全ての仕事を公正でディーセントに
―新しい働き方に関する専門家レビュー

カテゴリー:労働法・働くルール多様な働き方

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  • 国別労働トピック:2017年9月

シェアリングエコノミーや決まった時間のない労働契約など、近年拡大している新しい働き方をめぐる課題や対応策について、政府からの依頼を受けた専門家による報告書が7月に公表された。柔軟な働き方が労働者と使用者の双方にもたらす利益を強調しつつ、一定の保護により公正さを実現する必要を主張、雇用法上の権利の明確化などを提案している。

「労働者」から「従属的契約就業者」への変更を提案

レビューは、メイ首相が昨年10月、シンクタンクRSAのマシュー・テイラー所長(注1)に依頼したもので、デジタル・プラットフォームの登場などで広がりつつある新しい働き方に関して、労働者や使用者の権利と責任、既存の雇用法の枠組みなどを検討している。7月に公表された報告書「良質な仕事」(Good Work)は、「全ての仕事を公正かつディーセントで、発展性と達成感の余地があるものとする」ことを目標に掲げ、多岐にわたる提案を行っている(図表1)。

一連の提案の柱は、雇用法上の権利の明確化だ。現行の雇用法は、被用者(employee)及び労働者(worker)(注2)を対象に、最低賃金の適用や各種手当に関する権利を規定しており、自営業者(self-employed)は対象に含まれない(図表2)。シェアリングエコノミー従事者は一般的に、契約上は自営業者として扱われるが、実態は特定の使用者の下で従属的に働く場合も多く(いわゆる「ニセ自営業者」)、このため近年、労働者としての法的な権利を求めて裁判に訴えるケースも生じている。報告書は、新しい働き方が従事者と使用者の双方にもたらす柔軟性の利益を強調しつつ、柔軟性に伴うリスク(仕事や収入の不安定さ)を従事者の側が一方的に引き受ける状況は公正さを欠いているとして、制度改正による対応の必要性を主張している。

図表1:公正かつディーセントで、発展性と達成感の余地のある仕事に向けた7つの提言(要旨)

  1. 仕事の質と量は両立可能であるとの認識に基づき、全ての人に良質な仕事を提供することを目標とすべき。良質な仕事を作る直接の責任は政府にあるが、我々全てが責任を負う必要がある。

    ―全ての就業形態に同じ原則の適用を:公正な権利と責任のバランス、最低限の保護の保証、仕事における発展のルートがあるべき。

    ―長期的には、イノベーション、公正な競争、健全な財政といった観点から、全ての就業形態に一貫した税・社会保険料を適用するとともに、自営業者の各種給付等への権利を改善すべき。

    ―技術変化は仕事や雇用の種類に影響を及ぼし、それは我々にとって適応可能なものである必要があるが、技術はよりスマートな規制、柔軟な権利、生活や仕事の新しい組織の仕方など、新たな機会をもたらす。

  2. プラットフォームを介した仕事は、依頼元とこれを請け負う側の双方に柔軟性をもたらし、従来の方法では働くことが難しい人々に就業の機会を提供する。プラットフォームを介して働く人々や、これと競合する(プラットフォームを介さずに働く)人々にとっての公正さを確保しながら、こうした機会を保護すべきである。労働者(「従属的契約就業者」への名称の変更を提案する)という法律上の区分は維持すべきだが、労働者と適正な自営業者をより明確に区別する。
  3. 法律とその周知・執行は、企業が正しい選択を行い、個人が自らの権利を知ってそれを行使することを助けるものであるべきである。被用者にとっての労働慣行の改善をはかる方策は複数あるが、人を雇用する際の追加的な、概ね賃金外のコスト(employment wedge)はすでに高いことから、これをさらに引き上げることは避けるべきである。「従属的契約就業者」は、不公正な一方的柔軟性に最もさらされやすいため、追加的な保護や、企業が彼らを公正に扱うことへのより強いインセンティブを提供する必要がある。
  4. より良い仕事を達成する最良の方法は、全国的な規制ではなく、組織における責任あるコーポレートガバナンス、良い経営、強力な雇用関係にある。企業が良質な仕事について真剣に受けとめ、自らの組織の慣行をオープンにすること、また全ての労働者がこれに関与し意見を云うことができることの重要性もここに生じる。
  5. 全ての人が将来の仕事により良い展望を持ち、労働人生の始まりから終わりに至るまで、公式・非公式の学習や職場内外での訓練によって発達した能力について記録し、強化できることが、労働者や経済にとって重要である。
  6. 仕事の形態や内容と、個人の健康や厚生には強力なつながりがある。企業、労働者、あるいは一般の利益のため、職場における健康について、より予防的なアプローチを発達させる必要がある。
  7. 全国生活賃金は、低賃金労働者の経済的な基盤の向上のために強力なツールである。とりわけ低賃金部門の労働者が、生活賃金レベルの低賃金から抜け出せなかったり、あるいは雇用の不安定さに直面することなく、現在・将来の仕事を通じた発展を可能とするため、使用者、労働者、その他の利害関係者を交えた業種毎の取り組みが必要である。

