「ギグ・ワーカーは個人請負」
 ―カリフォルニア州住民投票で賛成多数

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  • 国別労働トピック:2020年11月

カリフォルニア州で11月3日、ウーバー・テクノロジー社(以下「ウーバー社」)など、いわゆるプラットフォーム企業で運転や配達などの業務に従事する「ギグ・ワーカー(注1)」の法的地位をめぐる住民投票が行なわれ、「個人請負(independent contractor)」として扱う提案(法案)への賛成が多数を占めた。同州では今年1月1日に「個人請負」の定義を厳格化し、労働法により雇用労働者としての権利を保護できる者の範囲を拡大する改正労働法典(AB-5法、通称「ギグ法」)を施行していた。だが、同法施行後もウーバー社など主要企業は個人請負として扱う方針を堅持。州や市の司法当局などが訴訟を起こすなかで、ギグ法に対抗する法的措置を求めて住民運動の実施を主導する事態になっていた。ギグ・ワーカーの法的地位をめぐる争いは全米各地で生じており、今回の住民投票の与える影響が注目されている。

「ギグ法」の施行

カリフォルニア州で1月に施行された「ギグ法」は、個人請負の定義を厳格化し、これに当てはまらない労働者を労働法による保護の対象にすることを目的としている。「個人請負」と分類するには、(1)契約上も実際も、業務手法について使用主体から管理や指示を受けていない、(2)使用主体の通常業務の範囲外の職務に従事している、(3)遂行した業務と同じ性質の独立、確立した仕事に、慣習的に従事している、という3つの条件(ABCテスト)を満たさなければならない(表1)。

表1:カリフォルニア州「ギグ法(AB-5法)」による個人請負の定義
○契約上も実際も、業務手法について使用主体から管理や指示を受けていない。
○使用主体の通常業務の範囲外の職務に従事している。
○遂行した業務と同じ性質の独立、確立した仕事に、慣習的に従事している。

これに当てはまらない者は、雇用労働者として扱わなければならず、使用者は労働者保護の各種義務を負う。具体的には最低賃金や有給病気休暇、傷害保険、健康保険、失業保険、超過勤務手当などの対象となる。

「コロナ禍」の苦境

新型コロナウイルスの感染拡大の中で、プラットフォーム企業のビジネスモデルのうち、配車(ライドシェア)事業の需要が激減。一方で料理・食品などのデリバリーサービスを利用する人は大幅に増加している。

ウーバー社の2020年第2四半期(4~6月)の業績を見ると、配車サービスなどのモビリティ事業の収益(調整後純利益)は前年同期比で66%の減少を記録。これに対し、「ウーバー・イーツ」で知られるデリバリー事業では162%増加した。ただしデリバリー事業の収益増加はその赤字幅を縮小したものにとどまり、配車サービスでの減収を補うに至っていない。

こうした中、配車ドライバーを雇用労働者に「分類」し、失業保険料などの負担を増やすことは、会社にとってさらに困難な環境にある。カリフォルニア大学バークレー労働センターの推計によると、ウーバー社とリフト社が2014~19年に、個人請負を雇用労働者に分類していた場合、両社には失業保険料だけでも合計4億1300万ドルを支払う義務が生じていた。

ウーバー社などを違法と提訴

1月のギグ法施行後も、サービスの担い手である雇用労働者を個人請負に「誤分類」する対応が改善されていないとして、カリフォルニア州やロサンゼルス市などの司法当局は5月5日、ウーバー社とリフト社に対し、損害賠償などを求めて州上級裁判所(一審)に提訴した。原告側は「両社は誤った分類により、不公平で違法な競争上の優位を獲得している」として、不正競争防止法に基づき、ドライバー1人につき2500ドルの罰金を両社に科すことなどを訴えた。さらに6月24日には、「誤分類」の仮差し止め命令を出すよう要求した。

8月5日には同州労働委員会が、両社にドライバーへの賃金補償などを求める訴訟を起こしている。

州上級裁判所は8月10日、原告の主張を認め、「誤分類」の仮差し止め命令を発効し、10日以内の履行を両社に求めた。両社は発効期限の延長を求め、認められなければ同州でのサービスを一時停止すると声明。これを受けて州の控訴裁判所は同21日、控訴審での審理中は従来の方法でサービスを提供することを容認する命令を出し、仮差し止め命令の発効を延期した。控訴裁判所は10月22日、一審の判決どおり原告勝訴の判決を出した。

