ドイツ鉄道の労使交渉、ついに決着
―長期化の背景に協約単一法

カテゴリー:労使関係

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  • 国別労働トピック:2015年8月

ドイツ鉄道と機関士労組(GDL)の労使交渉が6月30日、5週間にわたる調停を経て1年ぶりにようやく解決した。長期間に及んだ交渉中、GDLはこれまでにない強硬姿勢を貫き、何度もストライキを行った。その背景には、GDLのような小規模労組の影響力を制限しようとする「協約単一原則」の法制化を目前に控えて、自身の存在感をアピールする狙いがあると見られている。

GDL、独自の好条件を勝ち取る

ドイツでは2000年代以降、公共部門の民営化等に伴い、産別組合が締結した協約内容を不服として専門職に就く労働者が脱退し、独自の職種別組合を結成するようになった。ドイツ鉄道でも現在、多数の組合員を擁する「鉄道交通労組(EVG)」と少規模の「機関士労組(GDL)」の2つの組合が存在している。

GDLが合意した労働協約のうち、「賃上げ」に関する内容は、多数派のEVGの労働協約に倣う形となった。EVGは5月末に16万人を対象に5.1%の賃上げを2段階で行うことで妥結しているが、今後はこの賃上げにGDLの組合員(機関士、操車作業員、乗務員等)も含まれることになる。

一方「労働時間」については、EVGと競合するGDLが組合員のために独自の好条件を勝ち取ることに成功した。会社側は今後、2017年までに、機関士の超過勤務を全体で年間100万時間、乗務員の超過勤務を同じく30万時間、削減することが義務付けられた。そのため、同社は新たに300人の機関士と100人の乗務員を採用しなければならない。また、2018年以降、規定の週労働時間が39時間から38時間に1時間短縮される。さらに、高齢労働者のパートタイム労働に関する規定と就業不能時の規定も新たに定められた。

以上の合意によって、労働協約期限の2016年9月までGDLによるストライキは行われない。

労使双方に好意的評価を得た合意結果

今回の合意について、調停役の1人であるブランデンブルク州前首相マティアス・プラツェック氏はシュピーゲル誌の取材に応えて「最終的には適正かつ妥当な労働協約になった。賃上げについては、鉄道交通労組(EVG)と同じ内容になったが、機関士労組(GDL)は労働時間についてさらなる好条件を勝ち取った」と評している。

労使双方も今回の合意に概ね良い評価をしている。GDLのクラウス・ヴェゼルスキー委員長は、「我々の中心的な要求が実現し、1年にわたる交渉とストライキは報われた」と述べた。ドイツ鉄道のウルリヒ・ウェーバー人事担当役員も「ドイツ鉄道は、再び顧客に信頼して頂けるような結果を得ることができた」と話す。同氏は、今回GDLと合意した2018年以降の労働時間の短縮は、EVGの組合員のみならず、最終的には全ての従業員へ波及することを示唆した上で、今後EVGとGDLの協約内容に齟齬は生じないという考えを示した。

交渉中のストライキへの批判

1年にわたる交渉中、機関士労組(GDL)は、計9回のストライキを行い、その中にはドイツ鉄道史上最長の6日間のストライキも含まれている(表1)。ストライキ中は、通勤者や旅行者の移動に大きな支障が出たほか、1日あたり、国内経済全体で1億ユーロ相当の損害が出たというドイツ産業連盟(BDI)の試算も発表され、大きな議論を呼んだ。

9回目のストライキ時に公共メディアのドイチェヴェレは社説で、「もはや労働者の賃上げや労働条件改善のためのストライキではなく、少規模労組のGDLが己の力をアピールしたいだけの単なる権力示威行為であり、到底国民の理解が得られるものではない」と、強く批判していた。

表1:合意までに実施された機関士労組(GDL)のストライキ

  • 第1回 2014年9月1日 警告スト(※1)
  • 第2回 2014年9月6日 警告スト/労働組合員のストライキ投票の上、スト実施が決定
  • 第3回 2014年10月7~8日 ストライキ
  • 第4回 2014年10月15~16日 ストライキ
  • 第5回 2014年10月17~20日 ストライキ
  • 第6回 2014年11月6~8日 ストライキ
  • 第7回 2015年4月21~23日 ストライキ
  • 第8回 2015年5月4~10日 (ドイツ鉄道史上、最長のストライキ)
  • 第9回 2015年5月19~21日 ストライキ(当初無期限、その後調停(※2)へ、6月30日合意)

※1:警告スト(Warnstreik)は、組合員の投票を経て行う本格的なストライキではなく、交渉中に短時間の職場放棄等を行うというもので、ドイツでは合法とみなされる。(本文へ)

※2:ドイツでは国家の仲裁は義務付けられておらず、大抵の場合、労働組合と使用者が協約ないし特別の調停協定により調停機関を設置することに自主的に合意する。この手続きでの対処は労働協約の問題に限られ、権利を巡る紛争は裁判所に持ち込まれる。調停機関は多くの場合、中立の委員長と同数の労使委員により構成され、同機関は拘束力のある決定を行うことができる。(本文へ)

