長時間労働の防止と「過労死」の労災認定

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  • 国別労働トピック:2017年8月

近年、「過労死」の発生が報道されている。それによると、主にIT業界など競争の激しい分野で働く若者たちが長時間労働によって死亡しているという。現在の法制度で過労死を労働災害として認定するには限界がある。長時間労働の防止、過労死認定の制度化を求める声が各界からあがっている。

労働時間規制の内容

人民日報などの国営メディアは、中国で年間60万人が「過労死」していると報じている。「過労死」の定義は法律上明確にされていないが、人民網(人民日報社のニュースサイト)は「過労死」を次のように説明する。重い業務内容や多大な心理的ストレスを抱えた状態で長時間労働が続くと「半健康状態」になる。その状態が改善されず、潜在的な病気が発症し、急激に悪化して死に至る。冠動脈疾患、大動脈瘤、心臓弁膜症、心筋梗塞、脳出血を、過労死を招く五大疾病としている。ただし、これらの報道はいずれも集計の方法や死因の内訳など情報の詳細を明らかにしておらず、年間60万人にのぼるという過労死の実情は定かではない。

中国の法定労働時間は、国務院「労働者の労働時間に関する規定」(1995年改正)により、1日8時間、週40時間とされている(注1)。時間外労働については、労働法第41条に基づき、使用者が繁忙期の農産物の買い付けなど生産経営の必要により、工会(労働組合)及び労働者との協議を経て、1日1時間を超えてはならない範囲で、さらに、「特別な理由」による場合、労働者の身体の健康を保障することを条件として、1日3時間(1カ月36時間)を超えない範囲で労働時間の延長を認めている。賃金の割増率は平日150%、休日200%、法定休日300%である。

また、柔軟な労働時間制度として、(1)「企業の高級管理人員」「営業職」「外勤職」「一部の宿直職員」「長距離輸送運転手」「タクシー運転手」らを対象にした、1日の労働時間を固定しない「不定時労働時間制」(日本の裁量労働制に類するもの)、(2)交通、郵便・電信など継続的作業を必要とする業務や、季節で繁閑のある業務の従事者などを対象にした「総合計算時間労働時間制」(日本の変形労働時間制に類するもの)がある。

これらの制度を採用する場合は、労働者の休憩・休日の権利を確保する措置をとることが求められ、各地の規定にしたがって、労働行政部門の許可を得なければならない(注2)

国家統計局『中国労働統計年鑑』によると、2014年9月の都市部労働者の週平均労働時間は46.6時間で、48時間を超えて働く人の割合は33.7%となっている。

上海社会科学院半健康状態研究センターは2010年に、92件の過労死の事例を分析した結果を発表した。それによると、過労死した人の平均年齢は44歳で、IT業界に限ると37.9歳と比較的若い層で目立つ。

いつくかの研究機関や民間企業の調査結果からは、IT、金融など競争の激しい業界で、特に若いホワイトカラー層が長時間労働を余儀なくされ、厳しい環境のもとで働いている状況がうかがえる。

中国睡眠研究会が2017年に発表した「中国青年睡眠現状報告」によると、60%以上の若者(45歳までの者)が睡眠時間を犠牲にして、仕事を完成させている。

人材紹介会社「智联(ジーリエン)招聘」が2016年に発表した「ホワイトカラー満足度指数調査」によると、ホワイトカラー労働者の38.7%が有給休暇(注3)を取得していない。

2016年5月の人民網は「毎週平均10時間ぐらい残業している。残業手当はない。上司から残業するよう指示されたことはないが、与えられる仕事の量は勤務時間内に終わるものではなく、サービス残業するしかない。自分の仕事は勤務時間中に終わったのに、同僚はまだ仕事をしているため、仕方なく会社に残って一緒に残業することもある」(北京の大手国有銀行従業員)、「毎週残業を平均約20時間している。それに平日や週末に家でしている仕事の時間は含まれていない。こういう残業は常態化している」(北京の外資系企業従業員)といった、過酷な職場環境を訴える声を伝えている。

