EU離脱後の移民政策案、諮問機関が提言

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  • 国別労働トピック:2019年1月

移民政策に関する政府の諮問機関は9月、欧州経済圏(EEA)からの移民の流入による影響の分析と、EU離脱後の移民政策に関する提言をまとめた報告書を公表した。EEAとの間の移動の自由を廃止し、域外からの移民受け入れと同等の制度をEEA市民にも適用することを前提に、資格要件となる職務レベルの引き下げや数量規制の廃止などの緩和措置を提言、ただし給与水準に関する要件については従来の額を維持すべきであるとしている。

雇用・賃金等への影響は限定的と分析

移民政策に関する政府の諮問機関であるMigration Advisory Committeeは、昨年7月に政府からの諮問を受けて、EEA移民の労働市場における現状や、社会的、経済的、財政的な影響に関する評価や、離脱後の移民政策に関する検討などを行っていた。その一環として、2018年3月に公表された中間報告(注1)では、広範な意見聴取に基づき、多くの雇用主が国内の人材不足を理由にEEA労働者を受け入れており、EU離脱後についても現状維持を求めているとの結果をまとめた。ただし、近年拡大した新規EU加盟国(注2)からの労働者は低技能部門(ホスピタリティ業など)に集中しており、技能需要に関する雇用主の主張には誇張も含まれている、との懐疑的な見方も示していた。

今回公表された最終報告書(注3)は、労働市場のほか、生産性やイノベーション、投資・教育訓練への影響、物価・住宅価格、財政、公共サービス、地域コミュニティといった多岐にわたる影響を分析している。基本的には、ほとんどの分野においてEEA移民の影響は認められないか、あっても限定的とする従来からの分析結果を確認する内容となっている。

まず、国内の雇用や賃金への影響については、全体としては認められず、一部の若年層・低技能層の雇用減少や、低賃金層の賃金水準の停滞につながったとの分析もあるが、確実ではないとしている。また、生産性やイノベーションへの影響も全体としては明確ではないものの、高技能層についてはプラスの影響がみられる、と分析している。EEA労働者の受け入れにより国内労働者の教育訓練が停滞したとの証拠も報告されていないという。

物価については、対人サービスの価格を引き下げる効果の一方で、住宅価格の上昇をもたらした可能性があるものの、住宅供給に関して制約的な地域において影響が顕著な傾向にあり、このため政策の影響との切り分けが難しいとしている。また、EEA移民は給付の受給以上に納税しており、財政に貢献している。この傾向は、特に従来からのEU加盟国出身者(相対的に高技能の仕事に従事)で顕著だという。

公共サービスについても、基本的には影響は見られないとされる。例えば、医療・介護分野では、サービスの受容よりも圧倒的に提供の担い手となっている。教育分野でも、EEA移民の子供の増加が国内の子供の教育機会に関する親の選択肢を狭める結果とはなっておらず、また母語が英語以外の子供の方が平均的な成績が高いと指摘。一方、社会的住宅の分野では、既存の居住者における比率は低いものの、新規入居者については新規加盟国出身者が多くを占め、その分、他の希望者の入居機会を狭めている可能性があるとしている。

移動の自由を廃止、域外と同等の扱いに

報告書は一連の分析結果を踏まえ、経済にとって望ましい移民制度の在り方という観点から、主に就労目的の移民に関する制度について検討を行っている。

まず、EU離脱後はEEAとの間の移動の自由は廃止し、域外からの移民と同等のルールを適用することを提言している。従来のEEAからの低技能労働者の受け入れは、原則不可能となる見込みだが、現在既に国内に居住する低技能の移民労働者は当面減少しないとみられること(注4)や、家族の呼び寄せを通じた低技能労働者の流入継続も予想されることから、短期的な影響はほとんどないと報告書は見ている。

一方で、相対的に高技能(注5)の労働者については入国を容易にすべきであるとして、域外移民に対する現行制度に関する各種の緩和策を提言している。現在、EEA域外からの労働者の受け入れは、職種・職務レベルや賃金水準などをベースに審査されるポイント制(図表)によるが、主要な受け入れルートである専門技術者向けの「第2階層」は、原則として大卒相当以上の職務レベル(Regulated Qualifications Framework(RQF)レベル6以上)の仕事に雇用される予定であることに加え、職務ごとに定められた給与水準の下限額を下回らないことなどが、受け入れの条件として設定されている(注6)。また、第2階層の主要な受け入れカテゴリの一つである「一般」カテゴリ(注7)については、国内で一定期間の求人活動を行ったが適切な人材を雇用できなかったことを証明する「労働市場テスト」を経ていることを要するほか、受け入れには年間2万700件の数量規制が設けられている(注8)