住民投票で対抗

こうしたなか主要企業は、大統領選挙の日に合わせ、「アプリベースのドライバーとサービスの保護法・提案22(Protect App-Based Drivers and Services Act, Proposition 22、以下「提案」)の導入を求める住民投票の準備を進めた。ドライバーを雇用労働者にして「ギグ法」を適用するのではなく、個人請負の地位を維持し、新規立法で保護措置を講じようとする提案だ。

ウーバー社、リフト社のほかインスタカート社、ポストメイト社、ドアダッシュ社も加わり、住民投票の実施に必要な62万通を超える署名を集め、実施にこぎつけた。ブルームバーグ通信によると、これらの企業は住民投票の実現と勝利のため、2億ドルを超える規模の資金を拠出している。

「提案」の内容は、個人請負として自由に働くアプリベースのドライバーを保護するための措置として、(1)少なくとも最低賃金の120%の時給を支払うことや、(2)6時間連続でアプリへの接続をオフにしない限り、24時間のうち12時間を労働時間の上限とすること、(3)四半期の週平均で15時間以上(アプリ接続中の待機時間を含まず)働く者の健康(医療)保険料を負担すること、(4)仕事中の怪我や病気に対処するため傷害保険に加入すること、(5)サービス遂行時の走行距離1マイルあたり30セントを支給すること、(6)カリフォルニア州の市民権法(Unruh Civil Rights Act)に基づく差別を禁止すること、などを盛り込んでいる。

また、個人請負の独立性を確保する条件として、会社がドライバーに(1)特定の日時に働くことや会社のアプリケーションに接続する最小時間数を一方的に規定しない、(2)他社のサービスを提供することを制限しない、ことなどをあげている。

ウーバー社などが主導する提案支持団体「Yes on Proposition 22」は、「ライドシェアやデリバリーサービスのプラットフォームは、新型コロナウイルス感染拡大で収入や仕事を失って苦しむカリフォルニア州民に、収入を得る機会を提供している。ギグ法は、ドライバーの働き方の柔軟性や独立性を排除する恐れがある」と主張。先述の資金をもとに積極的な宣伝活動を展開した。

労組の主張

米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)傘下のカリフォルニア労働者連盟(CLF)やサービス従業員国際労働組合(SEIU)カリフォルニア州評議会、全米運輸労組(TWA)などは、「提案」に対し、住民投票で「No」に投票することを促す運動を展開した。「提案」は労働法の抜け穴になるものであり、超過勤務手当や有給病気休暇、失業手当などの労働者保護や差別禁止法制の対象から外れると警戒。「Yes」票が上回った場合、他の州に及ぼす影響も憂慮していた。

ブルームバーグ通信によると、AFL-CIOやCLFが資金を拠出する「ライダーとドライバーを守る連合(The Coalition to Protect Riders and Drivers)」は、反対投票を呼びかける運動のため69万ドルの資金を用意した。ウーバー社などのギグ・ワーカーが参加する団体Gig Worker Risingも「提案」に対し、「No」への投票を呼びかけていた。

格差拡大の懸念も

労働者の権利擁護団体The Partnership for Working FamiliesNational Employment law Projectが2020年7月に発表した報告書は、「提案」について(1)賃金支払いの対象に待機時間が含まれていないこと、(2)超過勤務手当が考慮されていないこと、(3)通信費や燃料費・車両維持費の自己負担の大きさ、などを問題視する。ドライバーは「個人請負労働者」の身分を維持した状態でいると、雇用労働者に転換した場合と比べ、週287ドルの賃金減額になると試算。「提案」の法制化は低い賃金で働く者の増加、格差の拡大を招くと警鐘を鳴らしている。

