最低賃金の分析と展望
 ―WSI・IMK共同研究

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  • 国別労働トピック:2023年5月

ハンスベックラー財団所属の経済社会研究所(WSI)とマクロ経済景気動向研究所(IMK)は2023年3月、最低賃金の分析と今後の展望に関する共同研究結果を発表した。それによると、昨年10月に政治主導で引き上げられた最低賃金(時給12ユーロ)は、約600万人に恩恵をもたらしたものの、現時点では賃金中央値の53.2%相当に過ぎず、EUが求める「60%以上」の水準を下回っていた。今後この水準を達成するためには、少なくとも時給13.16~13.53ユーロに引上げる必要があると分析している。

600万人の労働者に恩恵

ドイツでは約10年の議論を経て、2015年1月1日に全国一律の法定最低賃金(時給8.5ユーロ)が導入された。連邦統計局の推計によると、これにより約400万人の労働者が恩恵を受けた。導入前は、大量の失業者が発生するとの懸念もあったが、そのような現象は起きていない。導入後は、最低賃金法に基づき、2016年、18年、20年と、2年毎に最低賃金委員会(労使学で構成)が開催され、引上げを勧告している。直近では、コロナ禍の20年6月30日に「21年から2年かけて半年ごとに4段階の引上げ(21年1月に9.50ユーロ、7月に9.60ユーロ、22年1月に 9.82ユーロ、7月に10.45ユーロ)」という勧告が出され、それをもとに政府が引上げを行った。22年は、このほかに最低賃金委員会の勧告を経ずに、政治主導による法案審議を経て、10月から時給12ユーロへの引上げが行われた(注1)(図1)。

この政治主導による引上げについて、数年来12ユーロへの引上げを求めてきた労働組合(ドイツ労働総同盟、DGB)やドイツ女性協議会(Deutscher Frauenrat)は歓迎の意を表した一方、使用者側は、最低賃金委員会の調整を経ない引上げは、「労使自治に対する重大な政治介入だ」として強く反発している。

連邦労働社会省は、12ユーロへの最低賃金の引上げによって食料費やエネルギー料金(暖房費等)の高騰に苦しむ620万人(特に女性や旧東独地域の労働者)が恩恵を受けると見込む。なお、政治主導による引上げはこの1度限りで、次回からは、従来通り最低賃金委員会が2023年6月までに、次の引上げに関する議論を行い、勧告を出すことになっている(注2)

図1:最低賃金時給の引上げ推移(2015年~2022年)
画像:図1

出所:政府広報をもとに作成。

EU最低賃金指令が求める水準

ドイツが政治主導によって最低賃金を引き上げた背景には、2022年10月19日に成立した「EUにおける適正な最低賃金に関する指令(注3)」の影響がある。

同指令は域内における最低賃金の適正化をはかることを目的としており、「最低賃金」は、法定最低賃金と、労働協約により設定される最低基準の双方を指す(指令3条)。その上で、法定最低賃金制度を有する加盟国は、最低賃金額の設定・改定手続きの確立とともに、適切な水準への設定・改定のための基準を設定しなければならないと定められている(指令5条)。基準は、各国の慣行(法定、専門機関による決定、あるいは三者合意など)に基づいて設定することができるが、少なくとも、以下のa~dの要素を含まなければならない。

  • a)最低賃金の購買力(租税や社会保険料を含めた生活費を考慮)
  • b)一般的な賃金水準や分配の状況
  • c)賃金上昇率
  • d)長期的な生産性の水準や動向

このほか、物価による自動調整メカニズムを併用することも可能で(適用すると額が減少する場合を除く)、各国には適正さを評価するための目安となる額を設定することが求められる。また、使用可能な指標として、統計上の税引き前賃金の「賃金中央値の60%」、「平均賃金の50%」、その他各国で使用している目安となる額などを挙げており、加盟国は2024年11月15日までにこれらの規定を国内法で整備する必要がある(指令17条)。

ドイツ連邦議会の専門調査官がEU指令案と国内法の齟齬について検討した調査資料(注4)では、「今後、最低賃金委員会が2024年と25年の最低賃金を決定する際には、こうしたEU指令が求める水準を満たす必要がある」との見解が示されている。

時給12ユーロの根拠

2022年に成立した最低賃金引上げ法(Mindestlohnerhöhungsgesetz)によると、「賃金中央値の60%に基づく最低賃金というのは、労働者が最低限の生活水準を超えて社会的・文化的生活に参加し、不測の事態に備えることができる額である(注5)」と説明されている。また、この時法案で設定された「時給12ユーロの根拠」についてWSI・IMKは、同省が専門家に委託した2020年報告書(Weinkopf, C./ Kalina, T.)(注6)で示された「時給12.07ユーロ」や、22年4月に連邦統計局が公表(注7)した低賃金閾値の「時給12.5ユーロ(雇用労働者の賃金中央値の3分の2)」等に裏付けられるのではないかと見る。

しかし、この「時給12ユーロ」は、算出されて以降、名目賃金の上昇等もあり、現時点では、欧州の最低賃金基準を下回っている。連邦統計局(Destatis)が直近で欧州の定義に基づいて算出し、欧州統計局(Eurostat)に提出した数値を見ると、2023年時点で、この額は賃金中央値の53.2%相当となっている(図2)。

図2:賃金中央値に対するドイツの最低賃金額の割合(2015-2023年)
画像:図2

出所:Eurostat (EARN_MW_AVGR2 data series), retrieved 15 February, 2023.

注:フルタイム労働者の月間総賃金中央値(農林業等を除く)。

到達すべき時給額は13.16~13.53ユーロ

そこで、欧州統計局の数値をもとに、WSIが改めて算出したところ、2023年のうちに指令が求める水準(賃金中央値の60%か平均賃金の50%)を達成するためには、最低賃金時給をそれぞれ13.53ユーロ(賃金中央値の60%)、もしくは13.16ユーロ(平均賃金の50%)に引き上げる必要があることが明らかになった(図3)。

図3:ドイツの法定最低賃金/平均賃金の50%、賃金中央値の60%(2015-2023年)
画像:図3

出所:Eurostat, WSI独自計算。

WSI・IMKは、「22年10月の政治主導による引上げによって、ドイツの最低賃金政策は新たな段階に踏み出した」と評価する。その上で、「これにより最低賃金は、単なる賃金水準を示すものでなく、昨年成立したEU最低賃金指令の趣旨に沿って、一定の社会的・文化的生活レベルを可能にする生活賃金という概念と密着に関連するものになった。今後は、恒久的かつ計画的に生活賃金水準に近づけることが重要である」と結論づけている。

参考資料

参考レート

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