「衛生パス」の適用拡大
 ―一般公開施設の従業員のパス取得義務化

カテゴリー:労働法・働くルール労働条件・就業環境

フランスの記事一覧

  • 国別労働トピック:2021年10月

新型コロナ感染者の減少に伴い、営業や行動の規制が段階的に緩和され、ワクチン接種済み、あるいはPCR検査陰性証明等に基づく「衛生パス(Pass sanitaire)」の携帯を条件として、大人数のイベントへの参加を認める措置が取られた。その衛生パスの適用範囲を拡大する法案が2021年7月25日に国会で可決され、8月9日から運用されることになった。

レストラン営業解禁とパス携帯義務化

フランスでは、新型コロナウイルス感染者の減少に伴い、段階的に防疫措置が緩和されてきた。5月3日からは国内移動の制限が撤廃された。5月19日からはレストランのテラス席の営業が解禁され、6月9日以降は店内での料理の提供が認められた。この6月9日以降、最大5000人までのコンサートやスポーツ試合などイベントの開催が認められたが、1000人以上が集まる場合は、参加者に「衛生パス」の携帯および提示が義務付けられた。衛生パスとは、①ワクチン接種証明、②PCR検査または抗原検査の陰性証明、③感染した者が回復を証明する検査の陽性(感染)証明のいずれかである(注1)

パスの提示義務対象の拡大

デルタ株の感染拡大を受けて政府は、衛生パスの携帯・提示義務対象を拡大することを決定した。まず、7月21日以降、50人以上が集まる娯楽・文化施設へ入場する際、パスの携帯・提示が義務付けられた。具体的には、50人以上を収容できる劇場やテーマパーク、動物園、コンサートホール、スポーツ施設、カジノ、宗教施設、映画館、美術館、図書館(但し、大学の図書館は除く)、展示会、宿泊を伴う船舶などである(注2)

パスの提示の拒否あるいは提示できない場合には135ユーロの罰金

警察に衛生パスの提示を求められたにもかかわらず、それを拒否あるいは提示できない場合には、135ユーロ以上の罰金が科される可能性がある。パスの不正使用の場合には135ユーロの罰金、30日間に3回以上不正使用の場合には6カ月間の禁錮または3750ユーロの罰金が科される。また、パスの提示が必要な施設の管理者が入場者のパス携帯の確認を行わなかった場合には、1000ユーロの罰金が科され、事業所の一時的な業務停止を命令することもある。確認義務違反が繰り返された場合は1年の禁錮や9000ユーロの罰金刑に処せられる場合がある(注3)

外部の者が入ることができる施設の従業員のパス所持義務化

政府は、一般公開施設(ERP)の従業員に対する衛生パスの所持義務化措置も決定した。一般公開施設とは、外部の者が入ることのできる建物である(居住用の建物は除く)(注4)。入館の際に有料か無料か、入館の許可が必要か否かなどは問われない。従業員のみしか入れない建物は一般公開施設ではないが、顧客の来訪があるオフィスビルなどは含まれる。病院や老人ホーム、保育所、劇場や展示場、商店・ショッピングセンター、レストラン、ホテル、学校などの教育施設、図書館、銀行や行政機関など、顧客や市民の来訪が可能な場合は一般公開施設に含まれる。

一般公開施設で就労する従業員に対するパスの所持義務化の実施は、ワクチン接種の猶予期間をとるため8月30日からとなった(注5)。従業員が就業時間中にワクチン接種を受ける場合、外出許可を得ていれば賃金は減額されない。

8月30日以降は、一般公開施設の従業員がパスを所持していない場合、雇用形態が無期(CDI)、有期(CDD)に関わらず、雇用主は労働契約を中断することができる(注3参照)。雇用契約が中断している間、労使合意により有給休暇を消化する場合を除いて、賃金は支払われない。この中断が3日を超えた場合、雇用主は当該従業員と面談を行い、ワクチン接種を促したり、パスの所持が義務付けられていないポスト(外部との接触のない部署)への一時的な異動等を検討することになる。パスを取得するか、パスの義務付けられていないポストに就いた時点で、雇用契約は再び有効となり、賃金支給も再開される(注3参照)。

