ユン・ソンニョル新政権 110の国政課題を発表
5月10日、ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が就任し、韓国に5年ぶりの保守政権が誕生した。韓国では次の政権に移行するにあたり、「大統領職引継ぎ委員会」が構成される。この委員会は新政権の国政運営の大きな方針を決定するための組織で、ここで決定した方針が、今後5年間の国政運営の成否を左右すると言われている。大統領の就任にあたり構成された大統領職引継ぎ委員会は5月3日、国政ビジョンとして「110大国政課題」を発表した(注1)。これは今後、各議論を経て政策として確定していくことになる。「110大国政課題」について、労働に係る分野に絞って、概要を紹介する。
未来志向の国政ビジョン
大統領職引継ぎ委員会はユン政権の6つの国政ビジョンと目標を以下の「6大国政目標」として定めた。
- 常識を取り戻した正しい国
- 民間が引っ張り、政府が後押しするダイナミックな経済
- あたたかく寄り添い、誰もが幸せな社会
- 自律と創意で作る揺るぎない未来
- 自由、平和、繁栄に寄与するグローバルな中枢国家
- 韓国のどこでも暮らしやすい地方時代
委員会によれば、以上の6大国政目標には未来志向とともに、韓国が再度飛躍するための条件である地域不均衡の解消という新政府の意思が込められている。
6大国政目標のうちの1から5の各国政目標の下には110の課題が置かれている。すなわち「1.常識を取り戻した正しい国」の下には15の課題が、「2.民間が引っ張り、政府が後押しするダイナミックな経済」の下には26の課題が、「3.あたたかく寄り添い、誰もが幸せな社会」の下には32の課題が、「4.自律と創意で作る揺るぎない未来」の下には19の課題が、「5.自由、平和、繁栄に寄与するグローバルな中枢国家」の下には18の課題がそれぞれ置かれており、合計で110の課題が国家戦略として位置付けられている。これが「110大国政課題」である。
労働分野に係る政策は、3番目の目標として挙げられた「あたたかく寄り添い、誰もが幸せな社会」の下に位置付けられた32の課題のうち、次の(1)~(7)で説明されている。
- (1) 労働災害防止の強化及び企業自律の安全管理体系構築の支援
- (2) 公正な労使関係の構築及び両性平等雇用の実現
- (3) 労使の協力による共生の労働市場の構築
- (4) 雇用事業の効果の向上及び雇用サービスの高度化
- (5) 雇用のセーフティネットの強化及び持続可能性の向上
- (6) 全国民の生涯段階別職業能力開発と職場学習の支援
- (7) 中小企業・自営業者へのオーダーメード型職業訓練の支援強化
公正と自律そして支援による労働政策
以上の(1)~(7)は、ユン政権が国民に対し「労働の価値が尊重される社会を作ります」と示した約束の中で列挙した課題である。すなわち、これらの課題に取組むことが国民との約束を果たすことになる。各課題の主な内容を紹介する。
(1)労働災害防止の強化及び企業自律の安全管理体系構築の支援
この課題の目標は、「脆弱部門に対する労災の防止、現場の特性に合わせた関連法や制度の改善」、「企業が自律的に安全管理体系を構築していくための支援」である。
地域や業種に合わせた労災防止対策、建設業の安全管理支援、小規模事業所の支援対策、大企業と中小企業による共同の共生型安全衛生管理システムの構築支援、その他、ウェアラブル機器、ロボット等スマート安全装置・設備の開発、またそれらの小規模事業所への普及といった内容が含まれている。
その他、特殊雇用形態労働従事者(注2)、プラットフォーム労働従事者といった労災保険の死角地帯の解消、労災認定の迅速化、更には、法令改正あるいは指針・マニュアルを通じ、経営者の安全確保義務を明確化していくといった内容も盛り込まれている。
こうした対策により、企業が自律的な安全衛生システムを構築できるよう支援し、労災防止と死亡事故の削減につなげようとするものである。
(2)公正な労使関係の構築及び両性平等雇用の実現
「公正な採用を確立し、法と原則に基づいた労使関係を構築すること」、「脆弱層に対し普遍的な労働の権利を保護すること」、両性平等の雇用を実現すること、これらが課題目標として示されている。
具体的には、以下のような内容を含んでいる。定年退職者や長期勤続者の子女の優先採用を定めた労働協約の是正等公正な採用の立法化、公正な採用文化の普及、若年者アルバイトの賃金不払い問題の解決等脆弱層の保護の強化、全ての労働者が普遍的に持つ権利を保障するための制度の確立等である。また、特殊雇用形態労働従事者への育児休業の適用拡大、不妊治療のための休暇等仕事と家庭の両立支援策も含まれている。
以上の他、使用者による不当解雇や不当労働行為、また労働組合による違法スト等は法と原則に則り対処していくこと等も盛り込まれている。
これらの対策により、労働の価値が尊重される公正な労働市場が実現し、両性平等の雇用環境が整備され、出生率の低下をくいとめ、成長潜在力を向上させることが期待できる。
(3)労使の協力による共生の労働市場の構築
この課題については、「多様な労働時間制度の選択権を拡大し、職務、成果中心の世代共生型の賃金体系を普及していくこと」、「労使協議会を活性化し、共生と協力による労使文化を構築していくこと」が目標として掲げられている。
労働者の健康管理対策を講じながら、労働時間の総量管理、労働時間貯蓄口座制、専門職に対する労働時間規制の緩和、企業・業種の特性に合わせた多様な労働時間制度、在宅勤務やその他柔軟な働き方を推し進め、労働時間制度の選択の幅を広げていくことが主な内容である。
また、労使協議会における労働者委員の代表性と独立性の強化、元請け・下請けによる共同の労使協議会の設置・運営・活用の奨励、更には、世代共生型の賃金体系を普及していくための方策として、職務別・職業別賃金情報の提供といったことも含まれている。
