連邦憲法裁、協約単一法「概ね合憲、一部要改正」
連邦憲法裁判所(BVerfG)は7月11日、多数組合による排他的な性格を持つ協約単一法(2015年施行)について「概ね合憲だが、一部の規定は改正が必要」とする判決を出した。これを受けて同法は、2018年12月末までに改正される見通しである。
「多数決主義」の協約単一法
協約単一法(Tarifeinheitsgesetz)は2015年7月10日の施行以来、合憲か違憲をはじめとして様々な議論がなされてきた。同法は、事業所内に多数決主義を導入することで、労働協約の単一性を確保しようとするものである。具体的には、2つの労働組合が1つの事業所で同じ従業員グループを代表する場合、その事業所内で「組合員数が最も多い労働組合の労働協約」だけが適用される。同法の主な内容は以下の通りである。
(1)多数決主義に基づく協約単一性
1つの事業所内で複数の労働組合があり、内容が同一でない労働協約が競合/衝突する場合、その事業所内で最多の組合員を擁する労働組合の協約のみが適用される。
(2) 事後的導入の請求権
排除された少数労働組合は、使用者に対して、多数組合が締結した労働協約の事後的導入(Nachzeichnung)を求めることができる。つまり、多数労働組合と同一内容の労働協約を締結することへの直接的な請求権が存在する。ただし、その前提条件は、当該の少数労働組合が、事前に労働協約を締結していた場合に限られる。
(3) 参加権
多数組合が協約の交渉を開始する際には、適切な時期に少数組合にも周知する必要がある。その際、少数労働組合は使用者または使用者団体に対して、異義や要求を口頭で述べる権限を有する。
(4) 裁判所が「協約単一性」を確認
多数派組合による協約の排他性は労働裁判所で、関係する協約当事者の申し立てによって確認の手続きが開始される。多数支配の状況は、公証人文書によって確認される。公証人は、事業所内のかかる労働組合の該当する組合員数を確認し、記録する。組合員の氏名は匿名性が守られる。
(5) 平和義務に関する規定
労働協約の有効期間中の「平和義務」規定は、協約単一法には含まれていない。平和義務規定とは、当該労働協約で定められた事項の改廃を求める争議行為を行わないとするものである。しかし、同法の施行によって改正された労働協約法(TVG)第4a条1項(注1)で、明示的に労働協約制度の平和機能が強化された。そのため、少数労組が行うストライキ等の労働行為の妥当性は、労働協約法に従って、労働裁判所が「協約単一性の尺度で判断する」ことになった。
2010年判決、少数労組によるスト増
そもそもドイツでは、従来から「1事業所1協約」が原則とされてきた。
しかし2000年代に入り、公共部門の民営化等に伴い、産業別労働組合が締結した協約内容を不服として専門職労働者らが独自の職種別組合を結成し、より良い労働条件を勝ち取ろうとする動きが広がった。
そのような中、連邦労働裁判所は2010 年に、協約単一の原則は法律で定められたものではないとして従来の判例を変更し、「事業所内に異なった労働協約が存在しても良い」と認めた。
これが契機となり、少数・専門職労組が締結した労働協約も、事業所における適用可能性が生まれ、複数の協約締結や交渉に付随するストライキや労働損失日数が増加した(表1)。
2015年には、ドイツ鉄道の少数労組である「機関士労組(GDL)」が、自身の存在意義を示すために、多数労組の「鉄道交通労組(EVG)」が先に締結した労働協約よりも好労働条件を勝ち取ろうとして、計9回のストライキ(ドイツ鉄道史上最長の6日間のストライキを含む)を頻発し、通勤者や旅行者の移動に大きな支障が出た。ドイツ産業連盟(BDI)の試算によると、ドイツ経済全体の損害額は、1日あたり1億ユーロ相当に及び、大きな議論と批判を巻き起こした。
多数労組を擁する「ドイツ労働総同盟(DGB)」や、交渉の煩雑化や労働損失の増加を懸念する「ドイツ使用者連盟(BDA)」は、2010年の判決以降「協約単一性原則」の法制化を求めてきた。政権はその要求に応える形で、2015年7月10日に協約単一法を施行した。
2000年 | 2005年 | 2009年 | 2010年 | 2011年 | 2012年 | 2013年 | 2014年 | 2015年 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
労働損失日数 (単位:千日) |
11 | 19 | 64 | 25 | 70 | 86 | 150 | 155 | 1,092 |
労働争議件数 (単位:件) |
67 | 270 | 454 | 131 | 158 | 367 | 1,384 | 637 | 1,618 |
労働争議参加人員 (単位:千人) |
7 | 17 | 28 | 12 | 11 | 22 | 67 | 58 | 230 |
- 注:参加人員10人以上、全日以上の争議。
- 出所:ILOSTAT 2016年12月時点。
少数労組一斉に反発、訴訟へ
協約単一法の施行後、排除される側の少数労組は一斉に反発し、相次いで訴訟を起こした。「鉄道機関士労組(GDL)」、航空パイロットが加盟する「コックピット連合(Vereinigung Cockpit)」、医師が加盟する「マールブルク同盟(Marburger Bund)」、各航空会社の客室乗務員が加盟する「独立客室乗務員組合(UFO)」、第2のナショナルセンターである「ドイツ官吏同盟(DBB)」など、いずれも比較的少人数で輸送や経済活動を麻痺させることができる専門職組合である。彼らは「協約単一法は、基本法(憲法に相当)第9条3項(注2)が保証する団結の自由に反する」として、連邦裁判所へ憲法異義の訴えを行った。
