不安定な働き方に関する議論
シェアリングエコノミーや待機労働契約など、新しい働き方の普及に伴い、雇用の不安定さや、労働者としての権利が保障されにくいといった問題が顕在化している。柔軟な働き方への労働者や雇用主のニーズを考慮しつつ、制度の悪用を防止するための方策の必要性が議論されている。
自営業者を利用するコストを引き上げて悪用防止を
シェアリングエコノミーの従事者は、通常、自営業者として扱われ、最低賃金や休暇などが適用されないほか、事業者側には社会保険料の拠出が発生しないなど、被用者や労働者とは制度上の扱いが異なる。しかし、実態は従属的な労働者でありながら、契約上は自営業者として扱われることで、本来適用されるべき法的な権利が保障されていないとして、従事者が事業者を提訴する動きがみられ、雇用審判所がその主張を認める判決が相次いでいる。昨年10月には、ウーバー社(配車サービスのプラットフォームを提供)のドライバーが労働者としての権利を求めて申し立てを行い、雇用審判所はこれを認める判断を示したところだ。また、今年に入ってからも、複数の自転車便の配達人による申し立てが、相次いで雇用審判所で認められている(注1)。いずれの判決も、従事者は自営業者であるとの事業者の主張は実態に即していない、と指摘する内容となっている。さらに、料理の配送サービスDeliverooの配達人も、同種の申し立てを検討しているという(注2)。
メイ首相は昨年、こうした新しい働き方の拡大に付随して不安定の度合いが増している労働者の法律上の扱いについて、シンクタンクRSAのマシュー・テイラー所長に検証を依頼(Taylor Review)した。報告書は7月の公表が予定されているが、同氏は大まかな方向性として、実態が伴わない自営業者については、現状の法制度における労働者としての権利を保証すべきであると述べている。自営業者か労働者かを判断する基準としては、事業主の従事者に対する管理(control)の度合いに注目することを提案している。また、こうした制度濫用のインセンティブは、自営業者とその他の労働者で税・社会保険負担の条件が異なることで生じている側面があるため、より一貫した制度への転換をはかる必要を指摘している(注3)。
原則、労働者として権利保障を―議会雇用年金委
議会でも、雇用年金委員会がこの問題に関する検討会を立ち上げ、5月初めに報告書を公表したところだ(注4)。近年の自営業者の増加や不確定な労働時間、不安定な短期雇用契約、あるいはシェアリングエコノミーの仕事など、近年の急速な労働市場の変化に、既存の社会保障制度が対応する必要があるとの問題意識から、検討会はとりわけシェアリングエコノミーにおけるニセ自営業者の問題を厳しく追及する姿勢を示し、当事者である事業者や労働組合、シンクタンクなどからの意見聴取を実施した。
報告書は、一部の雇用主による制度の悪用により、労働者を搾取から保護できていないだけでなく、社会保障制度への負担が増している可能性を指摘。ある者が自営業者かどうかについて、雇用主に選択を許すのではなく、原則として労働者として扱うべきであると提言している。また従来は、自営業者は社会保障制度による支援の適用をほとんど受けていなかったため、社会保険料の拠出に関して異なる条件が適用されることにも妥当性があったが、2016年に実施された公的年金の一元化により、社会保障制度から得る利益は被用者・労働者とほぼ同等になっており、このため拠出に関する条件も同等とすべきであるとしている。ただし、自営業者という働き方自体は積極的な選択でもありうるとして、これを希望する人々に対してはジョブセンタープラス(公的職業紹介機関)が専門的なサポートを提供すること、また低所得層向けの給付制度がこうした選択を阻害しないよう提言している(注5)。
待機労働契約からの転換を申請する権利
一方で、ここ数年急速に拡大している待機労働契約(zero-hours contract)も、同様に不安定な働き方として関心を集めてきたところだ(注6)。予め決まった労働時間がなく、仕事のあるときだけ使用者から呼び出しを受けて働く働き方で、労働時間に応じて賃金が支払われる。使用者には仕事を提供する義務はなく、また労働者の側でも仕事を受けるか否かは任意で、他の使用者の求めに応じて働くこともできるとされるが、実態としては労働者にこうした自律性は乏しく、特定の使用者の元で従属的に働く場合も多いとみられる。また、育児や学業などとの両立のニーズに合った柔軟な働き方として評価される一方で、労働時間の不安定さが所得の不安定さにつながっていることも、問題として指摘されているところだ。
統計局が5月に公表したデータによれば、待機労働契約の従事者数は2016年10―12月期の平均でおよそ90万人、統計上は過去10年間でおよそ6倍に増加している(注7)。宿泊・飲食業(19万9000人、業種別就業者の22.0%)、保健・福祉業(18万3000人、同20.2%)、運輸・芸術・その他サービス業(15万9000人、17.6%)などで比率が高く(図表参照)、多くは未熟練職種や介護・レジャー・その他サービス職などの従事者とみられる。また、全体の3分の1にあたる30万人が、16~24歳の若年層だ(注8)。
