連邦労働法改革に先んじて進む州法の改正
連邦レベルでの労働法改革が進まないなか、州レベルで労働法改革が進む州がある。連邦法の改正を先取りする州もあるが、その趣旨とは異なる独自の改正を進める州もある。企業優遇あるいは労働者保護の改正が、労働者(労組)側あるいは使用者側の反対により頓挫してしまうケースもある。
マハラシュトラ州、ハリヤナ州などでは先行して労働法を改正
インドにおいて労働分野に関する法制度は中央連邦政府と州政府の共同管轄となっている。州レベルでの法律を州議会で制定することも可能であり、その場合、大統領の承認を得る必要がある(注1)。
2020年労使関係法に包含される1947年産業紛争法には、従業員規模100人以上の企業がレイオフや人員削減、事業所閉鎖を実施する場合、州政府の事前の許可が必要と規定されていたが、2020年労使関係法では300人に引き上げる条項が盛り込まれている。ラジャスタン州では2014年に州法を改正し、300人以上という規定となった(注2)。このほかマディヤ・プラデシュ州やマハラシュトラ州、ハリヤナ州、アッサム州、グジャラート州(注3)を含む16州において同様の改正が行われている(注4)。
請負労働(Contract Labour)(規制および禁止)法は、2020年労働安全衛生・労働条件法に包含されることになるが、従来の規定では請負労働者を雇用する請負業者の適用範囲は20人以上の請負労働者を雇用する企業であった。その対象範囲が狭まり50人以上とする改正が盛り込まれている。マハラシュトラ州やハリヤナ州、カルナータカ州では、既に州法が改正され、50人以上の業者を適用対象としている(注5)。
その他、2019年~2020年に連邦議会で可決成立した連邦労働法の改正趣旨とは別に、州別労働法の改正が進む州がある。最近行われた州別労働法の改正について見てみよう。
カルナータカ州では労働時間規制を緩和し、企業を優遇する法改正を行った。一方、タミル・ナドゥ州では労働時間の上限を引き上げる法案が議会で可決されたが、野党や労働組合の強い反対により撤回せざるを得なくなった。また、ハリヤナ州では州内地元労働者を保護する法案が可決されたが、強く反対する経済団体等が憲法違反として提訴し、高等裁判所によって違法との判断が下された。
カルナータカ州の工場法改正
カルナータカ州政府は、エレクトロニクス製造への投資を促進することを目的として、労働時間を規制する工場法の緩和を行った。2023年2月、州議会は労働時間を規制する1948年の工場法を改正し、休憩を挟めば1日12時間の就労を可能とし(従来は1日最長9時間)、休憩なしの場合は、1日6時間を上限とする法案を可決した。改正案では週の上限は48時間を維持し、4日以内に上限に達した場合には、週3日間の有給休暇の取得を可能とする規定になっている。同改正法には女性が十分な安全を確保しながら夜勤をすることを認める規定も盛り込まれた。また、従来の時間外労働の上限が3カ月で75時間だったのを145時間に長時間化する規定も設けた(注6)。
タミル・ナドゥ州の頓挫した工場法改正
タミル・ナドゥ州でも労働時間規制を緩和する改正が行われた。州議会は、23年4月21日、労働時間規制を柔軟化する目的で、1日の労働時間の上限を8時間から12時間に延長する1948年タミル・ナドゥ州工場法改正法案を可決した(注7)。同州の労働福祉大臣は、国内でも有数の従業員規模を誇る州内の大手製造企業をはじめとして、州内の各産業や経済が一層活性化することに寄与する法律だと語った。また、女性労働者の就業促進の条項も盛り込んでいることから、個々の労働者にとって利益をもたらすことが期待されるとした。さらに、変形労働時間制を法的に規定したことで、労働時間改革が実現されるため、多くの企業や業界団体から高い評価を受けたとしている。
ただ、この法案は、審議の過程で野党や労働組合が強く反対していた。閣僚との協議の中で労働組合代表から強い反対が示されており(注8)、野党議員からは、同法は雇用労働者が闘争の結果、勝ち取った権利、特に賃上げと安定的な雇用を求める権利を打ち砕くことになると強く反対した(注9)。
これに対して、政府は1週間の労働時間の上限は変更しておらず、労働者は週に4日就労し、3日の休暇を取得するという選択肢が与えられる利点があること、残りの3日間は有給休暇となり、休暇、残業、給与などに関する既存の規則は変更されないことを強調した(注10)。しかし、議会の審議で野党議員は同法案が「反労働者」的な内容であるとして抗議行動を起こす事態になる中で、議会では十分に審議されずに、過半数を占める与党によって可決された形となった(注11)。
そのように強行採決された経緯から、複数の政党と労働組合による激しい抗議に発展したことを受け、州政府は4月24日に同法の施行を保留すると発表した。その後、州首相は5月1日のメーデーのイベントにおいて法律を撤回すると発表した(注12)。
ハリヤナ州で州内地元労働者を優遇する労働法改正が高裁によって違法判断
