フードデリバリー従事者の「最低報酬」を制定
―ニューヨーク市
ニューヨーク市は6月11日、同市で食品・料理の配達業務(フードデリバリーサービス)に従事するギグワーカーを対象とする「最低報酬」を制定したと発表した。こうした仕事の従事者は個人請負労働者と位置づけられ、連邦や州、市の最低賃金法等の適用対象になっていない。しかし、今回の条例により、時給17.96ドルを「最低報酬(minimum pay rate)」として確保する措置などを設けた。7月12日から適用する。一方、シアトル市などでは有給病気休暇の付与などにより、ギグワーカーの保護を強化している。
個人請負として労働環境を保護
ニューヨーク市ではスマホアプリを通して配車や配達の業務に従事するギグワーカーへの保護策を進めている。こうした仕事の従事者は個人請負労働者と位置づけられ、最低賃金など労働法に基づく保護の対象から外れる。個人請負ではなく雇用労働者と分類し、労働法を適用すべきだという意見も根強くある中で、同市では、個人請負労働者として、労働環境を改善、向上するための施策を実施してきた。
まず、2019年2月1日、ライドシェア(配車)サービスに従事するギグワーカーを保護する規則(rule)を施行した(注1)。ウーバー社などの認可企業に対して、「1分及び1マイルあたりの最低報酬」を従事者に提供することを義務づけた。配車サービスのギグワーカーに最低報酬を確保する措置は、シアトル市やワシントン州でも、条例や州法に基づき実施している。
フードデリバリーも対象に
次いでニューヨーク市では、2021年9月23日に食品や料理を宅配する「フードデリバリー」のギグワーカーを保護する条例(行政法=administrative code)の改正を議会で可決し、業務の透明性、柔軟性の確保措置や「1時間あたりの最低報酬」の制定などを定めた。
透明性、柔軟性の確保措置は2022年4月22日に施行した。ギグワーカーと契約するアプリベースの企業(アプリ企業)に対して、従事者に配達の移動距離や推定時間、ルート、報酬、チップ等の情報を事前開示すること、1回あたりの最長移動距離を指定すること、特定の橋梁やトンネルの通行を拒む権利を保障すること、少なくとも週に1回報酬を支払うことなどを義務付けた。「最低報酬」については、市がギグワーカーの労働条件を調査したうえで、その結果に基づき決定することとしていた。
「最低報酬」の水準の決定
ニューヨーク市のエリック・アダムス市長と同市消費者・労働者保護局(DCWP)のビルダ・ベラ・マユガ局長は6月11日、「最低報酬」の水準を1時間あたり17.96ドルとし、2023年7月12日から適用すると発表した。フードデリバリーのギグワーカーを対象とする最低報酬の実施は全米で初めてとなる(注2)。
支払対象となる労働時間には、アプリに接続した状態での待機時間を含む場合、1分あたりに換算すると約0.30ドルの水準となる。この水準を確保できれば、支払方法は勤務時間ごとでも、配達件数ごとでも、独自の計算式を用いてもよい。待機時間を含まず、アプリで注文を受けてから配達が完了するまでを支払対象とする場合、1分あたり約0.50ドルの報酬を支払う必要があるとした。いずれの場合も、最低報酬にチップは含まない。
最低報酬の水準は2024年4月1日に時給18.96ドル(待機時間を含まない場合は1分あたり約0.53ドル)、2025年4月1日に時給19.96ドル(同約0.55ドル)にそれぞれ引き上げ、その後は物価の上昇に応じて改定する(図表1参照)。
2023年7月12日 | 2024年4月1日 | 2025年4月1日 | |
待機時間を含む場合(時給) | 17.96ドル | 18.96ドル | 19.96ドル |
待機時間を含まない場合 (1分あたりの報酬) |
約0.50ドル | 約0.53ドル | 約0.55ドル |
出所:ニューヨーク市ウェブサイトより作成
