トランプ政権の発足と大統領令
―「多様性」推進方針の撤回など
1月20日、ドナルド・トランプ氏が米国の第47代大統領に就任した。バイデン前政権が進めていた政策を覆す大統領令に次々と署名。雇用・労働問題に関する内容としては、①「多様性・平等性・包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion、DEI)」推進方針の廃止、②AI規則の撤回、③不法移民対策の強化、などがある。また、連邦政府職員のリモートワークの終了なども命じている。
DEI推進方針を撤回
「多様性・平等性・包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion、DEI)」推進の方針を撤回する大統領令「過激で無駄な政府のDEIプログラムと優遇措置の廃止」では、バイデン前政権の方針を覆し、連邦政府機関及びその請負契約業者に対して、採用や評価等においてDEIを考慮せず、個人の能力や業績に基づいて対処するよう求めた(注1)。
また、省庁等の各連邦政府機関に対して、民間部門における「違法なDEI差別及び優遇措置(Illegal DEI Discrimination and Preferences)の廃止」を奨励し、個人の「創意工夫、卓越性、勤勉さ」に基づく方針を推進するための適切な行動をとるよう命じた(注2)。この中で、DEI推進の取り組みは「人種、肌の色、宗教、性、出身国を理由とした差別」を禁じた1964年公民権法第7編に違反する可能性があると指摘。すべての米国人の機会均等を支える基盤である同法の施行を確保する観点から、「DEIによる違法な差別をなくし、実力本位の機会を回復する」と強調している。連邦請負契約業者に対して人種、肌の色、宗教、性、または出身国による雇用差別を禁じ、そのための積極的措置を講じるよう定めた1965年9月24日の大統領令「雇用機会均等」(注3)は廃止した。
さらに、連邦政府機関のDEI関連部門の廃止、ウェブサイトの閉鎖、担当職員を有給休暇扱いとすること、などを通知した。DEI関連の契約や役職に関する情報提供を職員らに求める文書も出している。
近年、米国ではDEI推進の考え方に基づき、女性や非白人らのマイノリティを積極的に採用・登用する方針を採る企業に対して、保守派や白人男性労働者らが「逆差別」だと批判する動きが高まっていた。2024年以降、ウォルマートやターゲット、マクドナルド、フォード・モーター、メタ、アマゾン・ドット・コムなどの企業がDEIの取り組みを撤廃・縮小させている。
一方、コストコの株主は投票により、同社のDEIポリシーを評価する決議を採択した。JPモルガンは「包括性」を業績とイノベーションに結びつける方針を再確認。ゴールドマン・サックスやアップル、マイクロソフトでもDEI推進の取り組みを維持している。
性的マイノリティへの雇用差別を違法とする最高裁判決を支持せず
「ジェンダーイデオロギー過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す」とする大統領令(注4)では、性別を「生物学的な男性と女性」のみに限定する方針を示した。各行政部門に対して、すべての性保護法(Sex-protective laws)をこの現実を促進するために施行すべきだとした。
また、性的指向や性自認を理由にした性的マイノリティに対する雇用差別も「性を理由とする差別」であり1964年公民権法第7編に違反するとの解釈を示した「ボストック対クレイトン郡(2020年)」の最高裁判所判決(注5)について、法的に支持できないと指摘。司法長官に対し、「同判決を性に基づく区別に誤って適用することを是正するガイダンス」、及び「憲法・制定法の判例で明示的に許可されている性に基づく区別を保護するガイダンス」を発行するよう指示した。
さらに、各省庁・政府機関のトップに対して、同大統領令及び司法長官が発行するガイダンスと矛盾する過去のガイダンス等の文書を撤回するよう命じた。撤回の対象として、公民権法第7編違反となる性に基づく雇用差別に、性的指向や性自認を含むとした雇用期間均等委員会(EEOC)による「職場におけるハラスメントに関する施行ガイドライン(注6)」などをあげている。
AI規制の緩和
1月23日に出した大統領令「人工知能(AI)おける米国のリーダーシップへの障壁の除去」(注7)では、「米国のAIイノベーションの障壁となる既存の政策や指令を取り消し、人工知能の世界的リーダーシップを維持するために、断固たる行動をとる道を開く」とした。
具体的には、バイデン前政権が2023年11月1日に出した「安全で信頼できるAI(人工知能)の開発と使用」を定めた「AI規則」(注8)に従って講じたすべての政策、指令、規制、命令及びその他の措置を直ちに見直す。同「AI規則」には、「AIの普及に伴う雇用喪失、職業訓練、公平性確保といった課題に取り組み、労働者にとってのAIの弊害を軽減し、利益を最大化するための原則とベストプラクティスを開発する」ことや、「AIの労働市場への影響に関する報告書」の作成も盛り込まれていた。トランプ氏の大統領令はAI開発に向けた規制の緩和を主眼としており、こうした措置の実施は不透明な情勢になっている。
なお、同大統領令では、大統領補佐官らが関係行政機関などと連携し、「人類の繁栄、経済競争力、国家安全保障を促進するため、米国の世界的なAI優位性を維持し、強化する政策」を達成するための「行動計画」を、発令から180日以内に策定するよう命じている。
不法移民対策の強化
トランプ大統領は1月20日、「米国南部国境における非常事態宣言」(注9)を発令した。「南部国境を経由した米国への外国人の不法入国を即時かつ完全に阻止」するため、国防長官に軍隊を使用できる権限を付与した。
