労働者の「在宅勤務権」構想
 ―新型コロナウイルスを契機に

カテゴリー:労働法・働くルール多様な働き方

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  • 国別労働トピック:2020年5月

ドイツでは3月中旬以降、新型コロナウイルスの拡大を抑制するため、個人の社会的接触を制限する政策がとられている。その中で、国内で推定800万人の労働者が在宅勤務を実施している。フベルトゥス・ハイル労働社会相は、ウイルスの脅威が去った後も、労働者が望めば在宅で勤務できる権利(在宅勤務権)に関する法案の構想を発表した。早ければ今年の秋頃に新たな法案が出される可能性がある。

ハイル労社相の構想

新型コロナウイルスの脅威は、5月初旬の時点で、国内にいる何百万人もの労働者に在宅勤務(テレワーク)を強いている。

報道(Deutsche Welle)によると、全労働者の4分の1に相当する推定800万人が在宅勤務を行っている。そこで、フベルトゥス・ハイル労働社会相は、「ウイルスの脅威が去った後も、在宅勤務を望み、それが可能な職業であるなら、誰でも自宅で仕事ができるはずだ」として、今年の秋に新たな法案を提出する構想を発表した。法案の趣旨は、在宅勤務が長時間労働につながり、私生活の領域を脅かすことのないよう、必要な規定を整備することである。該当する全ての労働者は将来的に「完全な在宅勤務に切り替える」か、あるいは「週1-2日だけ在宅勤務をする」ことを雇用主に要求できるようになる。ただし、計画中の法案は、労働者の在宅勤務の可能性を高めることに焦点を当てているものの、雇用主に付与義務はなく、罰則等の強制力は発生しない内容となっている。

デジタル化政策の中で同様の構想

なお、労働社会省はウイルスの脅威が顕在化する以前から、デジタル化の進展に即した柔軟な働き方を模索する中で、同様の構想を提示している。 2019年1月の報道(Der Spiegel)によると、労働者が在宅勤務を望んでも、雇用主がそれを認めない場合、なぜそれが不可能なのかを合理的に説明しなければならない「雇用主の説明義務」を課すことを同省が検討していたことを報じている。

在宅勤務の特徴 ―「長時間化」「高満足度」「高生産性」

在宅勤務については、これまで複数の研究機関が調査を実施している。

ドイツ経済研究所(DIW)が2016年に実施した調査によると、ドイツでは雇用主の39%が従業員の在宅勤務を認めている。この割合は2012年の調査時の30%から9ポイント増加した。ただし、雇用主の多くは「常時」ではなく、「時々」の在宅勤務のみを認めている。その主な理由として「職場内コミュニケーションの必要性」を挙げている。

2019年3月にハンスベックラー財団が発表した調査結果からは、在宅勤務を行った場合、男女ともに労働時間が顕著に長くなることが明らかになっている。また、在宅勤務は、仕事と家庭の両立に役立つ一方で、男女の古典的な性別役割分担を固定化する傾向も見られ(特に母親が子どもの世話をしながら在宅で働く場合)、政策として在宅勤務を促進していく場合、父親に対する育児・家事の関与を促進する別の政策アプローチと組み合わせる必要があると結論付けている。

在宅勤務が長時間労働につながり、1日の勤務後に電源を切ることがより困難なことは、他の複数の研究結果からも明らかである。ただし、その一方で、通勤して働くよりも在宅勤務で働く方が、生産性が高く、仕事に対する満足度が高い傾向があることも同時に示されている(Deutsche Welle)。

提案に対する賛否

報道(DW)によると、フベルトゥス・ハイル労働社会相の提案は、同氏が属する社会民主党(SPD)の議員や野党議員から多くの賛同を得ている。SPDのオーラフ・ショルツ連邦副首相・連邦財務相は、いち早く賛同を表明し、新型コロナウイルスによる数週間の在宅勤務を「真の実績」として、古い過去の働き方に後戻りしないよう求めている。また、野党「緑の党」のカトリン・ゲーリング=エッカルト党首も法案の構想を歓迎した上で、労働者が自宅で最も効率的に働けるよう、高速のネット回線を利用する権利の保障を求めている。

他方、ドイツ使用者団体連盟(BDA)のシュテフェン・カンペテル会長は、時代遅れの政策で、このような立法は不要だとした上で、「人々が在宅で働くだけでは経済は回らない」と述べて反対している。

参考資料

  • Der Spiegel (4. Januar 2019)、Deutsche Welle (26.04.2020、04.01.2019)、WSI Report (Nr. 54, Januar 2020)、DIW Economic Bulletin (8.2016) ほか。

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