広がる「保険離脱」問題

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  • 国別労働トピック:2025年1月

今、中国では「保険離脱」現象が社会問題として浮上している。全国人民代表大会常務委員会執法検査チームは2024年11月8日、「『中華人民共和国社会保険法』の実施状況に関する報告書(注1)」(以下「報告書」)を公表した。「報告書」では現地調査の結果を踏まえたうえで、現行の社会保険制度が抱える多くの問題点を指摘。特に一部の低所得者層や中小微型(零細)企業が過重な保険料負担に直面している結果、「保険離脱」の問題が生じていると述べ、今後の社会保険制度改革に向けた提言をしている。

中小企業、低所得者層、若者の離脱

「報告書」は、保険料負担の不均衡を問題視し、特に低所得者層が重い負担を強いられている現状を指摘している。その結果、中小零細企業や一部の低所得者層などにおいて社会保険の「保険離脱」現象が深刻化していることを明らかにした。

現行の社会保険料は従業員の給与の約35%を占めており(注2)、個人で加入する場合、そのすべてが自己負担となっている。社会保険料の納付額には当該地域の平均賃金をもとに、上限と下限が設定されているが、収入が最低納付額を下回っている低所得者も多いという。平均賃金が毎年上がっていくのに伴い、低所得者層の社会保険料も引き上げられるため、保険料の増加が経済的な負担を一層重くし、一部の低所得者が「保険離脱」を余儀なくされたとみられる。

また、中小零細企業においても経済的な困難が原因で、「保険離脱」や保険料未納となるケースが増えている。中国社会保障学会の調査によれば、年金(養老)保険の納付率(加入者に対する納付者の割合)は、2011年の85.2%から2022年の80.8%に低下しており、この背景には企業の経営難があるとされている。企業がコスト削減のため、従業員の年金保険料を期限までに納付できず、年金保険制度に負担を強いる結果となっている。

さらに、ブルームバーグ通信によると、若者の間で年金制度への不安が広がっており、「保険離脱」がその動きをさらに加速させている。中国の国家年金基金が今後10年以内に資金不足に直面するという懸念が広がる中、若者の間で年金制度から離脱する動きが顕著になっている。特に、将来、自分たちが受け取る年金額に対する不安がある一方で、公務員や軍人に対する年金が優遇されていると感じる若者の不満が高まり、制度への不信感が増している。

資金不足に直面する中国の年金制度

中国の年金制度は3つの柱(基本養老保険、企業年金、個人年金)で構成されているが、いずれも資金不足の問題を抱えている。第1の柱である「基本養老保険」は、都市部の労働者らを対象とし、従業員は賃金の8%、雇用主は16%を拠出する強制的な制度である。この制度の対象にはフレキシブルワーカーも含まれるが、加入を辞退する選択肢もある。この最も重要な柱でさえ、2035年には資金が枯渇する見通しである。中国社会科学院によれば、2027年に資金の累積残高が6.99兆元に達した後、急速に減少するとされている。

資金不足に対応するため、中国政府は2つ目の柱として、「企業年金」を導入している。「企業年金」は2004年に開始され、企業や公的機関が従業員と共に、税制優遇措置のある個人年金口座に任意に拠出するものだ。しかし、この制度の加入者数は2023年末時点で3,144万人、総資産は3.19兆元にとどまっており、都市部の企業労働者向け基本養老保険加入者数の9.3%に過ぎない。

第三の柱である「個人年金」は、労働者が税制優遇措置を受けられる貯蓄基金に拠出できる制度だ。2022年に導入され、2024年には36の試行都市から全国に拡大された。しかし、登録者数は6,000万人を超えているものの、実際に拠出したのは全体の3分の1以下であり、2023年末までの個人年金の積立額は280億元にとどまっている。

年金制度の枯渇問題を解消するため、中国政府はさらなる積極的対応策を講じている。具体的には、2024年9月に定年退職年齢の引き上げを決めた(2025年1月から実施)。男性の退職年齢は60歳から63歳に、女性(非管理職)は50歳から55歳に、女性(管理職)は55歳から58歳に、それぞれ段階的に上げられることになった。

これら一連の年金改革は1978年以降初めて実施されたものだが、多くの反発を引き起こした。

労災・失業保険の加入問題

「報告書」は社会保険の加入率に関する課題を指摘している。中小零細企業の加入率は依然として低いが、この背景には、社会保険法が従来の労働関係を基礎として設計されていることと関連がある。具体的には、企業や雇用主が保険料を負担する仕組みによって、雇用主がいない個人事業主、フレキシブルワーカーといった新たな雇用形態で働く人々、農民などが労災保険や失業保険に加入することを困難にしている。

また、制限年齢を超えた労働者(定年年齢を超えて働く者)やインターン生などは、労働法上の適格な主体とみなされないため、労災保険への加入が難しいという課題も指摘されている。

こうした「本来は加入すべきなのに加入していない」人々の存在が、制度の課題として浮き彫りになっている。この度の調査結果は、今後、社会保険制度改革を進めていくうえでの重要な参考となり、特に低所得者層や中小企業に対する保険料負担の見直しにあたって貴重なものとなる。

保険料負担軽減への改革案

「報告書」では、保険料負担の軽減を目指す改革案が示された。報告書によると、年金保険料は従業員の賃金総額に比例して拠出すると定めているが、実際には最低支払基準(平均給与の60%)の支払いが一般的になっている。このため、実際の従業員賃金に基づいた保険料の支払いの徹底などが提案されている。また、年金制度のパラメーター(経済状況や法令・規則など、保険料算出の根拠となる要素)を動的に調整する仕組みを整え、企業、個人、財政の負担の均衡を目指す。

さらに、都市・農村部住民の年金保険の保険料負担に対する優遇措置の導入(例えば政府補助金の充当を意味するとみられる)も提案した。住民医療保険の資金調達方式においては、可処分所得と連動させる新たな仕組みを模索する方針である。

また、「報告書」は、各種保険のデータを分析し、雇用関係のない労働者が労災保険、失業保険、出産保険に加入できるようにするための具体的な方法を研究すべきだと提案している。これにより、社会保険が全体をカバーする体制へと進化し、都市と農村、地域や集団間の待遇差を縮小し、社会的な公平と公正が実現されることを期待している。

参考文献

  • 中国政府網、全国人民代表大会、人的資源・社会保障部、ブルームバーグ通信

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