同日発令した大統領令「国境の安全確保」(注10)では、「国境に物理的な壁を設置」「不法移民の入国阻止」「連邦法・州法違反で逮捕した外国人を、退去まで、法律で認める最大限の範囲で拘留」「連邦法違反で入国・滞在する外国人の強制退去」「移民法違反で滞在する外国人及びそれを助長する者の刑事責任の追及」「連邦と州・地方の法執行当局の全面協力」「国境の安全管理」のため、あらゆる適切な措置をとるとした。
民間調査会社ピューリサーチセンターの推計による 2022年の米国における不法移民の数は 約1,100万人で、国・地域別に見ると、メキシコが 約400万人と最も多い(注11)。また、2022年における米国労働者の約4.8%にあたる約830万人が不法移民だと推計している。
連邦政府職員のリモートワークの終了
トランプ大統領は1月20日、連邦政府職員のリモートワークを終了すると発表した。各省庁及び機関のトップは、可及的速やかにリモートワークの体制を終了し、各従業員に対し、それぞれの勤務地にフルタイムで出勤することを義務付けるため、必要な措置を講じるよう命じている(トップが必要と判断した場合は例外を認める)(注12)。
米行政予算管理局(OMB)によると、2024年5月時点で、約228万人いる連邦政府職員の半数にあたる約110万人がリモートワークでの勤務を認められており、このうち約22万8,000人(連邦政府職員全体の10%)は「完全リモートワーク」で働ける体制をとっていた。
連邦政府職員に関しては、行政の効率化を進めるため、軍や移民法執行、国家安全保障関係を除く人員の採用を凍結する方針を示した(注13)。連邦人事管理局(OPM)では、2月6日までに退職を申し出れば、9月末までの給与等を支給する「早期退職」の呼びかけも行っている(その後、申し出の期限を2月10日に延長)(注14)。
また、第一次トランプ政権時に設けていた「スケジュールF」という上級職員の区分を復活させる大統領令を公布した(注15)。「スケジュールF」(本大統領令により名称を「スケジュール・ポリシー/キャリア」に変更)は職員をいわゆる政治任用とするもので、採用や解雇が容易になる。この区分の職員は、「現大統領または現政権の政策を個人的または政治的に支持する必要はない」ものの、「憲法上の宣誓と大統領のみに付与された行政権に従って、能力の限りを尽くして政権の政策を忠実に実行する必要」があり、「これに違反した場合は解雇の理由となる」としている。現地メディアによると、新区分に該当する人員は最大5万人にのぼる。
このほか、トランプ大統領は同日、各省庁・政府機関に対して、新たに指名・任命するそれぞれの長が検討、承認するまで、新たな連邦行政規則を提案・施行しないよう命じた(注16)。すでに施行を予定している規則は少なくとも60日間延期し、その間に新政権の進める政策に問題を生じさせないかどうか検証する。
注
- ホワイトハウス・ウェブサイト
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- ホワイトハウス・ウェブサイト
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- 雇用機会均等委員会(EEOC)ウェブサイト
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- ホワイトハウス・ウェブサイト
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- Bostock v. Clayton County(2020)連邦最高裁判所センターウェブサイト
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- 雇用機会均等委員会(EEOC)ウェブサイト
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- ホワイトハウス・ウェブサイト
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- 労働政策研究・研修機構(2024)「安全で信頼できるAIの開発と使用」で大統領令 ―労働への弊害軽減策を検討」JILPT海外労働情報2024年2月参照(本文へ)
- ホワイトハウスウェブサイト
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- ホワイトハウスウェブサイト
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- ピューリサーチセンターウェブサイト
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- ホワイトハウスウェブサイト
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- ホワイトハウスウェブサイト
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- 連邦人事管理局(OPM)ウェブサイト
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- ホワイトハウスウェブサイト
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- ホワイトハウスウェブサイト
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参考資料
- 雇用機会均等委員会、日本貿易振興機構、ピューリサーチセンター、フィナンシャル・タイムズ、ブルームバーグ通信、ホワイトハウス、連邦労働省、各ウェブサイト
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