連邦労働法改革、総選挙後に前進か

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  • 国別労働トピック:2024年6月

インド総選挙(下院選)の投票が4月19日に始まり、29州、8連邦直轄地の543選挙区において、6月1日まで7回にわたって行われた。全人口14億人のうち、約9億6900万人の有権者が投票する世界最大の選挙で(注1)、現職のモディ首相の与党・インド人民党(BJP)を中心とした与党連合が議席の過半数を獲得した(注2)。2019年から2020年にかけて連邦議会において法案が可決されたにもかかわらず、一部の条項を除いて施行されていない改正労働法が、総選挙後に優先事項として施行に向けて動きだすという見方もある(注3)。この機会に連邦労働法改革の趣旨と国会成立後の経緯を振り返る。

連邦労働法改正が議会で成立するも未だ施行されず

インドは人口が14億人を超え世界で最も急速に成長している経済国の1つであり、企業の事業展開にとって重要で魅力的な市場である。ポストコロナ期に入って景気回復が遅れている中国から撤退する企業が増え、インドが脱中国の受け皿として注目を集めている。モディ政権は2014年の政権成立直後からメイク・イン・インディアなど外国企業の投資を誘引する政策を推し進めているが、企業にとって良好な経営環境づくりは遅々として進んでいない(注4)。インド準備銀行(中央銀行)のレポートによると、2022年以降、海外からの投資が減少傾向になっており、メイク・イン・インディア政策の成果が上がっているとは言い難い(注5)

外国企業を呼び込む政策の一環として、連邦労働法を再編する大掛かりな改革が推し進められており2019年から2020年にかけて法改正が議会で成立した。しかし、その後の施行に必要な州レベルの施行規則の制定が進まず、改正法の主要な条項のほとんどが約4年経過して未だ施行されていない。

連邦労働法改革の趣旨と施行が遅れている理由

インドの労働および社会保障法は連邦政府の労働雇用省が管轄するものに限っても44もの個別法がある(注6)。1920年代から50年代にかけて制定された法律が残っており、時代遅れの条文が散見され、法律間の条文の統一性が欠如しているなど、法律を順守することが困難な場合も少なくない(注7)。そのため29の個別法を4つの法典に再編する大掛かりな改革が2019年7月から2020年9月にかけてすすめられた。具体的には、(1)4つの賃金関連法を統合して「2019年賃金法(Code on Wages, 2019)」、(2)9つの社会福祉等に関連する法律を統合して「2020年社会保障法(Code on Social Security, 2020)」、(3)13の労働安全衛生および労働条件に関する法律を統合して「2020年労働安全衛生・労働条件法(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)」、(4)3つの労使関係の法律を統合して「2020年労使関係法(Industrial Relations Code, 2020)」が可決成立した(注8)。だが、2019年賃金法の一部条文が即時施行された以外は、ほとんどの主要規定が24年5月現在も未施行の状態にある。

施行が遅れている理由として挙げられるのが、まず、各州が施行に必要な規則を制定していないためである。インド憲法では、労働分野に関する法制度は中央連邦政府と州政府の共同管轄となっている(インド憲法第7 別表第Ⅲ表)(注9)。連邦法の改正を施行するためには各州が施行規則を発行する必要があるが、一部の州ではその発効がなされていない。24年5月現在では、29州のうち8州および連邦直轄領の少なくとも1つにおいて規則案がまだ作成されていない(注10)

もう一つの主な理由として、連邦労働省と労働組合との協議が行き詰まっていることが挙げられる。労組の反発への対応を誤れば、改革自体が実現できなくなる懸念がある。というのは、モディ政権が2021年に農業関連法を強行した際、猛反発のため改革を撤回せざるを得なかった経緯がある。労働組合が大規模なストライキを引き起こして経済を混乱させるような事態を中央政府は避けたいため、改革の実現に向けた手続きには慎重にならざるを得ない。

労組が改革に反対する理由と制度改正の実効性を疑問視する声

連邦労働法の改革は、条文上は規制の緩和と強化を組み合わせた内容となっているが、企業のビジネス環境を良好にするために労働組合運動を規制する条項や解雇規制の緩和が盛り込まれており、労働組合からの反発が強い。

労使関係法には、ストライキやロックアウトに事前予告期間を設けて規制を強化する条項が含まれている。労働組合だけでなく、使用者に対しても規制を強化する内容だが、実質的には労働組合のストライキ実施が困難になるとの見方が強い(注11)。また、労使関係法に包含される1947年産業紛争法には、従業員規模100人以上の企業がレイオフや人員削減、事業所閉鎖を実施する場合、州政府の事前の許可が必要と規定されている。今回の改正では300人以上に引き上げられ、企業にとっては解雇をしやすくなる意味合いがあり労組の反発を招いている。労使関係法の適用対象企業が300人以上に引き上げられることによって、労働者の74%が法律の適用対象から除外されることになるとの見方もある(注12)

改革には労働者保護を目的とする改正も盛り込まれている。例えば、社会保障法は、従来、社会保障や社会福祉の適用対象ではなかったインフォーマルセクター(非組織部門(注13)の労働者、ギグワーカー、プラットフォームワーカー)をカバーする条項がある。政府の立法趣旨では雇用の安定性を高めるとともに、労働者が最低賃金の適用を受け、社会保障の法定給付を請求できるようにするものであるが、社会保障番号(Aadhaar番号)の取得や社会保険料の拠出等、制度の実効性に関しては疑問視する声も聞かれる(注14)

上述のように、文言上では労使双方に対する規制強化であっても、実質的には企業経営に資する改革として見られるため、労働組合の強い反発を招いた。それに加えて、改革直後にコロナ禍が重なったこともあり、改革は遅々として進んでいない。各州では議会選挙が近づけば、インド人民党への反発を懸念し、改革の実行が先送りされてきた(注15)

そうした改革の遅延も連邦下院総選挙の結果、与党・インド人民党を中心とする(国民民主連合(NDA))が議席の過半数を獲得し、モディ首相が再選される見通しとなった。労働法改革が新政権発足後の100日間に実行する課題の最優先に挙げられるだろうとの見方もある(注16)。新しい労働法の2025年4月1日からの施行に向けて、非組織労働者が社会保障の適用対象となるためにポータルの準備作業や、共済基金や国家保険公社の受け入れ準備の作業が進んでいるとされている。

(ウェブサイト最終閲覧:2024年6月5日)

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