ドイツ地方公共団体使用者連盟(VKA)による「緊急時サービス協約(NDV)に関する説明」
地方公共団体使用者連盟(VKA)では、これまでの判例を踏まえて労使で事前に「緊急時サービス協約(NDV)」を締結し、その際はVKAが作成した「協約サンプル」を雛形として活用するよう求めている。以下に「緊急時サービス協約(NDV)に関する説明資料」の和訳を掲載する。
1.緊急時サービス協約(注1)
緊急時サービス協約は、労働組合や地域のストライキ指導部と、使用者との間で締結する。この協約で必要となるサービス業務と、そのために配置予定の労働者あるいは作業グループの種類と数を定める。
緊急時サービスを義務付けられる労働者の人事決定は、緊急時サービス協約に設けた規定に従う形で、管理職の者が行うことが望ましい。また、「働く意思のある者(注2)(Arbeitswillige)」に優先的に勤務してもらうことが推奨される。さらに緊急時サービス協約には、支障が生じた場合に、使用者が代替要員を選任する権限を盛り込むことが望ましい。労働者の選定は、実質的な、職場に即した観点(注3)(Arbeitsplatzbezogene Gesichtspunkte)に基づいて行わなければならない(注4)。
労働争議中に働く意思のある労働者に対して事業所への立ち入りを認めない規定は、その法的許容性(注5)に関わりなく、緊急時サービス協約では取り決めないことが望ましい。そのような規定は、使用者の権利の受忍できない制限につながる。また、使用者に対して、労働争議の影響を受ける事業所内外のサービスを、外部のサービス機関によって提供することを禁じる規定についても、同じことが当てはまる。
COVID-19パンデミックの期間中であっても、医療関連事業所(Betrieben der Gesundheitsvorsorge(注6)でストライキが可能であることを、ギーセン労働裁判所が2020年3月6日の判決で、仮処分の方法で認めている。同労働裁判所は、医療関連事業所におけるストライキの合法性のためには、緊急時サービスの確保が必ず必要となること、しかし、緊急時サービス協約の締結は必ずしも必要ではないことを明確にした。
なお、緊急時サービスの編成が、住民に特定のサービスを提供するために十分であるかどうかという問題に対しては、使用者が説明義務を負う(注7)。
2.緊急時サービスの提供義務
労働者が緊急時サービス協約に基づき労務提供の義務を負う限り、通常の労働契約上の労働義務が適用される。当該の労働者は原則として緊急時サービス業務を、それが「価値の低い(unterwertig)」活動である可能性があっても遂行する義務を負い、その場合に発生する賃金請求権(Entgeltanspruch)は通常と変わらない。
緊急時サービス業務に「官吏(Beamte)」を使用することは、許容される。対応する職務上の指揮命令を行うことは、ストライキの意思のある労働者を使用するのと比べてより穏やかな手段(das mildere Mittel)であり、争議対等性(Kampfparität)や国家の中立性を損なうものではない(注8)。
労働者が納得できる理由なく緊急時サービス業務を遂行することを拒否する場合には、労働義務違反となり、警告または解約告知を受ける可能性がある。
当該の労働者はさらに、労働を拒否したことによって生じる損害の責任を負わされる可能性がある。緊急時サービス業務の遂行が拒否される場合には、使用者は、仮処分(労働裁判所から取得する必要がある)によって労働開始を強制する可能性を有する。
緊急時サービスに配置予定の労働者に対しては、労働争議措置の開始前に、書面で緊急時サービスを義務付けることが望ましい。職場への妨害のないアクセスを確保するために、使用者は必要に応じて緊急時サービスの証明書(Notdienstausweise(注9))を発行してもよい。
3.使用者の緊急時権限
緊急時権限が存在するかどうかという問題については、次のことが言える。
- 緊急時サービス協約が成立する場合には、原則として緊急時権限は存在しない。
- 緊急時サービス協約が成立しない場合には、使用者の緊急時権限が存在する。なぜなら、緊急の必要がある業務を提供するためには、迅速な決定を下す必要があるためである(注10)。
- 緊急時サービス協約に関する交渉をする時間がない場合には、例外的に即時の緊急時権限が存在する(注11)。
緊急時サービス業務の種類と範囲、ならびにそれを義務付けられる労働者を決定するための、使用者の緊急時権限は、使用者が事業の全体的な流れや、緊急時サービス業務を履行するのに適した労働者について、的確かつ包括的な知見を持つことによって根拠付けられる。
