最低賃金を日額6,800チャットに引き上げ
 ―クーデター後の物価高騰に政策対応

カテゴリー:労働条件・就業環境労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2024年12月

ミャンマーでは物価が2022年以降、高騰しており、23年の物価上昇は年率27%を記録した。政府は2023年10月に法定最低賃金の引き上げを実施。日額4,800チャットに追加手当1,000チャットの支給というかたちで日額最賃額を5,800チャットに引き上げた。それに続き2024年8月にも追加手当を1,000チャット加算し、日額最賃を6,800チャットにすることを決定した。この他、政府は金利の引き上げや米価統制といった物価抑制策を講じているが、物価高騰の市民生活への影響を抑え込めていない。

追加手当による法定最賃の引き上げ

ミャンマーの最低賃金は、政労使三者で構成される国家最低賃金設定委員会での議論を経て決定される(2013年最低賃金法第10条(d))。

国家最低賃金設定委員会は、2024年8月9日、1日当たりの最低賃金を6,800チャットに引き上げると発表した(Notification No.1/2024(注1)。施行日は8月1日であり、遡って適用された(注2)。1時間当たりの最賃額は変更せず、1日当たり1,000チャットの手当を上乗せすることにより、1日当たりの事実上の最賃額を5,800チャットから引き上げる形にした。残業手当の算出根拠となる1時間当たり600チャットの最賃額は変更せず(注3)、適用除外となっている「従業員10人未満の中小企業」「家族経営の企業および同様の事業体」についても変更はない(注4)

ミャンマーの最低賃金制度は1949年最低賃金法まで遡るが、1957年までに、たばこ産業や精米業で最低賃金が設定されて以降、最賃額が決められることはなく、効力を欠いたまま50年以上が経過した(注5)。軍政から民政に移行した後の2013年に改めて最低賃金法が定められた。この法律に基づき最低賃金委員会が設置され、2015年9月1日から従業員15人以上の事業所を対象として日額3,600チャットとする最賃が施行された。この時点では1日当たりの最賃額が設定されただけで、1時間当たりの額は設定されなかったため、時間外労働手当の算出方法に問題が生じていた(注6)。このため、2018年に委員会は1時間当たり600チャット、1日8時間労働で4,800チャットの最賃額を設定した(Notification No.2/2018(注7)

今回のように、1日当たりの最賃額を手当の支払いによって引き上げる方法は2023年10月にも実施されており、1日4,800チャットから5,800チャットに引き上げられた(注8)Notification No.2/2023(注9)

なお、最低賃金法は、第5条の(h)項において、改定から2年以内に再度改正または承認される必要があると規定しているが、実際には5年ほど引き上げられなかったこともある(注10)図表参照)。

図表:最低賃金額とインフレ率の推移(2015~2024年)
画像:図表
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出所:最賃額は政府発表、インフレ率はIMF(Myanmar, Datasets, World Economic Outlook (October 2024))新しいウィンドウを参照。

生活必需品価格の高騰が市民生活を直撃

今回の追加手当の加算による最賃額引き上げは、物価の高騰が市民生活に与える影響に対処するためのものである(注11)。ミャンマーは最近、高インフレに見舞われており、2022年に18.4%、23年に27.1%、24年はこれまでのところ22%となっている(図表参照)。とりわけ燃料、医薬品、食用油、基本的な食料品などの生活必需品の価格が大幅に上昇している。食料品の高騰は原材料となる小麦、卵、米、油などの価格の著しい上昇がその要因となっている(注12)

ヤンゴン市内で朝食にかかる費用が急激に上がり、伝統的な朝食のモヒンガーという麺料理の価格上昇が市民生活を直撃している。店舗によって、あるいは肉まん、サモサ、揚げパンなどの付け合わせやトッピングの種類によって異なるが、2023年半ばと比較すると、2024年2月には1杯あたり300〜500チャット値上がりして1,000〜3,000チャットになったという。

