農民工の権益保護と「農民工賃金給付保障条例」の施行

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  • 国別労働トピック:2020年10月

近年、中国の労働力人口の3割強をしめる農村戸籍を有する労働者である農民工の就労に当たっての不利な立場をめぐり、権益保護のためのさまざまな議論が巻き起こっているが、その中でも賃金不払いについては、問題の抜本的解決のための政府による法的措置の動きが始まっている。

そうした趨勢の中、農民工の賃金不払い問題を解決するため、政府は2020年5月1日「農民工賃金給付保障条例 」(注1)(以下;「条例」)を施行した。賃金給付方式の標準化、賃金未払い分の清算、建設分野への特別規定、行政機関の管理、監督責任、および賃金支払い拒否に対する法的処罰責任などを規定している。

農民工への賃金給付の標準化

建設業では、譲渡抵当としての「以房抵款」の実施(注2)や賃金の代わりに現物支給とされる事例が多かった。しかし「条例」では、農民工への給与は法定通貨のみに限り、銀行振込や現金付与といった形式で農民工本人に直接支払われることを規定するとともに、現物支給や有価証券などを支給することを禁じた(第11条)。そして、農民工賃金給付の延滞を防ぐため、雇用主(企業)は労働契約あるいは規則で定めた具体的な賃金支払日に農民工へ満額支給し、支払日が法で定められた休日や祝日などにあたる場合はその前日に支払わなければならないとしている(第14条)。

「条例」第15条では、企業は賃金支給期間に基づいて賃金台帳を作成し、最低3年以上保管しなければならないことを定めている。賃金台帳の記載必須事項としては、企業名、賃金計算期間、賃金支給日、支給対象者の氏名、身分証明書番号、連絡方式、労働時間数(賃金発生時間)、総支給額、控除項目および控除額、手取り額、銀行の賃金支給代行証書、賃金受取者の農民工本人のサインなどである。

賃金精算責任者の明確化

「条例」では、偽装請負、違法請負などによる農民工への賃金不払いの頻発や、賃金支払責任者の不明といった問題への対策として、農民工が労働を提供した場合、形態を問わず企業はその労働報酬を必ず支払わなければならないと規定し、賃金不払いが発生した場合に備えて、賃金清算の責任者の明確化を定めている。農民工が労働を提供したにも係わらず雇用主が賃金支払いを拒否した場合、「農民工を雇用できる合法的経営資格をもたない企業」とみなされ、第17条の規定に基づき処罰が執行される。

総合建設請負業者(雇用企業)と農民工個人が直接労働契約を結んだ上で賃金不払いが発生した場合、雇用主である企業が給与精算をしなければならない。また、合法的な経営資格を持たない企業あるいは労務派遣許可を取得していない企業に登録された派遣農民工を使用し、賃金不払いが発生した場合は、第18条の規定により雇用企業は給与を精算しなければならない。

雇用企業が工事作業を農民工個人や合法的経営資格を持たない企業に発注し、農民工への賃金不払いが発生した場合には、第19条の規定により雇用企業が賃金精算の責任を取る。

条例に違反した場合、行政処分となるが、第22条の規定により、雇用企業は営業許可書あるいは登録証明書などの剥奪や登記の抹消、閉鎖命令の下達、企業や営業所の解散などの行政処分を受ける前に農民工への賃金精算を行う必要がある。

建設業を対象とした特別規定

農民工の賃金不払い問題が深刻になっている建設業においては、建設工事を請け負う総合建設請負業者に対して「条例」は諸々の義務を課しており、特別規定を設けている。その内容は以下に示す「表 建設業における農民工への賃金支払いに関する条例規定」の通りである。

4つの罰則

「条例」では、農民工への賃金支払いを拒否した場合に対する法的処罰責任などを以下の4項目を規定している。

(1)処罰対象企業に2~5万元の罰金、責任者に1万~3万元の罰金を科す

総合建設請負業者が、①農民工への給与として、現物支給や有価証券といった法定通貨とは異なる形式で支給を行った場合、②農民工賃金専用口座に紐付いた農民工本人の社会保障カードやキャッシュカードを差し押さえる、あるいはそれに類する対応を行った場合、人力資源社会保障部当局による勧告の期限内に是正しなければ、対象企業に2万元以上5万元以下の罰金、責任者に1万元以上3万元以下の罰金が科される(第54条)。

