ワクチンの生産・普及、継続的支援が必要
―OECD「経済見通し2021」
OECD(経済協力開発機構)は2021年5月、「経済見通し2021(Economic Outlook 2021)」を発表した。OECDは本報告書において、世界経済の見通しは改善しているものの、新型コロナウイルスの変異など多くの不確実性が伴うため、ワクチンの生産・普及や企業・個人に対する支援の継続などが必要であると述べている。以下、報告書の概要を紹介する。
世界経済の見通しは改善したが、各国間に差異
パンデミックによる経済的混乱の規模は多くの国で非常に大きかったため、回復は長期にわたると予測される。2020年のGDP成長率は世界全体でマイナス3.5%、OECD諸国でマイナス4.8%と、世界金融危機時よりも大幅な低下が見られた。特に一部のヨーロッパ諸国と新興国では、パンデミック抑制のための課題や旅行・観光の重要性を反映して、GDPが急減した。その他の国々(多くのアジア太平洋諸国を含む)では、ウイルスの蔓延を抑制・排除するための強力かつ効果的な公衆衛生対策と、中国の急速な回復による地域の活性化に支えられ、GDPの減少は軽度にとどまった。
効果的なワクチンの漸進的な導入、マクロ経済政策の継続的な支援などにより、世界経済の回復の見通しは改善している。世界全体のGDP成長率は2021年に5.8%、2022年には4.4%まで上昇すると予測される(表)。OECD諸国のGDP成長率はアメリカの力強い回復に牽引され、2021年に5.3%、2022年に3.8%となる予測だ。中国をはじめとする一部の国のGDPはすでにパンデミック前の水準を超えており、2021年半ばには世界全体およびアメリカのGDPも同様に増加すると考えられる。他方、その他の国々(多くのヨーロッパ諸国を含む)は、よりゆっくりと回復している。
今後の動向と見通しは、経済圏によって大きく異なる。日本の回復は鈍化しており、2021年第1四半期もGDPが減少した。強い外需が製造業を支えているが、公衆衛生対策は個人消費とサービス産業の活動を抑制している。経済全体はワクチン普及の加速に伴い、2021年から2022年にかけて徐々に回復し、GDP成長率は2021年に2.6%、2022年に2%上昇する予測だ。財政支出は2021年と2022年に徐々に引き締められる予定だが、強力な公共投資と外需は、家計支出の増加とともに、経済活動を支えるのに役立つと見られる。
2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | |
---|---|---|---|---|
世界全体 | 2.7 | ▲3.5 | 5.8 | 4.4 |
G20 | 2.8 | ▲3.1 | 6.3 | 4.7 |
OECD諸国全体 | 1.6 | ▲4.8 | 5.3 | 3.8 |
アメリカ | 2.2 | ▲3.5 | 6.9 | 3.6 |
ユーロ圏 | 1.3 | ▲6.7 | 4.3 | 4.4 |
日本 | 0.0 | ▲4.7 | 2.6 | 2.0 |
非OECD諸国全体 | 3.7 | ▲2.3 | 6.2 | 4.9 |
中国 | 6.0 | 2.3 | 8.5 | 5.8 |
インド | 4.0 | ▲7.7 | 9.9 | 8.2 |
ブラジル | 1.4 | ▲4.1 | 3.7 | 2.5 |
- 出所:OECD公表データより筆者作成
- 注:1.世界全体の予測値(2021、2022年)は、基準予測のもの。
- 2.インドは会計年度。
世界の実質所得は2022年末時点で、危機がなかった場合に比べ、約3兆ドル減少すると予測される。韓国とアメリカはすでにパンデミック前の所得水準に戻っているが、多くのヨーロッパ諸国では回復にさらに1年かかり、メキシコや南アフリカでは3~5年かかる可能性がある。
労働市場は徐々に回復するが、回復ペースにばらつき
労働市場の状況は徐々に改善すると予測される。OECD諸国全体の失業率は、2021年第1四半期の6.8%弱から、2022年中に約1ポイント低下する予想だ。多くの国で失業率は危機以前の水準を上回り、労働市場の停滞が続くため、2021年から2022年における賃金上昇は抑制される。ただし、就業率は着実に回復し、OECD諸国では2021年から2022年にかけて1.8ポイント程度の上昇が見込まれる。アメリカでは、「アメリカン・レスキュー・プラン(American Rescue Plan)」の推進により2021年に力強い雇用創出が見込まれ、2022年第1四半期までの1年間で、就業率は3.5ポイント以上上昇し、失業率は1.5ポイント低下すると予想される。ユーロ圏と日本では、政策支援により雇用が維持されていることを反映して、就業率の回復は小幅となる予測だ。
2022年のOECD諸国の就業率の中央値は、依然として2019年末時点を下回ると見られるが、国によって回復ペースにばらつきがある。危機前に就業率が比較的高かった国では、就業率が完全に回復する一方、危機前の就業率が比較的低かった国では、パンデミック前の水準を大きく下回ると予測される。また、アメリカを含む多くの国で、労働参加率は2022年末時点でパンデミック前の水準を下回る予測である。こうした違いは産業構造を反映している部分もあるが、多くの国で労働市場の活性化と雇用創出を改善するための改革を強化する必要性を示している。
