女性支援をCOVID-19回復戦略の中核に
―ILO政策概説資料
2021年7月、ILOは政策概説資料「より公正で前向きな立て直し:新型コロナウイルスからの回復の中核における女性の働く権利と就労に関わる権利(Building forward fairer: Women's rights to work and at work at the core of the COVID-19 recovery)」を発表した。
資料は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による雇用危機では女性比率の高い産業が特に深刻な打撃を受けており、その傾向が長期化していることを指摘した上で、COVID-19回復戦略において女性支援に特化した政策の必要性を示している。
COVID-19雇用危機は女性に集中
COVID-19は男女両方に就業者数の大規模な現象をもたらしたが、女性の就業により深刻な影響を与えた。全世界の2020年の就業者数は、2019年に比べて、男性が3.0%(6000万人)、女性が4.2%(5400万人)それぞれ減少した(図)。
他方、深刻なCOVID-19危機から脱しつつある2021年の就業者数は、女性が3.3%(4100万人)、男性が3%(5900万人)それぞれ増加し、女性の増加率が男性を上回ると予測されている。
しかし、COVID-19前の就業者数と比較した場合、男性は2019年とほぼ同数になると予測される一方で、女性は2021年も回復せず、2019年より1300万人下回ると予測されている。2021年の女性就業者数は、12億7000万人と予測されており、男性は20億1900万人に到達するとみられる。なお、2021年の就業率は、女性は43.2%、男性は68.6%と見込まれている。
図:男女別就業者数の増減率(世界規模、前年同期比、%)
- 資料出所:ILO(2021)
雇用の質に関する男女差
就業者数の減少率は男女ともに激しかった。これは主にサービス業や製造業といった産業がロックダウンの影響を受けたためである。これらの産業では女性比率が高く、またインフォーマル就業(法的枠組みで保護されず、社会的な保護を十分に受けていない就業者)であることが多い。加えて、家庭内の無給のケアワーク(家事、育児、介護など)が女性に偏っていたことも女性就業者数が減少した要因として指摘されている。
パンデミック期間中、多くの高賃金の仕事がフルタイムのテレワークに移行可能であったが、女性が多く就業する低賃金の仕事(小売、販売、旅行・宿泊・飲食、介護のような顧客や患者との対面が必要な仕事)はテレワークができなかった。
雇用の質の男女差はCOVID-19 パンデミック以前から存在している。女性が多い仕事の特徴として、暴力やハラスメント、労働安全衛生上の高リスクや、低賃金、長時間労働、キャリアアップの制限などが挙げられる。それらに加えて、パンデミックの発生により、女性労働者に対するレイオフ、大幅な労働時間短縮、労働条件の悪化がみられた。また、女性と同様に、移民労働者、民族的・人種的マイノリティ、高齢者、障がい者、HIV/AIDSと生きる人々にも雇用の質の低下がみられた。
各国で実施された女性支援に特化した政策
COVID-19関連の措置は、特に先進国では前例のない規模だったが、女性の雇用維持、再就業支援、労働条件および仕事の質の向上といった女性支援に特化した措置はあまり実施されなかった。ただし、パンデミック期間中に女性の失業を防ぐ措置を講じた一部の国では、女性の就業状況がかなり改善している。
女性の再就業支援策として、チリやコロンビアでは女性新規採用者に対する補助金の支給率を高く設定した。コロンビアやセネガルなどの国は女性起業家への支援を新設、強化した。またメキシコやケニアなどでは、公共雇用プログラムを拡充して、直接的な雇用を創出する場合の女性定員数を確保した。
COVID-19危機対応として、女性比率の高い部門に資源を割く政策は、相対的に少数しか実施されなかった。女性支援に特化した雇用創出的な回復政策には、女性比率の高いケア産業(保育や介護などの保健医療、社会福祉事業、教育分野など)への投資が必要となる。ケア産業への投資は、女性のディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の創出にポジティブな影響を与え、間接的に男性にとっても良い影響を与えることから、回復戦略の重要部分となる可能性がある。
最低賃金引き上げは男女の賃金格差解消に有効
