世界経済は減速しつつあり、労働市場に陰りがみられる
―ILO「雇用・社会見通し 2025」
国際労働機関(ILO)は1月16日、「世界の雇用・社会見通し:トレンド2025(World
Employment and Social Outlook:Trends 2025)」を発表した。それによると、世界経済は減速しており、労働市場の完全な回復が難しくなっている。世界の失業率は5%で安定しているものの、若年層や低所得国を中心に、失業や雇用の質の問題に直面している。
インフレは落ち着き失業率は安定するも雇用の成長は脆弱
報告書によると、世界の労働市場は地政学的な緊張や気候変動によるコストの上昇、未解決の債務問題などの影響を受け、多くの課題を抱えている。2024年の経済成長率は3.2%と2022年の3.6%、2023年の3.3%からやや低下し、2025年も同程度の成長が見込まれるが、中長期的には緩やかな減速が始まると予測する。
インフレ率は急速に落ち着き、世界経済に安定をもたらしているようにみえるが、雇用の成長は脆弱で、ほとんどの国では実質賃金がパンデミックとインフレの影響から回復途上にある。生産性の伸びはパンデミック前の長期平均から半減し、高所得国に到達していない多くの国では、生産性の伸び率が急速に低下している。
低所得国、若年男性層などで労働力率が低下
労働力率は、高所得国では主に高齢層や女性で上昇しているものの、低所得国では全般的に低下しており、特に、若年男性で急激に低くなっている。報告書は、「全体的な雇用状況の陰に隠れ、若年層の悪化が見えづらくなっている」と指摘する。
若年(15~24歳)男性の労働力率が低下した主な原因はニート(就業も就学もしておらず、訓練も受けていない者)の増加で、特に低所得国男性の若年人口に占めるニートの割合(ニート率)はパンデミック前の過去平均に比べ4ポイント近く高くなっている。低所得国の2024年のニート率は若年男性で20.4%、若年女性で37.0%に達している。
若者の失業率を国の所得水準別にみると、依然として中高所得国で高く、若者の16%が失業している(図1)。低所得国では8%と低いが、こうした国の雇用は不完全雇用やインフォーマル労働が多く、雇用の質は高くないと推測される。
図1:世界の若年失業率の推移(所得水準別)
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出所:ILO(2025)
過去30年で「極度の労働貧困」は改善傾向
長期スパンでみると、労働貧困(working poverty)は世界的に改善している。過去30年間で、「極度の労働貧困(一日2.15米ドル以下で生活する人々)」の割合は大幅に減少した(図2)。
しかし、依然として低所得国では極度の貧困状況が根強く存在し、世界の労働力の7%にあたる2億4,000万人に及ぶ。ILOは、インフォーマル雇用の削減や、適切な労働保険の加入など、誰一人取り残さないための的を絞った政策が必要だと指摘する。
図2:世界の労働貧困の状況(1994~2024年)
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出所:ILO(2025)
グリーン雇用・デジタル雇用拡大の可能性と課題
報告書は、新技術による生産性の向上や新たな雇用機会の創出に向け、太陽光発電や水素発電などの再生可能エネルギー部門(グリーンセクター)や、AI関連部門(デジタルセクター)における雇用拡大の可能性についても分析している。
2023年以降、再生可能エネルギー関連の雇用はさらに増加し、1,620万人に達する。これは、エネルギーや電気ガス事業部門の全雇用の約半分を占める。しかし、電気自動車の台頭に代表される再生可能エネルギー関連の雇用創出は、地域的な偏りが大きい。新たなグリーン雇用機会のほぼ半数が東アジア(主に中国)で創出されており、その他の発展途上国や新興国ではディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の恩恵はほとんど見られない。
新しいAIに代表されるデジタル技術の急速な進展により、多くの国・地域がデジタル関連の雇用に期待を寄せている。しかし、要求されるスキルが高いことや、デジタルインフラ整備の必要性、高騰するエネルギーコスト等により、デジタル経済の恩恵を受けられる国・地域はごくわずかではないかと報告書は分析している。
低所得国は「海外送金」を民間資金として活用を
報告書は、低所得国が、海外で働く移民からの巨額の送金を、民間資金として効果的に活用することを提案している。
多くの低所得国は、膨大な公的債務を抱え、開発のための資金調達が困難な状況にある。そうした中、海外で働く移民労働者からの送金は、すでに外国直接投資を上回り、最大の民間資金となっている。サハラ以南アフリカでは、2023年時点で、海外送金がGDPの2.6%を占めるまでに増加している。
海外送金を消費や非生産的な投資ではなく「基金」として統合することができれば、低所得国は、地域経済の発展・開発を支援するための「資源」を確保することができると示唆する。
社会正義とSDGsの実現に向け革新的な解決策が必要
ディーセント・ワークと生産的な雇用の実現は、2030年までに「社会正義と持続可能な開発目標(SDGs)」を 達成するために必要不可欠である。しかし、この10年間は経済成長が停滞し、特に低所得国で、再び脆弱さと不確実性の兆しが現れ始めている。
報告書は、国家間のみならず国内でも地理的・空間的不平等が増大し、労働者がより良い労働条件の雇用に移行する上での障壁に直面していると指摘。また、大企業による寡占等、労働市場の集中が加速し、特に中小企業において新技術を利用した生産性向上が妨げられているとして、若者が労働市場にうまく参入できるよう、教育やスキルを提供するなど、労働市場の課題に取り組み、革新的な解決策をとる必要があると訴えている。
参考資料
参考レート
- 1米ドル(USD)=151.96円(2025年2月10日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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