出所:各報道やサイトを元に作成。

小規模組合の存在意義を危うくする「協約単一法」

このように機関士労組(GDL)が強硬姿勢を貫いた背景には、小規模労組の影響力を制限しようとする「協約単一原則」法制化の動きがある。

ドイツ鉄道では、前述の通り多数組合の鉄道交通労組(EVG)と、少数組合のGDLの2つの労組が競合しており、一部で同一職業分野の従業員に対して、それぞれ協約を締結しようとする動きがあった。GDLは、「協約単一法(Gesetz zur Tarifeinheit)」の成立前に、自身の存在意義を示すために、EVGが先に締結した労働協約よりも好労働条件を勝ち取ることにこだわっていたと見られる。少数組合であるGDLが多数組合のEVGよりも、良い条件を勝ち取ることで、「協約単一原則」が少数組合の権利を阻害する可能性があるのを明らかにするのが狙いだった。これに対して会社側は、乗務員という同一職業分野に対して二つの異なる規定を定めることになるとして、GDLの要求を拒否し続けていた。結局両者の主張は平行線のまま折り合いがつかず、最終的に調停で解決が図られることになった。

なお、協約単一法は、ドイツ鉄道とGDLの合意が成立した翌週の7月6日にガウク大統領が署名し、7月9日に公布、7月10日に施行された(注1)。同法は今後、ドイツ鉄道のGDLにも適用される可能性があるが、会社側は、6月30日の時点では「当面の間(2020年まで)は適用しない」としている。

そもそもドイツでは「1事業所1協約」が原則とされてきた。しかし、ドイツ連邦労働裁判所は2010年に、「一事業所内に異なった労働協約が存在しても良い」との判断を下し、事実上、協約単一性の原則を放棄した。それ以来、GDLのような独立系の小規模・専門職労組が締結した労働協約にも、事業所における適用可能性が認められていた。しかし、こうした事態は、国内最大のナショナルセンターであるドイツ労働総同盟(DGB)や傘下の産別労働組合が従来から有していた優越的地位を取り崩すものであり、使用者側にとっても、協約交渉の煩雑化やストライキ数増加のおそれをもたらすものとなっていた。そのためDGBやドイツ使用者団体連盟(BDA)等を中心に、「協約単一性原則」の法制化を求める声が上がっており、現連立政権がその要求に応える形で立法化を進めてきた。

協約単一法の概要 —多数決主義

協約単一法は、事業所内に多数決主義を導入することで、協約の単一性を確保しようとするものである。具体的には、2つの労働組合が1つの事業所で同じ従業員グループを代表する場合には、その事業所内で最も組合員の多い労働組合の労働協約だけが適用される。ただ、この新規定は、公布翌日の時点(7月9日)ですでに有効である労働協約に対しては適用されない。同法の主な内容は以下の通りである。

(1)事業所内多数決主義に基づく協約単一性

1の事業所内で複数の労働組合の、内容が同一でない労働協約が競合/衝突する場合、その事業所内で最多の組合員を擁する労働組合の協約のみが適用される。

(2)事後的導入の請求権

排除された小数労働組合は、使用者に対して、多数組合が締結した労働協約の事後的導入(Nachzeichnung)を求めることができる(つまり、多数労働組合と同一内容の労働協約を締結することへの直接的な請求権が存在する)。ただし、事後的導入の前提条件は、当該の小規模労働組合が、事前に(協約単一法によって排除される)労働協約を締結していた場合に限られる。

(3)参加権

協約交渉の開始は、適時に少数組合にも周知する必要がある。小数労働組合はその際、使用者または使用者団体に対して、異義や要求を口頭で述べる権限を有する。意見聴取は実体的請求権および場合によっては遡及可能な請求権の根拠となる。

(4)協約単一性の裁判所による確認

協約単一性の存在を確認するための手続きは、労働裁判所による。手続きは、関係する協約当事者の申し立てによって開始される。多数支配状況の確認に当たっては、公証人文書を用いる。公証人は事業所内のかかる労働組合の該当する組合員数を確認し、記録するが、組合員の氏名については黙秘するものとされる。

(5)平和義務に関する規定

平和義務(注2)に関する明示的規定は、協約単一法には含まれないが、同法の施行により改正された労働協約法(TVG)第4a条1項(注3)に、明示的に労働協約制度の平和機能が強調されている。そのためストライキ等の労働争議行為の相当性は「個別の事例において、協約単一性の尺度で測る」という、労働裁判所に対する明確な要求が含まれている。

使用者は歓迎、小規模労組は一斉に反発

使用者側は近年、複数労働協約の締結や交渉に付随するストライキに起因する労働損失の増加(注4)に悩まされており、協約単一法の施行を歓迎している。

一方、同法の施行によって排除される側の機関士労組(GDL)などの小規模労組は一斉に反発している。すでに、パイロットが加盟する「コックピット連合(Vereinigung Cockpit)」と医師が加盟する「マールブルク同盟(Marburger Bund)」は、「協約単一法は、基本法第9条3項(注5)が保障する団結の自由に反する」として、連邦裁判所へ憲法異義の訴えを行っている。コックピット連合はゲルハルト・バウム前連邦内務相を、マールブルク同盟はゲッティンゲン大学のフランク・ショルコプフ法学教授を法廷代理人に立てており、裁判の行方に注目が集まっている。

参考資料

参考レート

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