(2)操業停止、かつ5万~10万元以下の罰金

総合建設請負業者は、賃金保証金の準備、金融機関の保証書(Letter of Guarantee)の提示、実名制管理の実施などの義務を怠った場合、人力資源社会保障部門当局による勧告の期限内に是正しなければ、5万元以上10万元以下の罰金が科される。また、状況が非常に悪質である場合は、新規の工事受託の制限、企業資質ランク(注3)の引き下げ、資質証書剥奪などの処罰を行う(第55条)。

(3)5万~10万元以下の罰金

総合建設請負業者が、下請企業の雇用状況の監督・管理を行わない、施工現場での権利保護の情報公示制度に従わない、工事請負契約や農民工賃金専用口座に関する資料の提示ができない、あるいは提示を拒否した場合、人力資源社会保障部門当局による勧告の期限内に是正しなければ、5万元以上10万元以下の罰金が科される(第56、57条)。

(4)信用記録への登録

農民工賃への賃金不払いに関して重大な問題がある総合建設請負業者は、人力資源社会保障部によって公表される。また、農民工への賃金不払いが深刻であり、社会に悪影響を与えるような問題が認められる場合、当該の総合建設請負業者及び責任者、その他関係者はブラックリストに登録され、政府による資金援助や工事を担当した建造物の購入、入札、融資あるいは貸付、市場への参入、税金の優遇措置、企業評価、交通手段の利用などが制限される(第47、48条)。

表:建設業における農民工への賃金支払いに関する条例規定
責任事項 内容
建設工事請負契約約款の遵守 総合建設請負業者は建設企業などの下請企業と書面による契約を締結する。契約書面に記載しなければならない事項には、人件費の支払いサイクルなどが含まれる。人件費については、農民工賃金を支給日に遅延無く全額支払うという取り決めに従い、支払いサイクルの期間が一か月を超えるべきではないとされる。(条例第24条)
農民工賃金専用口座の開設 総合建設請負業者は農民工賃金専用口座を開設する義務を負う。当該建設工事に従事する農民工への賃金給付が正確に行われているか審査される場合に備え、賃金専用口座に関する資料など適切に保存しておく必要がある。工事作業が完了し、農民工賃金の未払いなどがない場合、工事完了30日後に農民工賃金専用口座を削除することができる。(条例第26条、第27条)
農民工の実名制管理 総合建設請負業者は雇用した農民工と労働契約を結び、実名登録を行う。総合建設請負業者や他の雇用企業と労働契約を結んでいない、また実名登録をされていない農民工は工事現場への立ち入りを禁止される。農民工の賃金台帳を作成し、工事完了かつ賃金清算後、最低3年以上保管する。下請企業の農民工実名制にも、総合建設請負業者によって監督、管理を実施する。(条例第28条)
工事請負業者の農民工雇用管理、及び賃金給付状況の監督管理 総合建設請負業者は、工事請負業者の農民工雇用を監督、管理し、工事現場における雇用、出勤、賃金支払等を把握する義務を負う。また、下請業者が作成した農民工の賃金支払表を監査するため、労務管理要員を配置しなければならない。(条例第28条)
農民工賃金支払の代行 総合建設請負業者は、下請業者の作成した賃金支払表に基づき、農民工賃金専用口座を通じて農民工の所有する銀行口座に直接、的に賃金を支払う。また、下請業者に賃金支払代行証明書を提供する。工事請負業者あるいは下請業者との工事作業量や質、コストなどに関する争いを理由に農民工賃金支払代行を停止することはできない。(条例第30、35条)
賃金保証金の準備 総合建設請負業者は賃金保証金を備えておかなければならない。当該工事に労働を提供する農民工への賃金未払いが生じた際、これが使用される。(条例第32条)
権利保護に関する情報の公示義務 総合建設請負業者は、権利保護に関する情報を公示する掲示板を施工現場に設置しなければならない。工事請負業者、総合建設請負業者、プロジェクトに所属する各部門、下請業者、主管行政部門、労働保障監査への苦情通報電話番号、労働争議調停仲裁申請ルート、法的援助ルート、公的法務ホットラインなどの情報を明確に示す必要がある。(条例34条)
農民工賃金の清算

下請業者による農民工への賃金未払いが生じた際には、総合建設請負業者がまず農民工への賃金支払いを代行し、後で法律基づき下請業者から追徴する。

総合建設請負業者は、他の企業や個人が、当該の建設業者の名義で外部の工事を受託するのを許可した上で、その工事作業期間中に農民工への賃金不払いが生じた際、当該の総合建設請負業者が給与の清算を行う。(条例第30、36条)

参考資料

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