ニューヨーク市、求人時の給与情報開示を義務化へ
 ―賃金格差の是正めざす

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  • 国別労働トピック:2022年6月

ニューヨーク市議会は2021年12月、企業に求人時の給与情報の開示を義務づける法律を可決した。性別や人種間などに存在する賃金水準の格差是正につなげるのがねらい。2022年5月15日に施行する予定だったが、準備期間を設ける必要性などから約半年後の11月1日に延期している。コロラド州など他の地方でもこうした「給与の透明化」に関する法制化を進めている。

求人広告などに「給与の範囲」を記載

ニューヨーク市議会は2021年12月15日、求人などを募集する際の情報に、その役職(position)の給与範囲(最低額と最高額)の記載を義務づける改正市人権法(New York City Human Rights Law)を可決した。同法は給与開示法(Salary Disclosure Law)や給与透明性法(Salary Transparency Law)などといわれる。企業内での昇進や異動を伴う役職への募集情報も対象になる。

4人以上(または家事労働者1人以上)規模の雇用主を対象とし、1人でもニューヨーク市で働いていれば該当する。求人情報を提供する雇用機関(Employment Agencies)は規模にかかわらず対象になり、公開する募集情報が同法に準拠しているかどうかを確認する必要がある。

開示すべき内容に健康保険などの各種保険料や退職金、賞与・一時金、残業代などは含まれない。対象となる情報を掲載する媒体として、事業所内での掲示物、インターネット上の求人広告、就職説明会で配布するチラシ、新聞広告を例示している。在職者については、違反した雇用主を訴えることができる。雇用主は市の人権法違反として、金銭的損害賠償や最大25万ドルの罰金を科される可能性がある(注1)

ニューヨーク市の5つの地区の商工会議所などでつくるPartnership for New York Cityは2022年4月4日に意見書を議会に提出した。それによると、同法について「市の約20万の企業と3万の非営利組織に影響を与えるが、それらのほとんどには法律の知識がない」と雇用主への周知が浸透していないことを指摘。また、「パンデミックの影響を最も受けているヘルスケア、小売、食品サービス業界は、各地で人手不足の渦中にある」と述べ、情報の開示が賃金水準の低い業界での人手不足を加速させることへの懸念を示した。その上で、こうした事情を踏まえ、施行期日の延期や開示内容の緩和(対象を15人以上規模に引き上げ、深刻な人手不足産業の公開免除、報酬の高い役職は最低額のみ記載)を求めた(注2)

市は同法を2022年5月15日に施行する予定にしていたが、こうした要請を受けて、準備期間を設けるため約半年後の11月1日に延期した(注3)。その際、法改正により(1)開示する対象を「給与(salary)」から「時給または年俸(hourly or through an annual salary)」と明確化、(2)最初の違反に対する罰金を免除し、是正のための猶予期間(30日)を設定する措置などを講じた。なお、上記意見書にあげられた対象規模の縮小などの緩和措置は認めていない。

法制化の背景

国勢調査局と連邦労働省女性局がまとめた全米における2020年の平均収入(フルタイム労働者の中央値)を見ると、女性(5万1,021ドル)は男性(6万1,664ドル)の82.7%にとどまる(注4)。連邦のバイデン政権は性別や人種間に存在する格差の是正を政策課題にあげている。

ニューヨーク市議会は連邦政府与党の民主党議員が大半を占め、法規制による格差是正の推進に積極的だ。女性の権利擁護活動に取り組む非営利団体の全米女性大学協会(American Association of University Women、AAUW)のまとめによると、ニューヨーク大都市圏(ニューヨーク市とその周辺都市を含む国勢調査上の都市圏)における女性労働者の2018年の平均収入(フルタイム労働者の中央値)は男性の85%の水準だった(注5)。白人男性と比べた水準は白人女性78%、黒人(アフリカ系)女性52%、アジア系女性74%、ラテン(ヒスパニック)系女性44%と人種間を加味した格差はより大きくなる(図表1)。

図表1:ニューヨーク大都市圏の男女・人種間賃金格差(2018年)(単位:%)
画像:図表1

  • 注:フルタイム労働者の平均収入(中央値)について、白人男性を100とした場合の性別・人種別の水準を示す。
  • 出所:全米女性大学協会ウェブサイト新しいウィンドウより作成。

こうした格差が存在する要因のひとつとして、研究者や専門家らは、事業主が求人の際に給与水準を示さず、採用する労働者の過去の給与履歴(salary history)もとに、それぞれの給与を決める慣行があることを指摘している。AAUWは「給与の設定にあたって給与履歴に依存することは、それまでの給与が公正に確立されていることを前提とする。偏見にまみれたおそれのある給与履歴を用いるのは、労働者がどこに行っても、仕事や能力に関係なく差別的な給与が続くことを意味する。この慣行を減らしていくことが、同一労働同一賃金(pay equity)をめぐる闘いに大いに役立つ」と訴えている(注6)

AAUWなどによると、2016年以降、全米50州のうちカリフォルニアやニューヨークなど16州が、州内の民間雇用主に対して「求人時に給与履歴を尋ねてはならない」などの規制を設けた(注7)。フィラデルフィア市(ペンシルベニア州)やセントルイス郡(ミズーリ州)など市や郡のレベルで規制しているところもある。また、バイデン大統領は2022年3月15日、連邦政府の契約事業者などに対して、雇用や給与決定時の給与履歴の利用禁止に向けた措置の実施を検討する趣旨の大統領令を出した(注8)。求人時における給与情報開示の法制化は、こうした「給与履歴の利用規制」とともに格差是正に有効な手段と考えられている。

先行する州

いくつかの州や市では、すでに給与情報の開示に関する法律を制定している。コロラド州では2021年1月、今回のニューヨーク市と同様に、求人広告などへの給与情報の記載を雇用主に義務づける法律を施行した。

このほか、ブルームバーグ通信などによると、カリフォルニア、コネチカット、ネバダ、ロードアイランド(2023年1月施行予定)、ワシントン、メリーランドの各州が、「応募者が最初の面接後に給与範囲の開示を求めた場合、雇用主は応じる必要がある」といった形で「給与の透明化」を規定している。マサチューセッツ州とサウスカロライナ州も同様の法整備をはかろうとしている。市のレベルでもオハイオ州のトレド市やシンシナティ市にこうした規定がある。

参考資料

  • Partnership for New York City、全米女性大学協会、日本貿易振興機構、ニューヨーク市議会、ニューヨークタイムズ、ブルームバーグ通信、連邦労働省、各ウェブサイト

参考レート

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