タミル・ナドゥ州チェンナイのサムスンの工場で大規模スト(1):労組承認や賃上げなどめぐり

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2024年11月

韓国家電・電子製品大手サムスン電子のインド・チェンナイの工場で、9月~10月にかけて、労働組合の結成承認や賃上げなどを求め、1,000人以上が参加するストライキが起こった。賃上げ等の要求項目については交渉過程で労使の合意に概ね達したものの、労組の承認については合意に至らず、ストは37日間続いた(注1)。インドで近年起きたストライキとしては最大規模となり(注2)、損失額は約1億ドルにのぼる(注3)

操業開始以降初めてのストライキ

インド南部タミル・ナドゥ州チェンナイのスリペルンブドゥールにあるサムスン電子(サムスン・インディア・エレクトロニクス社)の工場で9月9日、常勤の全正規従業員1,723人のうち1,350人が参加する大規模ストライキが起こった(注4)。労働者側の主な要求項目は、7月に結成した労働組合の承認と賃金引き上げなど労働条件の改善である。ストの要求項目で最後まで合意できなかったのが労組結成承認の問題である。インド共産党(マルクス主義)傘下のインド労働組合センター(CITU)が支援するサムスン・インド労働組合(SIWU)の受け入れを、会社側が拒み続けたため、ストは長期化した。

サムスンは、インドにおいてデリー近郊(ウッタルプラデーシュ州)のノイダと南部タミル・ナドゥ州チェンナイのスリペルンブドゥールで操業している。ノイダではスマホを、チェンナイでは、冷蔵庫、テレビ、洗濯機、エアコンを製造している。スリペルンブドゥール工場は2007年に操業開始、2022年にはタミル・ナドゥ州政府と冷蔵庫用コンプレッサー製造の新工場建設に関する1,588億ルピーの投資に関する覚書を締結した工場であり(注5)、契約労働者等を含めれば約5,000人の労働者が雇用されている(注6)。今回のストでは常勤正規労働者のうち約8割がストライキに参加したことになる。なお、2007年の操業開始以来、同工場でストライキや抗議行動が起こったことはない(注7)

抗議行動に参加した従業員は、工場から1~2キロメートル離れた敷地にテントを張って座り込みを行った(注8)。このストライキに対して会社側は、「従業員との直接の対話によって抱えている問題に対処することは喜んで行うが、外部の労働組合が介入する交渉には応じない」という方針を示した。労組との交渉の機会を設けない会社側に対して、CITUは9月16日に抗議のためのデモ活動を行ったが、この抗議行動が当局による正式な許可を得ないデモ活動だとして、CITUの幹部を含む117人の労働者が拘束される事態になった(注9)

この他、ストライキに参加した労働者が、経営陣からCITUの労組から脱退するよう圧力を受け、その家族も脅迫されたとCITUは主張しているが、会社側はこれを否定している(注10)。また、会社側がストに参加する労働者にフルーツやチョコレートの入ったスナックキットを送りつけストへの参加を阻止しようとしたり、従業員の家族に電話や自宅訪問して抗議活動への参加を思い留まらせようとしているとの報道もあるが、会社側はこれも否定している(注11)。さらに、会社側から労組結成の要求を放棄することに同意した場合に、テレビや冷蔵庫を進呈すると持ち掛けられた従業員がいるとされているが、これに対して、ある従業員は、「もっと早く我々のことを気遣ってくれたらよかったのに」と現地メディアにコメントした(注12)

労働組合の登録申請と司法への訴え

SIWUは、7月25日にチェンナイ州労働省に対して登録申請の手続きを行った。申請時点で加入している従業員数は1,455人だった(注13)。スリペルンブドゥール工業地帯には約20のCITUに加盟する労働組合がある(注14)。法律によれば政府は45日以内に申請手続きを処理すべきだが、州労働局はその手続きを行わなかった。州労働省の高官によると、会社側が労働組合の登録に対して法的異議を申し立てており、その文書を精査する必要があるとのことだった(注15)

労働組合の申請に対して、会社側は労働組合がいかなる政治的な組織の支援を受けてはならないという強い姿勢で登録を拒絶した。一方、労働者側は8月20日になって何ら州労働局の対応がないため、州労働福祉・技能開発大臣に法的異議を申し立てた。これに対して、会社側は、登録を受け入れない理由として、労組の名称に「サムスン」を用いることが違法であることを挙げた。「サムスン」という名称はインド政府商標登録局によって認定された登録商標であるため、1999年商標法違反だという主張である(注16)。しかし、CITUは1999年商標法の目的は、商標登録されている商品またはサービスを取り扱う事業を用いて侵害する同業他社を規制するものであり(第29条(5)項)、労働組合は商品・サービス部門に関連する事業を行うことを想定していないと反論した。その上で、インド国内の労組の95%以上は組合員が勤務する企業名を名称として使用していると主張した(注17)

CITUは9月30日になって、労働局による労働組合登録の承認手続きの遅れを不服として、マドラス高等裁判所に対して申し立てを行った(注18)。法廷で会社側は、労働組合の活動が会社の評判に影響を及ぼすため、組合が名称に「サムスン」を使用することは認められないと主張した(注19)。これに対して、原告側代理人弁護士は、労組は会社のビジネス上の競合他社ではなく、1926年の労働組合法は会社名を労組の名称に使用することを禁止していないと強調した(注20)

10月初旬から行われた和解交渉の中で、会社側は社内に従業員代表を担う労働者委員会を設立し、部外者を介さない労働者との直接の協議をすすめるとCITUに連絡してきたが、CITUは「労働者委員会は労働組合の代わりにはならない」と改めて強調した(注21)。「委員会には法的地位がなく、労働者を支援することはできない」とした上で、「会社側は労働者に対して委員会に参加するよう圧力をかけているが、ほとんどの労働者はCITUの考えに同調している」としている。

賃上げの要求の根拠に「韓国工場との賃金の著しい格差」

労働者は労組結成承認の他に、賃上げを要求している。同社の労働者の平均賃金は月額2万5,000ルピー(約300ドル)であるが、労働者は向こう3年間にわたって3万6,000ルピーに引き上げるよう要求している(注22)。CITUは賃上げ要求の根拠として、サムスンの本国韓国の従業員との顕著な賃金格差を挙げている。ソウルのサムスン従業員の月収がインド通貨に換算すると45万ルピーから60万ルピーであるのに対し、インドの従業員の月収は僅か2万ルピーから2万5,000ルピーであるという。この賃金格差は大きすぎる上に、CITUによると、サムスンのインドの工場の人件費は年間生産額の0.3%未満である(注23)ことを根拠として、今後3年間で月3万6,000ルピーへの段階的な賃金引き上げを要求したのである(注24)

タミル・ナドゥ州チェンナイのサムスン工場で大規模スト(2):背景と労使合意」に続く

(ウェブサイト最終閲覧:2024年11月25日)

参考レート

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