図表2:就業者の区分による雇用法上の権利/保護
図表:画像

  • 出所:CIPD (2017) “To gig or not to gig? Stories from modern economy

このための具体的な方法として、報告書は現在の三区分を維持しつつ、労働者を被用者と自営業者の中間に明確に位置付ける方策として、法律上の「労働者」を「従属的契約就業者」(dependent contractor)に変更することを提案、これに該当するための基準要件を立法やガイダンスにより示し、自営業者との区別を明確化することで、労働者自身(あるいは使用者)に自らの法的な位置づけが容易に判断可能とするよう提言している。その際、労働者と自営業者を区別する基準として従来重視されてきた、代替要員による役務提供を契約上認めているか否かよりも、使用者による管理(報酬額や、業務に関わる指揮命令など)の度合いを重視するよう求めている(注3)

基準に基づいて、従属的契約就業者に該当すると認められた者には、労働者相当とみなして傷病手当や休暇手当に関する権利を与えるべきであるとする一方で、最低賃金の自動的な適用については、報告書は慎重な立場を取る。多くが従属的契約就業者に相当するとみられるシェアリングエコノミー従事者は、働く時間や提供された仕事を受けるか否かを選択することができることから、例えば閑散期であることを知りつつ仕事をする場合や、時間当たりの成果が平均を下回る場合などについては、労働時間に基づく最低賃金の適用は適切ではない、との考え方による(注4)。このため、当該の業務における平均的な報酬が最低賃金の1.2倍以上となることを使用者が示すことができれば、現行の最低賃金制度における出来高払い(piece rate)を適用することを提言している。併せて、プラットフォーム事業者に対して、蓄積されたデータに基づき、時間ごとの業務量の状況をリアルタイムで従事者に提供することを義務付ける可能性の検討を政府に提案している。

より安定した雇用契約への変更を「申請する権利」

このほか、報告書は近年拡大している不安定な働き方である派遣労働や待機労働契約(zero hours contract)についても、制度改正を提言している。このうち派遣労働については、同一の使用者の下で12カ月間就労した場合にその使用者に対して直接雇用を申請する権利を認めること、派遣労働者を直接雇用して、派遣業務の終了から次の派遣業務までの間の期間に減額された賃金を支払うことで、派遣先における均等待遇からの逸脱を認める制度(いわゆる「スウェーデン型逸脱」)(注5)の廃止を提言している。また、待機労働契約については、同じく同一の使用者の元で12カ月就労した場合に一定の時間が保証される契約への切り替えを申請する権利を認めること、加えて待機労働契約を含む働き方について、予め定められた時間以外の労働時間に割増率の適用を制度化することを提言している。

雇用審判サービスへのアクセスをめぐっても、改善を要請している。一つは、2013年に導入されたサービスの有料化に関するもので、現在設定されている料金が高いことから、低賃金層などの申し立てが困難になっている状況を指摘、料金水準の継続的な見直しを求めている(注6)。また、手続きにかかる料金を支払ったにもかかわらず、実際には雇用法上の地位が資格要件を満たしていないといったケースを挙げ、申し立ての際に原告側の資格要件の判定を簡易かつ無料で提供するよう提案している。さらに、雇用法上の地位自体が争点となっている場合、現行制度では原告側に証明責任が課されているが、原告の主張する雇用法上の地位の推定を前提として、反証の責任を使用者に課すべきであるとしている。このほか、賠償命令の履行確保の厳格化(不履行の場合は使用者名を公表)などの必要性を主張している。

報告書はこのほか、最低賃金制度に関する政府の諮問機関である低賃金委員会(Low Pay Commission)の所掌範囲を拡大し、低賃金業種や地域毎における仕事の質の向上のため、(最低賃金の引き上げを含めて)必要な施策の可能性を検討するとともに、使用者、労働者、その他の利害関係者と協力してその普及促進をはかることを提案している。

提案内容に賛否

経営側は、柔軟な労働市場がイギリス経済の強みであることを理解し、これを妨げない範囲でルールの適正化をはかろうとする報告書の基本的なスタンスを歓迎している。ただし、個別の提案内容については、懸念も示している。例えば、イギリス産業連盟(CBI)は、最低賃金の適用や労働者の雇用法上の地位に関する判断基準の変更、あるいは雇用法上の地位に関する立証の責任を使用者に負わせること、また労働者派遣制度におけるスウェーデン型逸脱の廃止は、企業の雇用創出の能力に影響するだけでなく、労働者の側にも想定外の副作用が生じる可能性がある、と述べている。このほか、複数の経営者団体が、従属的契約就業者の導入に際しては明確な判断基準を設定することや、恣意的な適用範囲の拡大を行わないことなどを求めている。

一方、労働側は総じて、報告書の内容に失望感を顕わにしている。新しい働き方が雇用や所得の不安定さにつながりがちな現状の改善には、提案内容は全く不十分である、というのが主な理由だ。ナショナルセンターのイギリス労働組合会議(TUC)は、シェアリングエコノミー従事者については、既に裁判で労働者としての権利(傷病・休暇手当や最低賃金の適用など)が認められており、必要なのは新しい法律上の地位ではなく、現在の法的権利の行使が保障されることだ、と述べている。また複数の労働組合が、派遣労働者や待機労働契約の労働者について、使用者に変更を申請する権利を認めるべきとする提案は実質的な効果がない、と批判している。

参考資料

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