現地メディアによれば、テイラー氏は上記のレビューにおいて、より安定的な労働時間を希望する労働者には、使用者に対して労働時間が定められた契約への切り替えを申請する権利を付与し、使用者にはこれを真摯に検討することを義務付ける、との提言を盛り込むとみられる(注9)。
経営側はおおむねこれに賛同しているとみられるものの、ナショナルセンターのイギリス労働組合会議(TUC)は、雇用主が明確な理由や判断基準を提示せずに申請を拒否できるとみられること、また待機労働契約の従事者が、仕事を提供されなくなることを恐れて申請を避ける可能性があることなどを挙げ、提案は実効性を欠いていると批判している。
図表 待機労働契約による労働者数(2016年10~12月)
- 出所:Office for National Statistics "Contracts that do not guarantee a minimum number of hours: May 2017"
注
- 申し立ては、使用者の異なる4人の配達人が合同で原告となっているもの。うち2人について、原告の申し立てを認める判決がそれぞれ1月と3月に示されている。また、残る2人の原告の雇用主のうち1社(ロイヤル・メールの子会社であるeCourier社)は、審理に先立って誤りを認め、休暇手当の未払い分として545ポンドを支払うことを約束するとともに、同種の事例の有無について社内調査を行うとしている。なお、上述の勝訴した原告も、労働者として年数日の休暇に関する権利が認められ、あるいはこれに相当する320ポンドあまりの支払いが命じられるに留まっており、個別のケースに関する限り、使用者側の損失はごく限定的といえる。(本文へ)
- 後述の雇用年金委における検討会に寄せられたエビデンスによれば、同社は配達人との契約(Supplier Agreement)において、配達人が労働者(あるいは被用者)としての権利に関わる訴訟を行わないことを保証し、これに反した場合は、訴訟などに係る費用の一切を配達人側が負担することに合意させる条項を盛り込んでいた。また、同社は検討会において、配達人にはノルマやこれに付随するペナルティは設けていないと主張しているが、配達人によって委員会に提供されたエビデンスは、同社が対象期間中のログイン時間の少なさを理由に、契約の終了を通告する内容となっていた。(本文へ)
- 政府が3月に公表した2017年度予算では、自営業者向けの社会保険料の徴収基準(原則として定額、2017年度は週2.85ポンド)を廃止し、他の労働者と同等とする(所定の給与額まで、原則として労働者12%、雇用主13.8%)プランが示されたが、与党保守党内部からの反対に加え、2015年の総選挙時の公約(税・社会保険料の引き上げは行わないとの)に反するとのメディアなどから批判を受け、ほどなく撤回された。(本文へ)
- Work and Pensions Committee "Self-employment and the gig economy inquiry"(本文へ)
- 自営業者として軌道に乗る過程で、所得の増加に対して給付額の削減の度合いが大きい場合、マイナスのインセンティブとして働く可能性が想定されている。(本文へ)
- 野党労働党や労働組合などは、待機労働契約の原則禁止を要求している。政府はこれを拒否したものの、2015年には、待機労働契約において他の使用者の下で働くことを禁止する条項を無効とする制度改正を行った。(本文へ)
- 統計局によれば、メディアを通じて待機労働契約に関する認知度が高まったことで、自らの雇用契約を待機労働契約であると回答する労働者が拡大したことも影響しているとみられる。(本文へ)
- このほか、25~34歳が18万1000人、35~49歳が17万人、50~64歳が22万1000人、65歳以上が3万2000人。(本文へ)
- 既に導入されている、柔軟な勤務時間(flexible working)の申請に関する制度と同様の手法。現地メディアによれば、テイラー氏はマクドナルド社が国内で開始した切り替え制度の動向に影響を受けたとみられる。同社では、一部の店舗での試行の結果、対象となった労働者の2割が切り替えを申請した(8割は従来の契約で働くことを選択した)という。
なお、テイラー氏はこのほか、待機労働契約による労働者により高い賃金を支払うことを雇用主に義務化するかを検討している、とメディアは報じている。(本文へ)
参考資料
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=145.45円(2017年7月27日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
2017年7月 イギリスの記事一覧
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