「ハルツIV」から「市民手当」へ

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  • 国別労働トピック:2022年12月

求職者支援の刷新を図る「市民手当法案」が2022年11月25日、ドイツ連邦議会の両院投票で可決、成立した。これにより現行の「ハルツIV(失業手当Ⅱ)」は、2023年から「市民手当(Bürgergeld)」という新制度に移行する。ハルツIVが抱える課題を改善し、「受給者が住み慣れた家や貯蓄を過度に失うことなく、将来的に長期に持続可能な仕事に就く支援を可能にする」(ハイル労働社会相)仕組みに変える。

導入後17年経過の「ハルツIV」とは

「ハルツIV」の通称で知られる求職者に対する基礎保障制度は、2000年代前半に実施された労働市場改革が源になっている。就労促進を目的とした規制緩和や失業手当の見直し案等を提示したのは、当時のフォルクス・ワーゲンの労務担当役員で、シュレーダー首相(当時)の顧問も務めたペーター・ハルツ氏である。同氏の名にちなみ、「ハルツ改革」と呼ばれ、ハルツ第Ⅰ法からハルツ第IV法の4段階に分けて広範囲に行われた。現在は、ドイツの労働・社会制度の大部分が改革の影響を受けているといっても過言ではない。

ただ、ハルツ改革は、当初から市民団体や労働組合などが「社会的格差を招く恐れがある」として強い懸念を表明していた。特に2005年1月に施行された「ハルツ第IV法」による失業手当の大幅な引下げと給付期間の短縮、「社会扶助」と「失業扶助」の統合については、強い反対が出され、最も激しい議論が交わされた。

改革前の「失業扶助(Arbeitslosenhilfe)」は、失業保険受給期間が満了した者、または失業保険の受給要件を満たさない者を対象として、期間の定めなく支給するものだった。だが、ハルツ第Ⅳ法により「失業扶助」が廃止され、「失業手当Ⅱ」が創設された。従前の「社会扶助(生活保護)受給者」から、「1日3時間以上の就労が可能な要扶助者」を抜き出して「失業扶助受給者」と統合。本人には「失業手当Ⅱ(注1)」を、その家族で就労可能でない要扶助者には「社会手当」を支給することとした。「失業手当Ⅱ」は、通常の失業保険給付(失業手当Ⅰ)の受給期間を満了しても再就職できず、経済的に困窮している者などに支給される。長期失業者の受給が多いが、短時間働きながら不足分の上乗せ給付を受給する者もいる。

厳しすぎる「ハルツIV」から、寄り添う「市民手当」へ

失業手当Ⅱには、比較的軽い違反(正当な理由なく相談日にジョブセンターに来ない等)の場合は標準給付が10%減額される。無理なく従事できると判断される仕事を紹介され、正当な理由なく、その受け入れを拒否した場合等は、同30%減額される。さらに同様の違反を2回くり返すと60%の減額となり、3回目には給付そのもがなくなる(注2)厳しい「制裁(Sanktionen)」が設けられている。このような給付の減額や停止は、失業者のより早い就業復帰に寄与することが明らかになっているが、同時に労働市場から受給者を完全に撤退させる事も多く、当該者の生活状況を著しく悪化させる可能性がある。そのため、このような厳しい措置の改善議論が近年活発に行われていた。

連立与党の社会民主党(SPD)は、厳しすぎる措置を緩和して、「ハルツIV=何らかの問題があって長期間失業しており、手当を受けながら働かない(働いても短時間)者とその家族」という侮蔑的なイメージがつきまとう現在の通称を廃止して、「市民手当(Bürgergeld)」という新名称と新たな制度の導入を前政権時から提案していた。だが、連立パートナーのキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の反対により、実現しなかった。その後2021年に行われた総選挙の結果、社会民主党(SPD)と緑の党(Grünen)、自由民主党(FDP)による3党連立政権が発足したことで、その実現に向けた取り組みが加速した。

既存のハルツIVの下では、受給者を労働市場に戻すための迅速な配置が最優先―いわゆる“優先配置(Vermittlungsvorrang)”―とされ、受給者が臨時的な仕事を得た後、数カ月後に再び受給者として舞い戻ってしまうことが繰り返されていた。ハルツIVの受給者の3分の2は職業訓練資格を保有しておらず、そのために長期失業に陥る者が多い。新制度では、“優先配置”を廃止し、受給者が長期に持続可能な仕事に就けるよう、職業訓練参加インセンティブの強化や、長期就業困難者に対する専門のコーチング支援などを新たに提供する。また、受給者が職業訓練資格を取得するために充当できる期間も従来の2年間から3年間に延長。さらに、義務違反をした場合の厳しすぎる制裁措置を緩和し、基本的な生活保障として不十分と批判されてきた標準給付額の大幅な引上げも行う(図表1)。

ハルツIVの受給者数は、2022年10月時点で、282.6万世帯、計533.1万人に上る。その4分の3が就労可能者(379万人)で、残りは主に未成年の子どもたちである。受給者にはこれまで「求職者基礎保障(Grundsicherung)」としての標準給付月額が支給されていたが、2023年1月からは「市民手当(Bürgergeld)」としての標準給付月額が支給される。