見通しの不確実性 ―2つの予測シナリオ
上記の基準予測に加え、ウイルスの変異、家計消費の節約などに関して2つの予測シナリオがある。世界中で効果的なワクチンの普及がより早く進み、ワクチン接種が完了する前にウイルスを抑制するためのより効果的な取り組みが行われた場合の上振れシナリオでは、世界のGDP成長率は2021年に約6.5%、2022年に5.8〜6%となる見込みである。一方、ワクチンの生産・普及のスピードがウイルスの感染拡大や変異株の出現を防ぐのに十分でない場合の下振れシナリオでは、世界のGDP成長率は2021年に5%、2022年に3%になる可能性がある。
OECD諸国全体の民間消費支出は2021年に約5.5%、2022 年に4.8%増加する予測だ。2020年の過剰貯蓄の蓄積は、世界全体のGDPを上振れシナリオに押し上げる可能性がある。2020年の家計の可処分所得の減少幅はGDPの減少幅よりも少なく、政府支援により可処分所得が増加した国もあった。しかし、多くのサービス消費が制限された結果、家計の貯蓄率はほとんどのOECD諸国で過去最高に上昇した。これらの過剰貯蓄のわずか10分の1を2021年の追加的な民間消費に充てるだけでも、G7諸国とユーロ圏全体で、GDP成長率を0.3~0.8ポイント程度押し上げることができる。
コロナ危機は、企業の収益性と財務レバレッジ(自己資本の何倍の大きさの総資本を事業に投下しているかを示す)にも悪影響を与えた。影響の大きさは、産業や企業の種類によって大きく異なる。例えば、エネルギー産業や、ホテル・レストランなどの接触型消費者サービスを営む企業では、2020年度に収入と利益が大幅に減少した。一方、ソフトウェア・サービス、医薬品、ヘルスケア、小売業を営む企業は、同時期に収入と利益が大きく拡大した。OECD諸国の雇用の大部分を占め、接触集約型の産業に多く存在する中小企業の状況は、かなり不確実である。中小企業の流動性とソルベンシー(財務健全性)の問題は大企業よりも大きく、近い将来に多数の倒産が発生する可能性がある。
ワクチンの生産・普及、継続的支援が必要
1)ワクチンの迅速な生産と普及
政策の最優先事項は、ワクチンの迅速な生産および普及である。世界中で手頃な価格のワクチンを十分かつタイムリーに入手できるようにするためには、各国の政策努力に加えて、世界規模での協力と資金援助が必要である。低所得国にワクチンや医療機器を提供するために必要な資源は、より強力で迅速な世界経済の回復から得られる利益に比べて小さいものである。また、政府は検査、追跡、隔離プログラムを効果的に運用し、感染者数のさらなる急増を抑えるために十分な資源を確保する必要がある。
2)財政・金融政策支援の継続
労働市場が停滞しており持続的な物価上昇の兆候が限られている間は、財政および金融政策の支援を維持する必要がある。経済が依然として脆弱であり、封じ込め措置やワクチン接種のペースによって成長が妨げられている間は、早急かつ突然の支援撤回は避けるべきである。このような諸政策を効果的に組み合わせたポリシーミックスは、各政策の相乗効果を最大化し、長期にわたる傷跡のリスクを最小化することで、財政の持続可能性を支える。また、個人や企業に対する政府の支援は維持されるべきだが、封じ込め措置の影響を依然として受けている産業のみに的を絞る必要がある。
3)構造改革
コロナ危機の悪影響を緩和し、将来的なショックに対する回復力を高め、持続可能で包括的な成長の見通しを実現するために、構造改革の取り組みを強化する必要がある。今回の危機では、労働力と資本の再配置が必要になると思われるが、その程度は不確かである。社会的距離やそれに伴う消費者の嗜好の変化の影響を最も受ける一部の産業は、危機後、恒久的に規模が縮小する可能性がある。リモートワークへの永続的なシフト、出張の減少、サービスのデジタル提供の増加は、利用可能な仕事の組み合わせや職場を変える可能性がある。こうした潜在的な変化は、長期にわたる低成長、機会と成果へのアクセスの不平等の拡大、デジタル化と気候変動の長期的な課題への適応の必要性など、以前から存在していた問題を浮き彫りにしている。
参考資料
- OECD資料 OECD Economic Outlook, Volume 2021 Issue 1
- OECD (31/05/2021) OECD sees brighter economic prospects but an uneven recovery
参考レート
- 1米ドル(USD)=110.20円(2021年9月1日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
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