MACは、第2階層における職務レベルの下限を中等教育修了相当のレベルに引き下げるとともに、労働市場テストと数量規制を廃止することを提言している。ただし、給与水準の下限については、従来の基準(3万ポンド)を維持することで、提供される雇用の質を担保することを提案している(労働力不足職種については減額)(注9)

また、現行制度は域外からの6カ月以上の労働者の受け入れに対して、「技能負担金」を雇用主から徴収している(注10)。雇用主からは、負担金制度の導入時にうたわれた「国内人材への過少投資の是正を図る」目的に使用されている証拠がないとの批判的な意見も見られたが、MACは移民労働者の受け入れコストを引き上げることで抑制効果が期待できるとして、制度の維持を提言している。

図表:ポイント制における移民の分類
階層 対象 カテゴリ
第1階層 高度技術者 経済発展に貢献する高度なスキルを持つ者(科学者、企業家など)
  • 例外的才能
  • 起業家
  • 投資家
  • 学卒起業家
  • 一般(2011年に停止)
  • 就学後就労(2012年に停止)
第2階層 専門技術者 国内で不足している技能を持つ者(看護師、教員、エンジニアなど)
  • 一般
  • 企業内異動
  • 運動選手
  • 宗教家
第3階層 非熟練労働者 技能職種の不足に応じて人数を制限して入国する者(建設労働者など) (停止中)
第4階層 学生 学生
第5階層 他の短期労働者、若者交流プログラム等
  • 短期労働者
  • クリエイティブ・スポーツ、非営利、宗教活動、政府の交換制度、国際協定、若者交流プログラム

低技能労働者は限定的に受け入れ

一方、政府が低技能労働者の受け入れの余地を残すことを選択する場合の方策として、MACは二つのルートを提案している。一つは、現在文化交流の一環として、一部の域外の国と相互プログラムとして実施されている若者交流プログラム(Youth Mobility Scheme)の拡充だ。18~30歳層を対象に、オーストラリアやニュージーランド、カナダなどから年間1000~3万4000人(注11)の若者を受け入れ、最長2年の滞在を認めるもので、滞在中は、任意の雇用主の元で就労することができるが、家族の帯同は認められていない。MACは、滞在の長期化が防止されるため人口に影響しにくく、また家族も帯同しないことから財政等への負担ともなりにくいこと、また通常の労働者の受け入れと異なり、受け入れ先としてスポンサーとして認証を受ける必要がないため(注12)、中小規模の雇用主にも利用しやすいことなどが利点であるとしている。ただし一方で、滞在が短期であるためにスキルの蓄積などが難しいこと、また多くの外国人が入れ替わりにやってくる場合、受け入れるコミュニティにとって良くない影響がありうることなどをデメリットとして挙げている。このため、プログラムを拡張する場合は、状況を監視し、拡大しすぎた場合には制限を行うことを提案している。

また、農業もEEA労働者が多く雇用されている分野(注13)で、離脱後にこれを代替する国内労働者を確保することは難しいと考えられている。農業の外国人労働者受け入れに関しては、過去に実施していた季節農業労働者スキームを再導入する手法が挙げられている(注14)。ただし、低賃金・低生産性分野に特別に受け入れを認めるものであり、本来の目的以外に使用されることのないよう、制限する必要があるとしている。また、こうした労働者の調達を特別に認めるかわりに、農業向けに通常より高く設定した最低賃金を適用することが提案されている。

MACによる提言(要旨)

  • 低技能労働者よりも高技能労働者が移民しやすいことを原則とした政策変更を
  • EU市民の優遇は行わない(EUとの合意に移民政策が含まれない前提)
  • 第2階層の「一般」カテゴリの数量制限を廃止
  • 第2階層の「一般」カテゴリを全てのRQFレベル3の仕事に開放、不足職種リストは全面的な見直しを(次の報告書で検討結果をまとめる)
  • 第2階層に関する給与額の下限基準については維持を
  • 受け入れの際の訓練負担金制度は維持しつつ見直しを
  • 労働市場テストは廃止を検討、残す場合は、テストを免除する高額給与の下限額を引き下げて、免除層の拡大を
  • 現在のスポンサー(雇用主)向けライセンス制度について、中小企業にとっての利用しやすさに関する見直しを
  • ビザ制度の円滑な運用に向けて利用者からの定期的な意見聴取を
  • 低技能層の受け入れに業種別スキームの利用は避けるべき(季節農業労働スキームは例外)
  • 季節農業労働スキームを再導入するなら、農業向け最低賃金の復活などで賃金上昇の圧力を加え、生産性向上を促すこと
  • 低技能労働者の不足への対応策が必要になる場合は、短期の若者受け入れスキーム(第5階層のYouth Mobility Scheme)を拡大すべき
  • 新たな移民制度の影響を監視し、評価すべき
  • 地域レベルの移民増による影響の管理に注意を払うべき

参考資料

参考レート

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