AIが職場に与える影響
 ―OECD国際比較

カテゴリ−:雇用・失業問題

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  • 国別労働トピック:2023年5月

経済協力開発機構(OECD)は3月27日、「AIが職場に与える影響: AI導入事例からのエビデンス(The impact of AI on the workplace: Evidence from OECD case studies of AI implementation新しいウィンドウ)」と題するワーキングペーパーを発表した。日本を含む8カ国の政府や研究機関の協力により、100近い企業の導入事例について国際比較分析を行ったもので、日本からは、当機構が調査に参加した。以下にその概要を紹介する。

100近い企業事例に基づく国際比較

今回の共同研究に参加したのは、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、アイルランド、カナダ、オーストリアの8カ国の政府や研究機関である。金融業と製造業を中心に、エネルギーやロジスティックス(物流)分野も加えて、100近い企業のAI導入事例が集められた(図表1)。

なお、OECD担当者は分析にあたり、「事例調査に協力した企業は、AI導入に比較的前向きで好意的な評価になりやすいバイアスがかかる可能性」を予め指摘している。

図表1:企業のAI導入事例(国別・産業別)
金融 製造 エネルギー ロジスティックス 合計
日本 4 5 - - 9
アメリカ 7 7 - - 14
イギリス 5 4 - - 9
ドイツ 3 6 1 - 10
フランス 3 3 1 - 7
アイルランド 4 8 3 1 16
カナダ 6 7 - - 13
オーストリア 6 10 2 - 18
合計 38 50 7 1 96

出所:Anna Milanez (2023) OECD.

国際比較により判明したエビデンス

ワーキングペーパーによると、100件近い企業事例の比較分析した結果、主に以下のようなエビデンス(証拠)が示された。

(1)AI技術は多様な職務や労働者に影響

AIは「定型作業」の自動化を加速させており、そればかりでなく、例えば製造現場でAIを活用して故障を事前に予測して対応するといった「非定型業務」の自動化も加速させていることが明らかになった。また、AI技術の影響を受ける労働者は、決して限定的ではなく、多くの企業や産業で多様な職種やあらゆる技能レベルに影響を与える可能性が示された。

(2)AI技術に対する高需要が、関連職種の成長を促進

AI導入に関連する人員削減のエビデンスは非常に限られていた。AI導入が雇用減少につながったという限られた事例では、企業は余剰人員を他事業分野へ再配置したり、定年退職に伴う人員補充を行わない等の対応をしていた。

他方で、AI技術の進展によって、新たな雇用が創出されているエビデンスが示された。AIの構築や学習、更新、保守、維持という新たな需要に応えるため、AI関連の技能や知識を持つ労働者への需要が高まっている。

(3)職務転換よりも職務再編が一般的

職務のタスク構成はほとんど変化せず、AIが補完的な役割を果たすことによって、労働者の能力が向上し、より高品質で早く、多く、正確かつ安全な製品やサービスを提供できるようになっている。他方で、AIによって作業が自動化された場合、その周辺作業を行う労働者の需要が増加する事例も多く見られる。現時点では、職務転換より職務再編が一般的であるが、このように労働者が人間として比較優位性を保つ職務への需要の高まりは、AIによる自動化が労働需要に与える重要なメカニズムを浮き彫りにした。

(4)より高い技能と幅広いスキルセットが求められる

AIの導入によって、要求される労働者の技能レベルや範囲は、企業が実施する研修の取り組みに依存している。事例調査では、AI導入後もスキル要件が変わらないことも多いが、他方で、データサイエンスの知識等、より高度な技能やさらに幅広いスキルセット(仕事を進めるために必要な個人の資質、能力、経験等の組み合わせ)を要求することにつながるエビデンス(特に製造現場)が示された。

(5)仕事の質の向上と課題

AIの導入により、メール送信や品質保証検査などを自動化することで、仕事の質の向上につながるという説得力のあるエビデンスが示された。このような自動化の結果、労働者はより興味深い作業に時間を割くことが可能になり、職場のエンゲージメント(社員が会社に貢献したいと思う姿勢)が向上していた。他方で、より高い業績目標の設定と、より複雑な職務がもたらす仕事への負荷の増加は、AI化がもつ課題も浮き彫りにした。同時に、新システムの習得に伴うストレスの増加や、監視の強化に対する労働者の不安も報告された。

(6)政策が果たす役割

社会的対話を行う政策は、AI導入時に、労働者が直接関与することで失職への不安を軽減し、AIに対する労働者の取り組み意欲を向上させることが示された。ドイツやオーストリア等では、事業所委員会がこの役割を果たしていた(労働者自身が企業のAI導入計画に関与)。このほか労働者の職業移動支援やAIに特化した技能育成などの点で政策による取り組みの重要性が示された。

以上のようなエビデンスを踏まえてワーキングペーパーは、AIがもたらす利点と課題を理解し、AIの導入にあたっては、AI化がすべての人に利益をもたらすことを保証するための政策が重要な鍵になると結論付けている。

日本の現状―金融業・製造業

既述の通り、日本からは、当機構がOECDの共同研究に協力した。労働法・労使関係部門の岩月真也研究員が主担当となり、天瀬副所長、呉特任研究員、荻野リサーチフェロー、松上リサーチアソシエイト、新井調査部長、森山研究員、小松研究員などが参加して、部門横断的な協力体制を構築し、企業事例調査を行った。その詳細な結果については、以下の報告書を参照されたい。

◎JILPT資料シリーズNo.253(2022)
金融業におけるAI 技術の活用が職場に与える影響―OECD共同研究―

◎JILPT資料シリーズNo.262(2023)
製造業におけるAI技術の活用が職場に与える影響―OECD共同研究―

参考資料

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