最高裁、雇用審判サービスの料金制度は違法と判断
最高裁判所は7月、2013年に導入された雇用審判サービスの有料化について、高い料金設定が司法へのアクセスを阻害しており、違法であるとの判断を示した。政府は判決をうけて、料金制度の停止を決め、これまでに支払われた料金を返金するための措置を進める、としている。
有料化以降、申し立て件数が7割減少
雇用審判サービスの有料化は、保守党・自由民主党の前連立政権が導入したもので、政府は導入に際して、審判サービスの提供に要する費用を当事者負担とすること、裁判に至る手前での当事者間の和解を促進すること、また不適切な申し立ての削減などを目的に挙げていた。現在、雇用審判所への申し立てには、相対的に簡易な内容(タイプA:賃金不払い、不正な控除など)の場合で390ポンド、より判断の難しい内容(タイプB:不公正解雇や差別など)では1,200ポンドの料金を要し、また雇用控訴審判所については1,600ポンドとなっている(注1)。なお、低所得層については料金の減免制度がある(注2)。料金制度の導入と前後して、政府は全ての申し立てについて、任意参加により斡旋をはかる段階を設けることとし、公的機関である助言・斡旋・仲裁サービス(ACAS)がこれを担うこととなった。
料金の導入以降、審判サービスへの申し立て件数は急速に減少した(図表参照)(注3)。当初から制度の導入に反対していた労働組合や法律支援団体などからは、とりわけ低賃金層のサービスへのアクセスが阻害されているとして、制度の廃止を求める声が強かった(注4)。また、料金制度の導入自体は歓迎していた経営者団体からも、料金の高さをめぐっては違和感も聞かれた。庶民院の司法委員会(Justice Select Committee)が昨年6月に公表した報告書も、料金の高さが審判サービスの利用を阻害している状況に懸念を示し、料金の引き下げを政府に要請するとともに、制度導入後の影響評価を実施するとしながら結果を示さない政府の姿勢を批判していた。政府はこれに対して、今年1月に公表した報告書において、料金制度は設定された目的を適正に達成しているとして司法委員会の提言を斥けつつ、想定を超える件数の減少について、低所得層への支援の強化を検討するとしていた。
図表:雇用審判所への申し立て件数の推移
- 出所:Ministry of Justice (2017) "Review of the introduction of fees in the Employment Tribunals"
既に支払われた料金は返還
公共部門労働組合のUnisonは、有料化をめぐって既に2013年から行政審査の申し立てを行っていたが、高等法院(High Court)と控訴裁判所(Court of Appeal)で敗訴、最高裁判所への控訴は認められたものの、見通しは厳しいとされていた。しかし最高裁判所は、料金制度は司法へのアクセスを阻害しており、違法であるとの判断を示した(注5)。判決文はその根拠として、制度導入以降の申し立て件数の減少が、賠償額の小さい案件や賠償を含まない案件で主に生じていることや、原告が料金の捻出のために、生活水準の維持に必要な支出を削減せざるを得ない状況に直面している可能性などを挙げ、実態として、高い料金設定が不適切な申し立てだけでなく、正当な申し立ても阻んでいる状況を指摘。裁判費用が回収できるかどうか(判決が裁判費用を含む賠償を被告側に求めるかどうか、また賠償金が実際に支払われるかどうか)によって、司法へのアクセスの権利が制限されるべきではない、としている。受益者である当事者が費用を負担すべきであるとの政府の主張については、審判サービスを通じた法律の実施は公共の利益であるとしてこれを退けている。加えて、差別等の申し立て(タイプB)に関するより高い料金の設定が、原告の多くを占める女性に対する間接差別に相当するとの原告側の主張を認めている(注6)。
現地メディアによれば、司法担当相は判決を受けて、料金制度を即時停止し、既に支払われた料金について返金のための措置を早急に進める、と述べている。Unisonの試算によれば、返金の総額はおよそ2700万ポンドにのぼるという。
制度の廃止を求めていた労働組合や法律支援団体などは、判決を歓迎している。一方、経営側は、料金制度の廃止により申し立て件数が再び拡大し、不当な申し立てへの対応で企業の負担が増しかねないとして、懸念を示している(注7)。
注
- 料金は、申し立ての提出の際と、受理されて審理に進む際の2段階に分かれ、タイプAでそれぞれ160ポンドと230ポンド、タイプBで250ポンドと950ポンド、また雇用控訴裁判所については400ポンドと1,200ポンド。なお、複数の原告による提訴の場合は、人数に応じた料金が別途設定されている。(本文へ)
- 世帯当たりの処分可能な資産(貯金、債券、セカンドハウスなど)が3,000ポンド未満であることを前提に、月当たりの収入額に関する基準額が設定されている。単身の場合は1,075ポンド、カップルで1,245ポンド(子供がいる場合は1人当たり245ポンドを加算)以下であれば、料金の全額が免除される。収入額がこれを超える場合、10ポンドの超過毎に5ポンドの費用負担が生じる。(本文へ)
- 後述の政府による検証報告書によれば、年間の申し立て件数は、制度導入前後でおよそ7割減少している。(本文へ)
- 例えば、差別禁止に関する公的団体Equality and Human Rights Committeeや、法的支援等を行うCitizens Advise、あるいはLaw Society(弁護士会)などが、これまでこうした問題を指摘してきた。(本文へ)
- 判決は併せて、EU法が規定する、司法により救済を受ける権利も不相応に制限しているとの原告の主張を認め、国内法、EU法のいずれにも反している、と述べている。(本文へ)
- 司法省が制度導入に先立って実施した平等影響評価(Equality Impact Assessment)は、人種的マイノリティや女性、若者など、差別を受けやすい特性を持つ人々は相対的に低賃金層に属する可能性が高く、このため費用の減免を受けることができるため、不利益は生じないと主張していた。(本文へ)
- イギリス商業会議所(British Chamber of Commerce)、小企業連盟(Federation of Small Businesses)など。料金の高さに批判的な立場を示していたイギリス産業連盟(Confederation of British Industries)も、料金制度自体は、申し立てを最後の手段と位置づける上で有用であると述べ、代替的なアプローチを早急に講じるよう政府に求めている。(本文へ)
参考資料
- Gov.uk
、UK Parliament
、The Guardian
ほか各ウェブサイト
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=142.43円(2017年9月7日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
2017年9月 イギリスの記事一覧
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