諮問機関、離脱後の移民制度をめぐって政府方針に反対する提言
EU離脱後の新たな移民制度として、対象者の技能や資格、年齢といった属性により重点を置いたポイント制の導入の意向を示す政府に対し、諮問機関Migration Advisory Committee (MAC)は2020年1月、政府案に否定的な答申をまとめた。国内での雇用の職務や給与水準などを基準とした現行の受け入れ制度の枠組みを維持すべきであるとの立場だ。
職務・給与水準の基準を維持すべき
政府は、EU離脱後には欧州経済圏(EEA)(注1)との間の人の移動の自由を廃止し、域内外に共通の移民労働者の受け入れ制度を適用するとの方針をかねてから示してきた。2018年12月には、現在EEA域外向けに実施しているポイント制をベースに、EEA労働者の減少により見込まれる人手不足への対応策として、受け入れ要件の緩和や手続きの簡素化、また低技能労働者の期限付き受け入れ制度などを盛り込んだ新制度案(注2)を公表している。しかし、昨年7月の首相交代を機に、対象者の技能・職業資格水準や年齢などにより重点を置いた「オーストラリア型ポイント制」(注3)を参考に新制度を再編する方針が新たに浮上し、政府は導入可能性の検討をMACに諮問した。
MACが2020年1月にまとめた報告書は、新たなポイント制の導入に否定的な見方を示した。現在、移民労働者の主要な受け入れルートとなっている専門技術者(skilled)向けの受け入れ制度(注4)は、入国後に予定される雇用先での仕事について、職務水準や給与水準に関する基準を設定しているが、MACは、これらの基準は十全に機能しており、枠組みを変更すべきではないとの立場を堅持している。その上で、新制度案では、受け入れ可能な職務水準の緩和(注5)が想定されていることを踏まえ、従来、雇用の質の担保という観点から現状維持を主張してきた給与水準の基準(フルタイム換算で年3万ポンド)について、2万5600ポンドに引き下げることを提言している(注6)。ただし同時に、受け入れ職種毎にも給与水準の基準を設け、これを上回ることを併せて要件とするよう求めている(注7)。
一方、国内での雇用先を前提としないを高度人材の受け入れ(第1階層)については、現行制度の基準が厳格すぎる結果として十分な機能を果たしていない(注8)との考え方から、ポイント制に基づく登録制度を設けて、例えば月々の高度人材の募集とマッチングするといった手法を提案している。
移民流入減の影響は限定的か
MACは、一連の移民制度の変更により、EUからの移民流入数が減少する結果として、人口減とGDPの低下を予測している。一方で、より不確実ではあるが、ごくわずかながら一人当たりGDPや生産性の上昇、財政改善の可能性があるとしている。また、公的医療サービスや教育、社会的住宅に対する圧力(需要過多の状況)の緩和が予想されるが、介護サービスについては逆に人手不足から圧力が増し、現役世代の負担率(dependency ratio)も上昇、さらに一部の業種では相対的に大きな影響を被ることになる、と見ている。ただし、いずれにせよマクロレベルで見た場合、こうした一連の影響は限定的との立場だ。
なお現地メディアによれば、政府はMACの提言は受け入れられないとして、引き続き新たなポイント制を導入するとの立場を維持している。
注
- EU加盟国及びノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン。(本文へ)
- 一連の施策は、大きくはこれに先立つMigration Advisory Committeeの提案を受けたもの。後述の職務基準などの緩和のほか、従来受け入れ雇用主に義務付けていた国内での一定期間の求人(労働市場テスト)や、数量制限の廃止など、各種の緩和措置を含む。(本文へ)
- 評価基準として、対象者の技能・職業資格水準や言語能力、年齢などを設定する一方、雇用の確保は前提としていない(加点要素)。(本文へ)
- 第2階層の「一般」カテゴリ。当初はポイント制として導入されたものの、現在は実質的に全ての基準要件を満たす必要があり、ポイント制とはいえない、と報告書は指摘している。(本文へ)
- 現在は、高等教育修了相当(資格枠組みにおけるレベル6)向けの職種以上としているが、これを中等教育修了相当(同レベル3)に引き下げる。(本文へ)
- 現行の給与水準基準の算定手法と同様、賃金統計における第25百分位値(職種内の75%の労働者がこれを超える給与を得ている水準)相当の額。(本文へ)
- 概して2万5600ポンドを上回るとされるが、医療サービス従事者や教員など一部の公共部門労働者については公的に設定された俸給基準によることで、これを下回ることを認め得るとしている。一方で、科学者や法律家、設計士など高度な(博士号レベルの)職業については、業界団体からの情報に基づく別途の基準を適用。また、新規採用層に関して別途設けられている水準については、設定方法を簡素化して3割減相当額(1万7920ポンド)とすべきであるとしている。(本文へ)
- 年間の受け入れ数上限の2000人に対して、実際の受け入れ数は昨年で600人に留まる。(本文へ)
参考資料
- Gov.uk
、The Guardian
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=108.31円(2020年3月3日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
2020年3月 イギリスの記事一覧
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