giri National Labour Institute, FAQs on The Code on Social Security, 2020.
The Code on Social Security, 2020 (PDF:532KB), As introduced in Lok Sabha, Bill No. 121 of 2020.(本文へ)
- さらに具体的なプラットフォームワーカーの事例として、ライドシェア(ウェブサイトやアプリを通じて、所有者が有料で自家用車での移動を手配する行為)、食品、食料品、医薬品の配達、物流フルフィルメント、eコマース、オンラインショッピングなどを専門とするオンラインソフトウェアアプリまたはデジタルプラットフォーム上で働く者が挙げられている(A focus on India’s booming gig and platform economy
, Dr. Prashant Prabhakar Deshpande, Times of India, January 14, 2025.)(本文へ)
- ここでいう「非組織」とは、労働組合に組織化されているか否かとは無関係である。統計上の定義では、従業員規模が10 人に満たない民間企業を指すのが一般的である。「組織」部門であっても、社会保障にカバーされない非正規(non-regular)の労働者は「非組織労働者」とされる。そのため、インドにおいて労働者の大部分が「非組織」である。「インフォーマル・セクター」としばしば同義で扱われるが、厳密に言えば同義ではない。
太田仁志(2011)「デリーから── ① (PDF:197KB)」フィールド・アイ『日本労働研究雑誌』2011年2・3月号(No.608)、122~123頁、労働政策研究・研修機構。
香川孝三(2016)「第4章 労働法令」『インドの労働・雇用・社会─日系進出企業の投資環境─』(海外調査シリーズ1)116~117頁、労働政策研究・研修機構。(本文へ) - 前掲注、V.V.Giri National Labour Institute, FAQs on The Code on Social Security, 2020.(本文へ)
- Opinion: Karnataka Gig Workers Ordinance falls short of offering full protection
, Avani Chokshi, Madhulika T, The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 前掲注、The Wire, 01/May/2025.(本文へ)
- 前掲注、Dhanya M B (2025) p.21.(本文へ)
- 前掲注、Dhanya M B (2025) pp.26-27.(本文へ)
- For eight million Indians, life is a gig and a mostly terrible one at that
, S Sreejith, New Indian Express, 16 Jul 2024.(本文へ)
- Karnataka promulgates Ordinance for providing security to platform-based gig workers, The Hindu, May 28, 2025.(本文へ)
- 前掲注、New Indian Express, 16 Jul 2024.(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 2008年の非組織労働者社会保障法(Unorganised Workers’ Social Security Act, 2008.)は、非組織労働者とその労働組合による社会保障保護を規定し、従来、伝統的に公式セクターの労働者にのみ認められた権利を非組織労働者にも認める長年の要求に応えるかたちで制定された。しかし、同法はこれらの保護を法律によって強制執行可能な権利として保証するのではなく、政府に社会保障制度を裁量で導入する権限を与えるに過ぎないものだった(前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.)。(本文へ)
- 前掲注、The Hindu, May 28, 2025.(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 前掲注、The Hindu, May 28, 2025.(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- インド憲法第213条は、州議会が閉会中の州知事の権限について規定しており、知事が直ちに措置を講じる必要がある状況が存在すると判断した場合に、知事は、状況に応じて必要と認められる条例を公布することができるとしている(The Constitution of India 2024 (English Version) (PDF:2.3MB)
)。(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 前掲注、The News Minute, 10 Jun 2025.(本文へ)
- 前掲注、Dhanya M B (2025) p.27.(本文へ)
- 前掲注、Dhanya M B (2025) p.23.(本文へ)
(ウェブサイト最終閲覧:2025年7月10日)
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