この公正な裁量(Billiges Ermessen(注12))には、たとえば使用者がまず、働く意思のある者を緊急時サービス業務に使用することも含まれる。しかし、使用者は新規採用の義務はない(注13)。組合に組織されていない労働者に(当初、または全般的に)限定することは許容されない。すなわち、これは労働者の消極的団結自由を侵害するとともに、未組織労働者が組織労働者とまったく同様にストライキ権をもつとする均等待遇の原則にも反することになる(注14)。
注
- 本資料の訳し分けは次の通り。「Notdienstvereinbarung:緊急時サービス協約」、「Notdienst:緊急時サービス」、「Notdienstarbeiten:緊急時サービス業務」。なお、緊急時サービス業務には、「Notstandsarbeiten:緊急時業務」と「Erhaltungsarbeiten:維持管理業務」がある。(本文へ)
- ストライキに参加しない、働く意思のある労働者(被用者)(本文へ)
- 「労働組合への所属」などの観点ではなく、という説明が、他の労働争議に関する判決の解説サイトにある(https://www.betriebsratspraxis24.de/gewerkschaften-tarifwesen/lag-thueringen-unbezahlte-zwangspausen-nur-fuer-gewerkschaftsmitglieder-als-streikreaktion-unzulaessig-11846/)(本文へ)
- 連邦労働裁判所1995年1月31日-1 AZR 142/94-AP Nr. 135 zu Art. 9 GG Arbeitskampf【基本法第9条 労働争議】;ErfK【エアフルト版コンメンタール】/Linsenmaier, 2020年, 基本法第9条, Rn.187(本文へ)
- 連邦労働裁判所1994年3月22日-1 AZR 622/93-AP Nr. 130 zu Art. 9 GG Arbeitskampf.(本文へ)
- 判決の事業所は、検査機関のようである(複数の病院の患者の検体を検査)(https://openjur.de/u/2261756.html)(本文へ)
- 判決では、雇用主(事業者側)は労働組合による緊急時サービスの編成が不十分であると主張したが、具体的な説明がない等と指摘されている(https://openjur.de/u/2261756.html)。ギーセン労働裁判所2020年3月6日-9 Ga 1/20(本文へ)
- Kissel, Arbeitskampfrecht, 2002, §43 Rn. 78;ArbG Berlin 6. Mai 2008-59 Ga6988/08; offengelassen BverfG 7. November 1994-2 BvR 1117/94 u.a.-AP Nr.144 zu Art. 9 GG Arbeitskampf.(本文へ)
- 次の資料付録3にサンプルがある(https://www.umwelt-online.de/regelwerk/cgi-bin/suchausgabe.cgi?pfad=/arbeitss/arbeitsrecht/arbkrl2.htm&such=Zusatzversorgung)。(本文へ)
- BAG 31. Januar 1995-1 AZR 142/94-AP Nr. 135 zu Art. 9 GG Arbeitskampf;ErfK/Linsenmaier, 2020, Art.9 GG, Rn187.(本文へ)
- LAG Baden-Württemberg 30. Januar 1980, DB 1980, 2042 f; vgl.auch Kissel, Arbeitskampfrecht, 2002, §43 Rn. 82 ff., 150 f.(本文へ)
- 緊急時権限は、民法典第315条にいう公正な裁量の一環として行使しなければならないとあり、「公正」は「衡平」「公平」とも訳される。(本文へ)
- ErfK/Linsenmaier, 2020, Art.9 GG, Rn.188.(本文へ)
- Kissel, Arbeitskampfrecht, 2002, §43, Rn. 198, Rn. 101 ff.(本文へ)
記事一覧
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