判決に対する関係者の反応
今回の判決では、協約単一法を概ね合憲として同法の存続を認め、少数労組の主張はほとんど認められなかった。ただし、同判決は、基本法9条に照らして、少数労組に対する保護を強調しており、平和義務はあるが、それ以外の場合のストライキ権は妨げないとしている。さらに、職業年金や雇用保障など、少数労組が交渉によって得た長期的な利益は、別の多数労組の協約によって阻害されてはならないとした。その上で、多数労組は労働協約の締結に際して、少数労組の利益を考慮することをより明確に保証するための規定を2018年末までに新たに導入するよう求めている。
報道(Handelsblatt)によると、アンドレア・ナーレス労働社会相は、今回の判決を歓迎した上で、「協約単一法は、事業所内の複数労働組合が、賃上げや労働条件の改善を求めるにあたり、相互に調整し合うことを目的としている。少数労組は、多数労組が行う協約交渉の前段階で、自身の権利主張を行い、合意をすることが重要である。少数労組が同法を恐れる必要は何もない」と述べた。ナショナルセンターであるドイツ労働総同盟(DGB)とドイツ使用者連盟(BDA)も、ともに同判決を歓迎している。
注
- 労働協約法(Tarifvertragsgesetz:TVG)第4a条の和訳は以下の通り:
- 1項 労働協約の法規範の保護機能、分配機能、平和機能、ならびに秩序機能を確保するために、事業所内の協約衝突は回避されるものとする。
- 2項 使用者は、第3条の規定により、異なる労働組合の複数の労働協約に拘束され得る。異なる複数の労働組合の、内容が同一でない労働協約の適用範囲が重複する限り(労働協約の衝突)、事業所内で最後に締結された衝突する労働協約の締結時点で最も多数の、労働関係にある組合員を有する労働組合の労働協約の法規範のみを、事業所内で適用可能とする。労働協約がそれよりも遅い時点ではじめて衝突する場合には、その時点を多数決の基準とする。事業所組織法第1条1項2段の規定による事業所、および事業所組織法第3条1項1号から3号までの規定による労働協約によって設立された事業所も事業所とみなされるが、それが1項の目的に明らかに反する場合にはその限りではない。これは特に、事業所が協約当事者によって異なる経済部門もしくはそのバリューチェーンに分類されている場合をいう。
- 3項 事業所組織法第3条1項および第117条2項に基づく事業所組織法上の問題に関する労働協約の法規範に対しては、2項2段の規定は、これらの事業所組織法上の問題がすでに他の労働組合の労働協約によって定められている場合にのみ適用する。
- 4項 労働組合は、使用者または使用者団体に対し、当該組合の労働協約と衝突する労働協約の法規範の事後的導入(Nachzeichnung)を求めることができる。事後的導入の請求には、労働協約の適用範囲および法規範が重複する限り、衝突する労働協約の法規範を含む労働協約の締結が含まれる。1段の規定により事後的に導入された労働協約の法規範は、2項2段の規定により事後的に導入する労働組合の労働協約が適用されない限り、直律的(gelten unmittelbar)および強制的に適用される。
- 5項 使用者または使用者団体が労働組合と労働協約の締結に関する交渉を開始する場合には、使用者または使用者団体は、これを適時に、かつ、適切な方法で周知する義務を負う。他の、定款に基づく任務に1段にいう労働協約の締結が含まれる労働組合は、使用者または使用者団体に対して異議および要求を口頭で述べる権限を有する。(本文へ)
- 日本の憲法に相当する基本法(Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutschland:GG)第9 条の和訳は以下の通り:
- 1項 すべてのドイツ人は、団体および組合を結成する権利を有する。
- 2項 目的または活動において刑法律に違反している結社、または憲法的秩序もしくは国際協調の思想に反する結社は禁止される。
- 3項 労働条件や経済条件の維持・改善のために団体を結成する権利は、何人に対しても、またいかなる職業に対しても保障する。この権利を制限し、または妨害しようとする取り決めは無効であり、これを目的とする措置は違法である。1項の意味における団体が、労働条件や経済条件を維持・改善するために行う労働争議に対しては、第12a 条(兵役義務と役務義務)、第35 条2 項(連邦国境警備隊の支援)および3 項(連邦国境警備隊および軍隊の部隊出動)、第87a 条4 項(軍隊の設置と権限)及び第91 条(連邦または州の存立に対する危険の防止)による措置をとることは許されない。 (本文へ)
参考資料
- Leitsätze zum Urteil des Ersten Senats vom 11. Juli 2017(1 BvR 1571/15 ,1 BvR 8/15 ,1 BvR 2883/15 , 1 BvR 1043/16 ,1 BvR 1477/16) , Spiegel online(11.07.2017 ), Handelsblatt (July 12, 2017) 、JILPT海外労働情報〔2015年8月 ドイツ鉄道の労使交渉、ついに決着〕ほか。
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=132.60円(2017年10月5日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
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