中国青年報社会調査センターの調査(約2000人の労働者が回答、2017年1月発表)によると、68.1%が「仕事がたいへん」、86.5%が「過労が健康に悪影響を及ぼすのが心配」と答えている。また、27.6%が「頻繁に残業がある」と回答している。

一方、中山大学社会科学調査センターが2015年12月に発表した調査結果によると、残業する従業員の60%以上が自ら進んで残業しており、過半数がその理由を「残業代を得るため」としている。

「過労死」と労災認定

労働法第89条によると、使用者が制定した規則が法律、法規に違反した場合は、労働行政部門が警告し、是正を命じる。労働者に損害を与えた場合は、賠償責任を負わなければならない。そして、同第90条は、使用者が本法の規定に違反して労働者の労働時間を延長した場合、労働行政部門が警告し、改善を命じ、罰金などの行政処分を下すことができるとしている。これらの条文に基づき、長時間労働で労働者の健康を損ねた会社を処罰できるようになっている。

過労死の賠償を裁判(民事)で争う場合は、侵権(権利侵害)責任法に基づく。最高人民法院(最高裁判所)の「人身損害賠償事件の審理に適用する法律の若干の問題に関する解釈」(2004年施行)は、第11条で「被使用者が事業に従事している間に人身損害を被った場合、使用者は賠償責任を負わなければならない」こと、第12条は、「労働災害保険に一律加入しなければならない企業の労働者が、労災事故で人身損害を被り、労働者またはその近親者が人民法院に対して、企業が民事賠償責任を負うことを求めて起訴した場合、『労働災害保険条例』の規定にしたがって処理する」ことを定めている。

ただし、「労働災害保険条例」により、過労死を労働災害と認定して補償の対象にするには限界がある。そもそも過労死の認定基準は規定されていない。

同条例の第14条は、労働災害を「労働時間中に職場において、業務上の理由による事故で損傷した場合」などと定義している。過労死を労災補償の対象とするには、同第15条の「労災みなし認定」を適用する方法がとられている。

同条文は「労働時間中に職場において突発的疾病により死亡し、または48時間以内に救急治療の効果なく死亡した場合」を労災とみなすというものだ。48時間以内に応急手当をしたにもかかわらず死亡した場合は労災とみなされ、死亡しなかった場合はみなされない。48時間以内に死亡した場合は労災扱いになるが、それを超過してから亡くなった場合はならない。これでは業務時間外に家などで倒れて亡くなった人は対象にならず、48時間という基準の根拠が明確でないなどの問題もある。このため、救済・補償が不公平になるとして、学識者からも批判の声があがっている(注4)

さらに、同第16条は自殺者を労災の対象から外しており、過労でうつ病になり自殺した人は救済されないことになってしまう。

ただ、上記侵権責任法は、生命権、健康権などの権利が侵害された場合の救済などを規定するものである。労災保険条例による労災認定が困難な場合、こうした権利の侵害という観点から会社の責任が問われる。

過労死の増加に警鐘

2016年の人民網は、労働時間や年次有給休暇が法制化されていても、それが現実の社会に浸透しない限り、労働者が次々と倒れる問題は根本的に解決されないとの意見を掲載し、過労死の増加に警鐘を鳴らした。

また、同メディアによると、人力資源・社会保障部労働科学研究所の鄭東亮所長は長時間労働の防止策として、労働保障監察機構による企業の監督強化を行う必要性を指摘している。

また、2017年3月の地元メディア(紅網)は、全国人民代表大会(国会に相当)の湖南省代表である秦希燕氏が、過労死の賠償を現在の「侵権責任法」や「労働災害保険条例」に頼るのは不十分だと指摘し、「過労死賠償制度」の設立を求めたことを報じた。

同年1月の中国青年網では、北京市総工会(労働組合)の王北平氏が「白+黒」(=昼夜を問わず働く)、「5+2」(=平日に加え土日も働く)という過重労働が蔓延する危険性を指摘し、「工会(労働組合)として、過労死防止の取り組みを重視しなければならない」との考えを示している。

参考資料

  • 安徽省人民政府 広東省人民政府 国家統計局 人民網 人力資源・社会保障部 中国政府網 21世紀経済報道

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