また、この資料は、賃金分布の下部で女性の割合が高いことから、日本を含む一部の国の最低賃金の引き上げは男女の賃金格差の解消に貢献していると言及している。日本では、2021年度の最低賃金全国加重平均額は930円(前年比28円増)となっている。
COVID-19危機からの回復には女性支援政策が不可欠
ILOは、「より公正で前向きな立て直し」として、第109回ILO総会で2021年6月に決議された「新型コロナウイルス危機からの人間を中心に据えた回復のための包摂的かつ持続可能で強靱な行動に対する世界的呼びかけに関する決議文書(注1)」の内容に沿って、COVID-19危機からの回復努力の中核政策に男女平等を据えることを提案している。パンデミックの影響による女性就業者数の大幅な減少に焦点を当て、女性のディーセント・ワークの実現と労働市場への再進出のために、女性支援に特化した政策努力を行う必要があると指摘し、緊急の政策措置には以下の点が必要だとしている。
- 包括的で雇用創出的な回復のために、女性支援に特化した就業政策を実施する。雇用維持や雇用創出といったマクロ経済刺激策や、ロックダウン措置などによって影響を受けた部門、特に女性比率が高い部門への支援の継続などが必要とされる。さらに、女性の労働市場への再進出を支援するためには、積極的労働市場政策(職業相談、訓練を通じた再就業支援)(注2)を継続する必要がある。これらの政策の資金は、優先的に確保する必要がある。
- ケア産業に投資する政策を打ち出す。さらに、産休・育児休暇に関する政策や柔軟な働き方の促進は、就業の機会の男女平等を達成する可能性も期待できる。
- 女性就業者の高いインフォーマル就業率にみられるように、現在社会保護の適用範囲には男女差が存在する。これを解消するために、全ての人に対して包括的かつ十分で持続可能な社会保護へのユニバーサルなアクセスを実現させる。
- 同一価値労働同一賃金(注3)の導入を促進する。また、十分な額の最低賃金は、インフォーマル就業の女性にも恩恵をもたらすと推測される。
- 仕事の世界におけるジェンダーに基づく暴力やハラスメント、家庭内暴力を防止・保護する。
- 意思決定機関や社会対話、ソーシャル・パートナー(労使)の諸機構へより多くの女性の参加を促す。
注
- 「新型コロナウイルス危機からの人間を中心に据えた回復のための包摂的かつ持続可能で強靱な行動に対する世界的呼びかけに関する決議文書(Resolution concerning a global call to action for a human-centred recovery from the COVID-19 crisis that is inclusive, sustainable and resilient)」 は第109回ILO総会において採択された。回復を前進させるための各国政府、使用者、労働組合が講じるべき措置をまとめた第一部と、回復戦略におけるILOを含む多国間機関の役割および国際協力についてまとめた第2部で構成されている。 (本文へ)
- 積極的労働市場政策(active labour market policies)とは、公共職業安定所や職業訓練施設等を利用し就職相談や職業訓練を実施することにより、失業者を労働市場に復帰させる政策。(本文へ)
- 同一価値労働同一賃金(equal pay for work of equal value)は同一労働同一賃金(equal pay for equal work)とは異なる。同一労働同一賃金は男女が同一またはほぼ同一の仕事をしている場合に、同一の報酬を受けるべきとするのに対して、同一価値労働同一賃金では、男女が異なる職務、条件で働いていたとしても職務全体の価値が同一であれば同一の報酬を支給するべきという概念である。(本文へ)
参考資料
- ILO資料 ILO Policy Brief Building Forward Fairer: Women’s rights to work and at work at the core of the COVID-19 recovery
- ILO (19/07/2021) Gender equality: Fewer women than men will regain employment during the COVID-19 recovery says ILO
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