ハリヤナ州議会は2020年11月、ハリヤナ州州民雇用法(Haryana State Employment of Local Candidates Act, 2020)を可決し、一部修正を加えた後、2022年1月15日に施行された(注13)。この法律は、州内の10人以上を雇用する民間企業などを対象として(注14)、月給3万ルピー未満の職種の75%をハリヤナ州民労働者の雇用に割り当てることを義務づける規定である(注15)。州政府によると、この法律の目的は、低賃金の仕事を求めて多数の労働者が他の州から流入している現状に対応するため、州民の失業問題を解消し、州民労働者を保護するものであるとしている(注16)。
これに対して、グルガオン産業協会、ハリヤナ州産業協会など業界団体は、2022年2月、この法律は、法の下の平等に関する憲法第14条と、特定の権利の保護を定めた第19条(1)(g)に違反している上に、企業が成長し競争力を維持するための基盤である実力主義の基本原則にも反しているとして即時撤回を求めた(注17)。また、同法案は企業の生産性と産業競争力、そして新型コロナウイルス感染症後の経済回復に悪影響を与えるものだと主張した。この他にも同法の廃止を求めて複数の請願が裁判所に提出されたのを受けて(注18)、パンジャブ州・ハリヤナ州高等裁判所は、同法の発効を中止するよう命じた。
実際に、企業の同法に対する懸念は大きかったようで、投資が減少し州経済が低迷したとされている。同州で2023年4月に発表された過去2年間の投資総額(Total investment)は、2021~22年度の約5万6000億ルピーから2022~23年度は3万9000億ルピーに30%減少した。製造業への投資は60%減少し、約9,500億ルピーまで落ち込んだ(注19)。
高等裁判所は2023年11月17日に同法を違憲であると判断し、無効とする判決を下した。判決によると、民間企業は労働市場から労働者を自由に採用するという基本原則があり、それを制限する同法は国家の権限を超えているとしている(注20)。また、その根拠として具体的な理由を挙げており、例えば、高層複合施設を建設する建設業者がカシミール出身の木工品設置作業の熟練人材の雇用を禁じたり、建設技術が高く鉄骨や建物の設置に熟練したパンジャブ州の労働者の雇用を禁じる法律は適法ではないとしている(注21)。
その他、州内地元労働者の雇用を義務づける州
州民労働者の雇用を優先する法律が成立、施行している州は少なからずある。アンドラ・プラデシュ州では、民間企業に対し従業員の75%を州民労働者に割り当てなければならないとする法律が2019年7月に可決した(注22)。経済団体はこの法律には企業の投資収益を減退させ、産業振興を妨げる悪影響があると懸念を示した。これに対して、州首相は、政府が熟練労働者を養成する技能開発センターを設置し、州民労働者が職業訓練を受けることによって仕事を就くことに資する方針を示して、投資への悪影響の懸念を和らげようとした。新法では、企業が求める技能者が、州民では採用できない場合には、州政府は職業訓練を支援するとしており、企業は訓練を受けた州民労働者を雇用しなければならないと規定している。
また、マハラシュトラ州では、1968年に州内地元労働者を優先して雇用する規則が制定されたが、遵守されない現状に対して2008年に改定を行っている(注23)。だが、企業において依然として遵守されない現状を鑑み、2020年3月、州内の民間企業に対し、雇用の80%を州内に15年以上居住している住民に割り当てることを義務づける法案が提出された。この法案には遵守した企業に対して、優遇税率で土地を提供するほか、税制優遇や還付、その他規制の免除措置など、企業経営をやりやすくする措置を講じるとしている(注24)。
その他、マディヤ・プラデシュ州では70%、カルナータカ州では75%の地元労働者に雇用を割り当てる法制度が制定されている。割り当て率では、マハラシュトラ州が80%で最も高い(注25)。
注
- 香川孝三(2019)「インド・モディ政権下の労働法改革」『季刊労働法』(266号)、130頁。(本文へ)
- 当機構・国別労働トピック(インド)「ラジャスタン州労働関連法の改正―中央政府が承認」(2014年12月)(本文へ)
- Sunil Kumar (2015) "Rising Tide of Labour Reforms in India(PDF:492KB)
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Assam enacts a major labour reform, employers can now fire 300 staff without prior govt nod
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300 workers? Gujarat government layoff nod not needed