医療・介護従事者、消防・救急隊員のワクチン接種義務化

医療・介護従事者や病弱な者や高齢者と接する機会が多い者(消防・救急隊員や訪問介護従事者など)のワクチン接種の義務化も決定した(注5参照)。ワクチン接種義務対象者が未接種の場合、8月7日以降、陰性証明の提示で業務に従事できるが、9月15日以降に業務を継続するためには、ワクチンを接種しなくてはならない。ただ、ワクチン接種が1回の場合、陰性証明の提示で10月14日までは業務に就くことが可能である(注3参照)。ワクチンを接種しない場合は、雇用契約が中断し賃金が支払われなくなる。ただし、ワクチン接種拒否を理由に解雇することはできない。

抗議活動に全国で20万人参加

衛生パスの適用拡大やワクチン接種の義務化に対する反対意見も少なくない。マクロン大統領による7月12日の発表後、毎週土曜日に抗議活動が各地で実施され、7月31日には全国で20万人以上が参加した(注6)。参加者は、政府が国民を監視することによりワクチン接種者と非接種者を差別的に扱うため、衛生パスの適用拡大は社会を分裂させるものである上、膨大な費用を要することに対して抗議している(注7)。ワクチン非接種を理由として従業員の賃金支給を中断することは雇用差別であり、国民の公共の場へのアクセスや患者の通院を拒否する措置には問題があるとして政府を非難している(注8)

消防・救急隊員の労働組合は、ワクチン義務化は個人の自由や平等を侵害するものだとして、ストライキを呼びかけ、ワクチンの義務化の撤回とワクチン非接種の職員の雇用契約継続を要求している(注9)

抗議活動は国民からの賛同を得られず

8月2日から3日にかけて実施された世論調査によると、抗議活動に賛同する者の比率は37%に過ぎず、賛同しない者は48%であった(注10)。当初73%の国民の賛同を得ていた2018年秋の黄色いベスト運動と比べると、大きな支持を得ているとは言えない。また、過半数の国民は、カフェ・レストランの入店時や長距離移動の公共交通機関を利用する場合に、衛生パスを提示することに何ら支障はないと回答している。さらに、61%の国民は、医療関係者だけでなく、全ての国民(子供は除く)にワクチン接種を義務付けることに賛意を示している(39%は反対)。

憲法評議会は条文の一部削除を求めるも合憲との判断

衛生パスの適用拡大などを盛り込んだ法律は、国会での審議を経て2021年7月25日に成立した。しかし、120人の上院議員と74人の国民議会議員がこの法律を違憲であるとして、憲法評議会に審査を求めた。パスの適用拡大は、憲法が保証している移動の自由だけでなく、通常の社会生活の自由に抵触していることなどを審査が必要な理由として挙げている(注11)

憲法評議会が発表した8月5日の決定によると、衛生パス制度は「自由」と「公衆衛生(国民の健康の維持)」の間でバランスが取れた制度であると見なし、法律が合憲であるとの判断を下した(注12)。医療機関に関して救急の場合は除外している点、一部の商店への衛生パスの適用に関して、生活必需品の購入アクセスを認めている点、さらに、衛生パス制度がワクチン接種者、感染歴があり免疫を持つ者、検査で陰性だった者の間で区別をしておらず、ワクチンを強制するものではないと言えると点について評価している。

ただ、雇用主に対して衛生パスの取得に応じない有期雇用契約の従業員および派遣の労働契約を破棄、すなわち解雇することを可能とする条項は無効と判断し削除された。無期、有期の雇用契約の違いで異なる扱いをする条項を不平等と見なしたためである。なお、国会で審議された法案では、無期雇用契約の労働者の解雇の可能性を認めた条項が含まれていたが、国会審議の過程で削除された(注13)

この憲法評議会の判断を受け、衛生パスの適用拡大は、予定通り、8月9日から実施されることになった。

なお、衛生パスによる制限措置は、11月15日を期限とする医療非常事態宣言に依拠して導入されたが、この医療非常事態宣言が2022年7月まで延長する法案が10月13日に閣議決定され、11月15日以降も衛生パスによる制限措置は適用が継続される見込みである。

(ウェブサイト最終閲覧:2021年10月14日)

参考レート

関連情報