図表1:標準給付月額 (単位:ユーロ)
  受給資格者 2023年 2022年
基準需要額(RBS)1 単身者、単身養育者、ひとり親の受給資格者 502 449
基準需要額(RBS)2 双方とも成人(満18歳以上)同士のパートナー(カップル)の者1人につき 451 404
基準需要額(RBS)3 両親と同居し、就業していない満18歳以上25歳未満の者、施設(社会法典第12編に基づく)に入所している満18歳以上25歳未満の者。 402 360
基準需要額(RBS)4 満14歳以上、満18歳未満 (14~17歳)の者 420 376
基準需要額(RBS)5 満6歳以上、満14歳未満(6~13歳)の者 348 311
基準需要額(RBS)6 満6歳未満(0~5歳)の者 318 285

出所:BMAS(2022)

成立過程と二段階施行

市民手当法案(Bürgergeld-Gesetz)は、2022年8月9日に草案公開後、9月14日に閣議決定され、連邦議会(下院)の審議を経て11月10日に可決した。しかし、その後、連邦参議院(上院)において「新制度は寛大すぎる」として、11月14日に否決された。連邦参議院は、州の代表議員で構成され、前政権で与党だった中道右派のCDU・CSUの議員等が「市民手当が導入されれば働こうとする人がいなくなる」と強く批判していた。その後、法案の修正が行われ、連邦議会と連邦参議院の両院からなる調停委員会において、11月23日に修正法案が合意された。11月25日に改めて両院投票にかけられ、最終的に修正法案が成立した。連邦議会の可決法案と成立した修正法案の主な相違点は、以下の通りである(図表2)。

図表2:市民手当法案:修正前後
  連邦議会の可決法案 成立した修正法案
資産・住宅審査の猶予期間 受給開始から「2年間」は猶予期間として、世帯主は「6万ユーロ未満」まで所有資産について問われたり、より小さな居住への引っ越しを求められたりすることはない(同居家族1名増加ごとに3万ユーロまで)。また、猶予期間中は、すでに住んでいる住居の家賃等は実費を全額支給する。 猶予期間を「1年」とする。
さらに世帯主の所有資産上限は、「4万ユーロ未満」とする(同居家族は1名増加ごとに1.5万ユーロまで)。また、猶予期間中は、すでに住んでいる住居の家賃等は実費を全額支給する(ただし、暖房費については、合理的な範囲で支給)。
「信頼期間」と受給者が義務違反行為をした場合の制裁措置 受給開始から最初の6カ月間を「信頼期間」とし、この期間中は義務違反があった場合でも減額等の制裁措置は科されない。
※ただし、アポイント無視など、ジョブセンターの支援業務に全く協力しない受給者に対しては信頼期間中であっても制裁措置を講じる。
「信頼期間」は設けない。
1回目の義務違反は1カ月間10%減額、その後も受給者が合理的な仕事の申し出を受け入れない場合は最大で30%減額される可能性がある。

出所:BA、BMASのプレスリリース等を元に作成。

今後は、大統領の署名を待ち、2023年1月1日施行と7月1日施行のニ段階に分けて、新たな制度が導入される。

1月1日から施行されるのは、「標準給付月額の引上げ」や「資産・住宅審査に関する1年間の猶予期間や4万ユーロ未満の資産保護」、「優先配置の廃止」、「義務違反があった場合、受給当初から10%の手当減額措置(回数や状況により最大30%の減額措置)」等である。また、同年7月1日から施行されるのは、「就業した場合、手元に残る金額の増額」、「受給者に対する全般的な支援やコーチングサービスの提供」「継続職業訓練(Weiterbildung)に参加し、中間試験や最終試験に合格した場合、訓練ボーナス手当の支給」、「長期就業に向けて特に重要な措置に参加する場合の月額75ユーロのボーナス手当の支給」等である。

修正法案の両院投票に先立ち、フベルトゥス・ハイル労働社会相は「新制度の成立についてCDU・CSUの議員らがタフな話し合いをしてくれたことに感謝したい」と述べた上で、ハルツIVの下で危機に瀕しているシングルマザーや、技術変革によって保有する職業資格が陳腐化してしまった熟練労働者、自らの責でなく時代(コロナ危機や戦争危機等)によって仕事を失い、一時的に受給している自営業者らの存在に改めて言及し、「彼らが住み慣れた家や貯蓄を過度に失うことなく、将来的に長期に持続可能な仕事に就く支援を可能にするのが、市民手当だ」と語った。また、修正案の成立を受けて、連邦雇用エージェンシーで市民手当を統括するヴァネッサ・アフジャ理事は、「新たな制度は、過去17年間のハルツIVの経験を盛り込んだ重要な改革である。受給者支援のための我々の役割はますます大きくなっており、担当するジョブセンターでは、新制度の移行準備とスタッフの訓練を行っている」と、プレスリリース上でコメントを発表した。

参考資料

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