DCWPの調査によると、フードデリバリー従事者は勤務時間の6割を配達、4割を待機に費やしている。このため、6時間を配達、4時間を待機に費やす者の場合、最低報酬は待機時間を含むと17.96ドル/時間×10時間=179.6ドル、待機時間を含まずに配達時間だけを対象とする場合、約0.5(0.49888・・・)ドル/分×6時間(360分)=179.6ドル、と同水準になるように設定した。
同市によると、こうした配達ドライバーは市に6万人以上いるが、その平均時給(2021年第4四半期)は7.09ドルにとどまる(チップとの合計では平均14.18ドル)。また、同市における雇用労働者の最低賃金は時給15ドル(チップを通常受け取る労働者は10ドルで、チップと合わせて15ドルを確保)であり、17.96ドルの「最低報酬」はこれらを上回る。同市では、個人請負者が業務上の諸経費を自己負担していること、労災保険や有給休暇を利用できないこと、一般労働者よりも社会保険料の負担が大きいことを考慮し、この水準を設定したと説明している。
フードデリバリーのギグワーカーを対象とする最低報酬は、2023年1月1日に実施する予定だった。ニューヨーク市会計監査官によると、アプリ企業のロビー活動などにより報酬水準の決定が遅れ、当初案より減額された。同監査官室による推計では、今回定めた最低報酬から自己負担する経費を差し引くと、時給12.69ドルの水準にとどまる(注3)。
シアトルやワシントン州では有給病気休暇を付与
ギグワーカーの労働環境保護策として、シアトル市では2023年3月28日、有給病気・安全休暇(Paid Sick and Safe Time、PSST)の提供をアプリ企業に義務付ける条例が成立した(注4)。コロナ禍で設けた制度を恒久化した。
PSSTは自らの病気や怪我の治療、療養、家族の世話、暴力行為からの回避などの安全上の理由などで使用できる。世界で250人以上のギグワーカーを抱えるアプリ企業(ネットワーク企業)を対象とする。フードデリバリー従事者には2023年5月1日から適用。他のギグ・ワーカーにも2024年1月13日から適用する。配達などの業務でシアトル市内に少なくとも1回立ち寄った場合は1日とカウントし、30日ごとに1日分のPSSTが付与される。過去90日に少なくとも1日、同市で業務を行えばPSSTを使用できる。補償額は過去1年間に同市で働いた日の平均報酬額(2024年1月13日以降はチップで得た額を除く)とする。
ワシントン州でも2023年5月15日、ウーバー社やリフト社で働く州内約3万人のライドシェアサービスのドライバーに対して、同州の有給家族・医療休暇(Paid Family and
Medical Leave、PFML)を試行的に適用する州法が成立した(注5)。実施期間は2024年7月1日~2028年12月31日とした。同州ではこうしたドライバーも「自営業者」として保険料を自己負担すればPFMLを取得できたが、この州法改正により、アプリ企業の費用負担で、医療や子の誕生・世話などを理由にした最大12週間の有給家族・医療休暇の取得が可能になる。
注
- 労働政策研究・研修機構「ギグ・ワーカーに「最低報酬」を保障―シアトル市などで条例制定」JILPT海外労働情報2022年9月参照。(本文へ)
- シアトル市でもフードデリバリーのギグワーカーに対する「最低報酬」を条例で定めたが、まだ施行していない。前掲注1参照。(本文へ)
- ニューヨーク市会計監査官ウェブサイト参照(本文へ)
- シアトル市ウェブサイト参照(本文へ)
- ワシントン州議会ウェブサイト参照(本文へ)
参考資料
- ニューヨーク市ウェブサイト
- 日本貿易振興機構、ニューヨーク・タイムズ、ブルームバーグ通信、各ウェブサイト
参考レート
- 1米ドル(USD)=144.51円(2023年7月4日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
2023年7月 アメリカの記事一覧
- フードデリバリー従事者の「最低報酬」を制定 ―ニューヨーク市
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