, Times of India, July 16, 2020.(本文へ) - Parliament passes labour reform bills, allows companies with up to 300 workers to fire staff without government permission
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- Tamil Nadu Withholds Bill That Allows 12-Hour Shift In Factories
, NDTV, April 24, 2023.(本文へ) - Tamil Nadu withdraws Bill extending working hours
, CM Stalin calls it a ‘courageous move,’ Indian Express, May 2, 2023.(本文へ) - High Court strikes down Haryana law on 75% domicile reservation in private jobs
, The Hindu Businessline, November 17, 2023.(本文へ) - 「インド・ハリヤナ州における州民の雇用枠 75%義務化について(PDF:1.04MB)
」(2021年11月11日)(One Asia Lawyers 南西アジアプラクティスチーム)参照。(本文へ) - 75% quota for Haryana locals in private sector held unconstitutional by High Court
, Kamaljit Kaur Sandhu, Chandigarh, India Today, November 17, 2023.(本文へ) - The Haryana State Employment of Local Candidates Bill, 2020
, PRS Legislative Research.
High court stays Haryana law on 75% job quota in private sector
, Surender Sharma, Hindustan Times, February 03, 2022.(本文へ) - 前掲注16、Hindustan Times参照。(本文へ)
- High Court sets aside Haryana law guaranteeing 75% reservation to locals in private sector
, The Hindu, November 17, 2023.(本文へ) - Happening Haryana slips as investments drop amid worries over law reserving jobs for locals
, The Hindu, April 30, 2023.(本文へ) - 前掲注13参照。(本文へ)
- 前掲注15参照。(本文へ)
- Andhra passes Bill giving 75% job reservation for locals
, The Economic Times, July 25, 2019.
First in India: Andhra Pradesh reserves 75% of private jobs for locals
, Gopi Dara, Times of India, July 23, 2019.(本文へ) - マハラシュトラ州政府ウェブサイト(Directorate of Industries, Government of Maharashtra, Employment of Local Persons (ELP)
)参照。(本文へ) - Maharashtra to make 80% jobs for locals in pvt sector mandatory
, The Economic Times, March 14, 2020.(本文へ) - Haryana, Madhya Pradesh may face legal challenges over quota in jobs
, Chetan Chauhan, Hindustan Times, New Delhi, August 22, 2020.(本文へ)
(ウェブサイト最終閲覧:2024年6月5日)
参考レート
- 1インドルピー(INR)=1.87円(2024年6月6日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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