また、カリフォルニア大学サンタクルス校が5月5日に発表した調査結果によると、同州の主要プラットフォーム企業で働く個人請負(634人から回答)の少なくとも78%は有色人種(people of color)、56%は移民労働者であった。先述の権利擁護団体の報告書は、「提案」は適切な法執行のメカニズムを定めておらず、例えば移民であることを理由にした差別を禁止することも明らかになっていないなどを指摘。「提案」の法制化は、こうした人たちを労働法でカバーできない不安定な状態に置くことになると批判していた。

投票結果の影響

「提案」は投票者の賛成多数(賛成58.4%、反対41.6%)となった(注2)。レッドフィールド・アンド・ウィルトン社の世論調査(カリフォルニア州の登録有権者2000人を対象、9月実施)の結果によると、各社のサービスを「少なくとも月に1回」利用している人の割合は、ウーバー社で26%、リフト社で24%、ドアダッシュ社で32%とそれぞれ2~3割にのぼる。また、半数以上(55%)が、ウーバー社とリフト社が同州から撤退した場合に「影響を受ける」と回答している(「少々影響」28%、「ある程度影響」15%、「かなり影響」12%)。「実際に撤退されると困る」と考える人が少なからずいるなかで、企業によるキャンペーン運動が成功した結果とみられる。

ギグ・ワーカーの法的地位をめぐる企業と行政当局、労働者らの争いは各地で生じており、今回の住民投票結果の影響が注目される。

たとえば、ニュージャージー州労働力開発局は2019年、ウーバー社などがドライバーを個人請負に「誤分類」し、失業保険料などの徴収を免れているとして、約6億5000万ドルの罰金を科した。マサチューセッツ州は2020年7月に「誤分類」をめぐり、ウーバー社とリフト者を提訴している。この両州では、個人請負に該当するかどうかについて、カリフォルニア州同様に3つの基準(ABCテスト)で判断している。

ニューヨーク州の最高裁判所は2020年3月、ポストメイト社のドライバーを雇用労働者とする判決を出した。ペンシルベニア州の最高裁判所も7月にウーバー社のドライバーを雇用労働者と判断し、失業手当を受け取る権利があることを認めた。ブルームバーグ通信によると、ニューヨーク州、イリノイ州ではカリフォルニア州のようにABCテストを法制化する動きがある。

連邦レベルの議論

連邦レベルでも、個人請負か雇用労働者かの判断基準の整備が課題になっている。

連邦下院が2月6日に賛成多数で可決した団結権保護法案(Protecting the Right to Organize Act 、PRO法)は、全国労働関係法(NLRA)で定める雇用労働者(Employee)の定義について、ABCテストの3条件を満たさずにサービスを提供する者は個人請負(independent contractor)ではなく、雇用労働者とみなすとしている。

一方、連邦労働省は9月22日、どちらに該当するかは「経済的現実(economic reality)」によるとする行政規則案を発表した。それによると、「仕事に関する支配(worker’s control over the work)の性質と程度」や「提案や投資に基づく利益や損失の機会」を中心に、(1)必要なスキルの大きさ、(2)会社との「仕事関係(working relationship)」の永続性、(3)統合された生産単位(integrated unit of production)の一部を担うかどうか、を考慮のうえ判断する。契約上や理論上の可能性よりも「実際の慣行(actual practice)」を見るとの見解も示している。「通常業務の範囲外の職務に従事しているかどうか」には言及しておらず、ギグ法よりも個人請負の対象となる人を広く含む内容となっている。スカリア労働長官は「連邦公正労働基準法(FLSA)の下で個人請負に該当するかどうかを判断するのに、明確さと一貫性をもたらすもの」と説明している。

11月3日の大統領選、議会選の結果は、こうした連邦レベルの法制化等の動きを加速、あるいは転換させる可能性がある。

参考資料

  • ウーバー・テクノロジー社、カリフォルニア州裁判所、カリフォルニア州司法長官室、同州務長官室、同労働委員会、同労働局、カリフォルニア大学バークレー労働センター、カリフォルニア労働者連盟、日本貿易振興機構、ニューヨーク・タイムズ、ブルームバーグ通信、レッドフィールド・アンド・ウィルトン社、連邦議会、連邦労働省、Gig Worker Rising、The Partnership for Working Families、Yes on Proposition 22、各ウェブサイト

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