これらの取組みを通じて、企業が求める賃金体系に改編していくための支援をするという内容となっており、これによって期待できる効果は次のとおりである。
労使の自律的な合意を通じて、労働時間の選択権が重んじられ、ワークライフバランスの文化が醸成されていく。労使の対話と合意により、自律的に問題解決に向かうという流れによって、共生と協力による労使文化が浸透していく。職務・成果中心の賃金システムが普及することによって、若年層の雇用が活性化し、中高年層の雇用安定が図られる。
(4)雇用事業の効果性の向上及び雇用サービスの高度化
ここでは、「休職者と求人企業の求めに応じたオーダーメード型の就職と採用の支援」、「雇用サービス事業の効率化と各種雇用事業間の連携、また専門性の向上による雇用サービスの高品質化」、「雇用事業の構造調整と評価による効果の向上」が課題目標として挙げられているように、雇用事業と雇用サービスの改善を目標としている。
求職者本人のキャリア開発ロードマップを土台とした職業訓練と職業あっせん等、本人の各段階に合わせたオーダーメード型のサービスをパッケージ方式で支援していくことや、求人企業に対しては、企業の類型により対応し、積極的な介入が必要と分類された企業には、採用支援をはじめ、各支援対策をパッケージで実施していくこと、また、AI等新技術を基に、オンラインサービス、マッチングシステム等サービスの高度化を推し進めるという内容である。
加えて、各種雇用事業におけるサービスとの連携を図るとともに、類似、重複する事業の統廃合と再編成を進め、効果の低い事業については縮小する等の雇用事業の構造調整を実施していく。
以上のように、休職者、求人企業に対するオーダーメード型のサービスを提供することによって、利用者の満足度が高まるとともに、各事業間の連携と協力によるワンストップサービスを通じて国民へのサービスの質が向上することが期待できる。
(5)雇用のセーフティネットの強化及び持続可能性の向上
本課題の目標は、「産業構造の転換に対応するための断絶のない労働移動の支援」、「雇用のセーフティネットの強化と相互義務の原則に基づいた失業給付システムの持続」である。
労働移動の支援と雇用のセーフティネットの強化に関しては、労働統計の分析機能を拡大し、構造転換が予見される産業・企業を早期段階で捕捉し、転換のための訓練を先制的に実行するための支援をパッケージで実施すること、雇用保険の適用対象を自営業者、農漁業者へ拡大していくこと、その他、退職年金制度の段階的義務化、老後の所得保障のための政策の整備、といった内容が含まれている。
失業給付システムの持続に関しては、給付金の反復受給の改善、失業認定の仕組みの改善、失業者の労働市場への早期復帰支援、といった内容が含まれている。
以上によって、産業構造転換過程における雇用安定と円滑な労働移動が期待できるとともに、失業した者も、失職した者も、引退した者も、再び就職活動に集中できる環境が形成される。
(6)全国民の生涯段階別職業能力開発と職場学習の支援
ここでは、「全ての国民に対し生涯にわたり必要な職業能力開発の機会を拡大していくこと、オンラインとオフライン、仕事と学習が融合した統合的な職業能力開発システムを構築していこと」が目標に挙げられている。
具体的には、学校から求職、在職から離転職等、生涯の各段階に応じ、必要な職業訓練プログラムを提供していくというもので、例えば、企業が求めるデジタル技術、新技術のための訓練を若年層に拡大し、早期段階で将来有望な分野への参入を支援していくことや、産業構造の転換に迫られた分野の従事者には、キャリア再設計、コンサルティング、訓練を早期に提供していく、というもの。また、キャリアが断絶した女性、中高年にはオーダーメード型の訓練を拡充していくことや、個人が受けた訓練や取得資格、それまでの経歴等の情報を管理する「職務能力銀行制」を活用していくとしている。
更には、メタバース、VR、AR等新技術を用いた遠隔訓練プラットフォームの構築、企業の実際のプロジェクトを基盤として行う訓練モデルの普及といった内容も含まれている。
こうした取組みにより、国民の誰もが生涯にわたり、各段階において必要な職業訓練プログラムを選択することができ、オンラインまたはオフラインによって、利便性の高い訓練に参加することが可能となる。
(7)中小企業・自営業者へのオーダーメード型職業訓練の支援強化
「中小企業在職者の職業訓練への参加促進及び企業や職業訓練機関の自律性の向上とイノベーションの創出」がここでの目標である。
主な内容は、現場の業務プロセスにマッチするようにカスタマイズされた訓練課程の普及、零細事業所の共同訓練の支援、企業それぞれの事情に応じてカスタマイズした訓練プログラムを設計する「能力開発専任担当主治医」の導入、プラットフォーム労働従事者や自営業者に特化した訓練の提供、である。
職業訓練機関については、中央統制による運営方式から脱却し、自律性を高め、革新的な訓練プログラムとなるよう質的な水準の向上のための支援をしていく。
以上によって、中小企業在職者、プラットフォーム労働従事者の訓練基盤が造成され、また規制改革が、訓練機関、訓練課程、訓練方式に多様性をもたらす効果がある。
注
- 大統領職引継ぎ委員会(本文へ)
- 個人が顧客から業務を請負う形で商品・サービスを提供し、所得を得ている者。訪問販売、宅配便運転手、保険外交員、家庭教師等の仕事に就くことが多い。(本文へ)
参考資料
- 大統領職引継ぎ委員会ウェブサイト
- 日本貿易振興機構(JETRO)ウェブサイト
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