また、卵の価格は2023年11月の1個約200チャットから24年2月末の時点で270チャットに上昇。小麦価格も1袋145,000チャットから155,000チャットに上昇したため、中華料理店を営むある店主は、1食あたりの小麦粉で作る料理の価格を4,800チャットから5,200〜5,400チャットに引き上げざるを得なかったという(注13)。ある労働者は、食費だけでなく、燃料費の高騰でバス代が急激に上がっており、日々の生活費を収入の範囲内で収めるために苦慮していると現地メディアの問いかけに語気を強めた。

21年2月軍事クーデター以降の縫製業の衰退

22年以降の物価の急騰は21年2月に起きた軍事クーデターが深く関係している。クーデター前の生活は、新型コロナウイルスの感染拡大で残業ができなくなるなど厳しい状況ではあったが、物価は安定しており、辛うじて生計を維持することはできていたと労働者の1人は語っている(注14)。しかし、クーデター以後、通貨チャットが急落。2021年初頭に1米ドルに対する為替レートは1,300チャットの水準だったが、2023年までに2,100チャットになった(注15)。チャットの急落により、輸入燃料の価格が高騰し(注16)、輸送に依存する米や食用油などの生活必需品の価格高騰を招いた(注17)

また、外資系企業の工場の撤退も追い打ちをかけた。軍事政権よる労働組合の弾圧(注18)や外資系アパレルメーカーの製品を供給する工場内での人権侵害の報告が増加したため、海外の労働組合などを含む人権団体が「ビジネスと人権」の観点から、外資系企業にミャンマー国内での事業展開の見直しを迫ったからである(注19)。2024年11月時点で、アディダス、H&M、ベストセラー(デンマーク企業)などは操業を続けているが、クーデター以後に、ザラ(インディテックス)、マークス・アンド・スペンサーなどは撤退した(注20)

一方、中国企業がミャンマーとの自国国境近くに工場を設立しており、縫製業で勤務経験のあるミャンマー人熟練労働者がこうした中国企業に流出しているという(注21)

コンサルティングファーム・Catalyst Economicsの研究主任ビシンジャー氏は、ミャンマーの縫製業は、貧困地域の若い女性がフォーマル経済に参入して就労するための数少ない機会の一つだったが、クーデター以後に縫製業の労働市場は崩壊の危機に瀕しており、就労できたとしても賃金水準が低すぎるため家族を養うことができないと分析する(注22)

国連開発計画(UNDP)が実施した縫製業で就労する労働者を対象とした調査によると、クーデターの1年後に、労働者の74.6%が「収入が減少した」と回答しており、66.5%が「貯蓄をすべて使い果たした」という(注23)。また、53.2%が「食費を切りつめており」、25.7%が「子どもに与える食事が減った」としており、「バイクを売却した」と回答した人も16.9%いた。

政府が講じる価格抑制策

ミャンマー中央銀行(CBM)は物価の急騰を抑制するために、5月に最低準備金比率と超過準備の金利の引き上げを行った(注24)

また、商務省消費者局は、11月の米の適正市場価格を設定し、関連業者が8%を超える利益を上げることを禁じると発表した(注25)。同局は、農家、精米業者、流通業者の正当な利益、消費者にとっての適正価格、昨年の市場価格、世界市場価格、その他の商品価格などの要素を考慮して適正市場価格を決定し、その適正価格を遵守しない業者は法的措置の対象となる。消費者は米の価格が高すぎて購入が困難な場合には、同局とミャンマー米連盟に苦情を申し立てることができる。過度に高い価格設定、不正確な計量や品質での販売など法令違反が確認できれば、必需品およびサービス法第5条に基づき罰金、追加課税、刑事告訴の対象となる。

ただ、こうした価格抑制策や今回の最賃引き上げをもってしても、物価上昇に見合う賃金水準には追いつかず、縫製業関連企業で就労する労働者は、物価高騰による日常生活への影響は深刻さを増していると指摘する(注26)。物価高騰に見合う水準にするためには、日額最賃を1万2,000チャット程度にする必要があるとCatalyst Economicsの研究主任ビシンジャー氏は推計する(注27)

(ウェブサイト最終閲覧日:2024年11月29日)

参考レート

  • 100ミャンマーチャット(MMK)=7.1436円(2024年12月3日現在 Exchange-Rate.org新しいウィンドウ)

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