コロナの影響で就業が困難となった農民工への支援に関する政府の意見

中国の労働者には、都市戸籍者と農民戸籍者が存在するが、農民戸籍を有する労働者の多くは「農民工」とよばれ(注1)、製造業での生産活動、建設業の現場、サービス業の現場等で仕事に就くものが多く、今回の新型コロナウィルス感染拡大による生産活動の停止や経済活動停滞の影響を直接的に受けている。

また、中国の経済停滞は、コロナに加え、米中貿易競争の影響も大きく作用し、相次ぐ中小企業の倒産や外資企業の中国離れなどの悪条件が重なり、農民工の就職、失職や再就職など就業状況は今までになく深刻なものとなっている。

そうした農民工の雇用の確保と保障による安定を図ることは、政府にとって経済停滞からの脱出のための重要なファクターである。そこで、人力資源と社会保障部などの15部局が、2020年8月6日、「当面農民工就業起業を徹底的に行うことに関する意見」(注2)(以下:「意見」)を公布した。

その主な内容は、農民工向けの雇用安定と雇用創出の対策、帰郷のため一旦職を離れた農民工(返郷農民工)の就職支援策、行政主導の就職支援サービスと農民工労働保障権益保護の強化を図るというものである。

以下では、「意見」の内容を農民工の就業概況を交えながら説明する。

雇用の創出と安定のための対策

政府は、減税や社会保険料の減額、失業保険料金の返済、農民工の技能開発支援としての「以工代訓(注3)などの政策により、企業(特に中小零細企業)が農民工の解雇など人員削減防止対策を講じることを奨励している。また、経営維持が難しい国際貿易に関連する企業を支援し、輸出向け商品の国内向け販売への転換を支援することで内需の活性化を図るとともに、宿泊・飲食業、卸売・小売業、文化観光業、および家政サービスなどサービス産業を中心にコロナ感染拡大の影響を大きく受けた業界への支援策を強化することで、農民工の雇用の確保と安定を最大限に図ることを政府は強調する。

また、新規雇用創出の重要性も強調しており、新規雇用創出促進のためのインフラ整備を優先プロジェクトとして掲げ、その対象として、生活関連サービス、労働集約型産業の発展への取り組みを行うことで多くの農民工を雇用する産業の振興を奨励する。

「意見」では、企業における労働者の雇用形態と活用の柔軟性にも言及し、フルタイム以外にも、パートタイムや臨時雇用、季節的な雇用など、様々な就業形態を通してフレキシブルな就業の実現を強調している。

さらに、都市戸籍の労働者と農村戸籍の農民工の雇用を平等に扱い、労働力市場(主に農民工など現場労働者の労働市場のこと。日雇い、臨時雇い、アルバイトを含む。)(注4)を発展させ、企業求人情報プラットフォームを拡大すると主張している。 すなわち、農民工も、ライブ配信とEC(ネット通販)を掛け合わせたサービスであるライブコマースや宅配配送などの新業界への就職を可能にすることで、農民工が収入増加出来るように支援していく。また、個人で事業を営み、特色のある店舗や事業所を開業する農民工には税金優遇などの措置を与える。

返郷農民工への就職支援

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、春節後に都市部への移動が困難になり、農村部に留まり就職することを余儀なくされた農民工が増えたが、それ以外でも、一旦都市部に戻ったものの、都市部企業の業務再開の動きが停滞したため都市部での就職ができず、再び故郷に帰らざるを得なかった農民工も相当数いる。

彼らを「返郷農民工」と呼ぶが、大量の返郷農民工が農村部に残り、仕事も収入もないままでいる現状がある。この問題を解消するために人力資源と社会保障部は、2020年3月に、返郷農民工が居住地の近くで就職や起業が可能となるよう支援対策を打ち出した。

2020年9月の記者会見(注5)で公表された数値によると、新型コロナウィルス感染拡大以降7月までに政府の支援策を受け、故郷で就職や起業が可能となった返郷農民工数は1300万人に達している。今回の「意見」でも、引き続き返郷農民工に対する就職や起業などの支援策を強調している。

具体的には、特色ある農業栽培や養殖、農林水産品の加工と物流、農村暮らしをレジャー化する観光などの新しい発想による産業展開を支持・開発することにより、返郷農民工の雇用の場を確保を支援することであり、さらに、農村部中小企業基礎施設建設の強化、震災後復旧・復興の加速化、「以工代赈(注6)の拡大、建設プロジェクトの着工を推進拡大するというものである。また、事業者は農民工への労働報酬の給付資金比率を10%から15%に引き上げ、返郷農民工の雇用確保と生活の安定を図ることを強調している。

返郷農民工の起業については、専門家のコンサルティングや起業指導サービスの提供、税金などの減免、起業補助金、起業融資の担保およびファイナンスディスカウントなどの措置を支援として与える。返郷農民工が起業し、企業の正常な運営が1年を超えれば起業補助金を一括支給し、6カ月以上の場合にはその50%の支援金を優先的に申請に応じて支給するというものである。

行政主導の就職支援サービスと農民工労働保障権益保護

政府は、農民工の権益保護のために、就職支援サービスの徹底をはかるほか、職業訓練や職業訓練給付金の支給など農民工が企業ニーズに見合ったスキルを身につけ、有利に就職できるよう施策を講じるほか、生活面での支援措置を行うことも明らかにしている。

(1)就職支援サービス

地域での行政主導による就職支援サービスを行う。具体的には、地域を跨いで求人情報を収集し、オンラインなど複数ルートを利用して求人情報を提供する。農民工向けの就職説明会、当該地域の求人情報の提供を行うほか、他地域で就職しようとする農民工へ手厚い詳細な情報サービスを提供する。失業者の場合、農民工失業者の失業登録は戸籍登録地だけでなく、常住地、就職先、社会保険の加入先でも可能として、職業紹介、職業訓練など基本的な公共就職サービスを無料で受けることができるようにするというものである。

また、中高齢者、身体障がい者、長期的な失業者などの就職困難者にも就職支援範囲を拡大し、重要な支援対象として扱う。

(2)職業訓練の実施と職業訓練給付金の支給

職業教育訓練の強化はあらゆる側面から必要とされるが、企業が新規に農民工を雇用した場合には、前述の「以工代訓」による雇用安定を目指す。農民工失業者が就職できる仕事に就くための必要な職業訓練や需要の高い人手不足分野の職業訓練を重点的に展開する。また、返郷農民工に対してもその地域で職業転換訓練と起業教育などを積極的に実施し、農民工が職業訓練をうけた地域で職業訓練受講給付金等の支援金の受給も可能となるようにする。

労働者の権益保護については、まず、労働報酬に関する労働紛争処理を強化する。すなわち、企業に対して労働者の雇用を促すと同時に、農民工の労働保障権益の保護を強化する。悪質な賃金不払いなどの違法行為に対しては企業に厳罰を与え、農民工に法律的な援助を提供する。

そして、新型コロナウィルス感染拡大により湖北省などの深刻な影響を受けた地域からの農民工に対しての就職差別を徹底的に是正する。

(3)農民工失業者への生活保障

農民工失業者には失業保険金、失業補助金、生活補助金の一括支給、あるいは臨時生活給付金などの失業保障待遇を与える(注7)。新型コロナウィルス拡大の影響により職場復帰を果たすことができず3カ月連続して収入がない者、生活困難者で失業保険に加入していない者、生活保護の基準に当てはまらない者の場合には、勤務地あるいは常住場所の地方政府により臨時給付金を一括で給付する。

参考資料

  • 中国政府網、中国新聞網、人民日報、人力資源と社会保障部

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