気候変動対策「ネットゼロ」が労働市場に与える影響を分析
 ―OECD雇用見通し2024

カテゴリ−:雇用・失業問題人材育成・職業能力開発統計

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  • 国別労働トピック:2024年8月

経済協力開発機構(OECD)は7月9日、「OECD雇用見通し2024:ネットゼロへの移行と労働市場(The Net-Zero Transition and the Labour Market)」と題する報告書を発表した。それによると、OECD諸国の労働市場はここ数年、力強さを取り戻し、インフレが沈静化し経済成長が鈍化する中でも、多くの国で歴史的に高い雇用水準と低い失業率を記録している。また今年の報告書では、温室効果ガスの排出量ゼロをめざす「ネットゼロ」政策が、世界の労働市場に与える影響についても分析。縮小が見込まれる高排出部門から円滑に労働移動できるよう、政策支援が必要だと指摘した。

雇用は好調でコロナ禍前を上回るも、実質賃金は半数の国でコロナ禍前に戻らず

OECD諸国の雇用は、2024年5月に6億6,200万人に達し、コロナ禍前の水準を上回った。2024-25年にかけて年0.7%の雇用の増加を予想しており、力強いパフォーマンスが続くとみられている。

労働需給は引き続き逼迫しており、やや反動が見られるものの、ほとんどの国でコロナ禍前の水準を上回っている(図1)。

図1:有効求人倍率指数 (100=Q4 2019, 季節調整値)
画像:図1

出所:OECD(2024)

OECD諸国の失業率は、2023年12月に過去最低の4.8%を記録した後、2024年5月時点で若干上昇し4.9%となった。就業率はコロナ禍前に比べ、ほとんどの国で女性でより顕著に改善し、男女格差は縮小している。労働参加率はおおむね高齢者を中心に上昇し、73.9%と過去最高水準となった。

実質賃金は、インフレが落ち着きつつあり、多くの国で上昇基調にある。35カ国のうち29カ国で前年比プラスとなり、平均で3.5%上昇した。しかし、2019年第4四半期と比べると16カ国で下回っており、約半数の国ではコロナ禍前の水準に戻っていない(図2)。

図2:実質賃金 (Q1 2019~Q1 2024の累計増減率)
画像:図2
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出所:OECD(2024)

気候変動対策は「高排出セクター」の労働者に影響を及ぼす

OECD諸国は、喫緊の課題である気候変動に対応するため、野心的な気候変動緩和策「ネットゼロ」を進めている。「ネットゼロ」とは、温室効果ガス(GHG)の排出量と吸収量のバランスをとり、2050年までに正味の排出量をゼロにするという政策を指す。

報告書によると、OECD諸国の労働人口のうち20%が、いわゆるグリーン主導(注1)の職業や、環境の持続可能性を高める製品やサービスを提供する業種に就いている。一方、GHGを大量に排出する産業や部門(以下、「高排出部門」)は、全GHG排出量の約80%を占めるが、雇用に占める割合は7%にすぎない(2019年時点)。

高排出セクターで働く労働者の割合を国別にみると、ポーランドが10%超で最も高く、リトアニア、ポルトガルが続く(図3)。

図3:GHG高排出セクターで働く労働者の割合 (2015~2019平均)
画像:図3
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出所:OECD(2024)

ネットゼロ政策は労働市場に大きく影響し、「高排出部門」は縮小を余儀なくされるとみられる。離職による収入の減少の度合いを分析したところ、高排出部門の労働者は、離職後5~6年間で約36%の収入減のダメージを被り、その他の部門(約29%の収入減)に比べ大きくなっている(図4)。

図4:離職に伴う収入の減少率 (GHG排出量別)
画像:図4
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出所:OECD(2024)

ネットゼロを推し進めるには、労働移動を促進し、離職による損失を軽減させ、所得を支援することが必要だと指摘する。

特に低技能労働者に配慮したリスキリング等が必要

報告書は、移行に必要なスキル要件についても分析している。必要とされるスキルは、高排出部門もグリーン主導型職種を含む他の部門も比較的類似しており、親和性がある。的を絞った再訓練を行えば、職種の移行は可能であるとする。ただし、高技能職に比べ、低技能職の労働者の移行はより困難なため、ネットゼロへの移行に取り残されないよう、特に低技能職に配慮したリスキリング等の取り組みが必要だと示唆する。

そして、政府に求められる政策として、①一時的な賃金保証制度など、ネットゼロへの移行の影響を受ける失業者の収入支援、②高排出部門の労働者に的を絞った効果的な訓練プログラムやキャリアガイダンスの実施、③ネットゼロの影響を受ける地域の格差是正と、地域に根ざした政策の策定――を指摘している。

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