「過剰生産能力」の解消と雇用対策

カテゴリー:雇用・失業問題労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2016年9月

主要20カ国・地域首脳会議(G20)が9月4~5日に杭州で開かれた。5日に採択された首脳宣言では、鉄鋼及びその他の産業における過剰生産能力を世界的な課題と認識し、「グローバル・フォーラム(中国語:全球论坛)」の設立を通じた情報の共有と協力を促進することがうたわれた。

中国政府は産業構造の改革を2016年経済運営の最優先課題のひとつに挙げている。とくに、「ゾンビ(僵尸(ジャンシー))企業」といわれる「石炭」「鉄鋼」など経営難の国有企業の問題にメスを入れ、合併・再編、破産・清算などを進めていく方針を示している。人力資源・社会保障部によると、今後、「石炭」「鉄鋼」の両業界で合計180万人ほどの大規模な人員削減が見込まれる。政府はIT分野、サービス業など成長が見込まれる分野で新たな産業・雇用を創出するなどして、不採算部門からの移動を余儀なくされる労働者の雇用の受け皿にしたい考えだ。

雇用対策に1000億元

2016年3月に開かれた、中国の国会に当たる「全国人民代表大会(全人代)」で、李克強(リー・クーチアン)首相は「供給側の構造改革を強化し、持続的な成長の原動力を増強する」との方針を「政治活動報告」で提起し、赤字国有企業の過剰生産能力の解消とコストダウン・効率向上に取り組む意欲を強調した。そして、総額1000億元の「特別奨励・補助資金」を国家予算から拠出し、構造改革で職を失う人員の再配置・再就職の政策に充てる方針を表明している。3月16日の記者会見では「我々は生産能力を減少させるが、多くの労働者を失業させないよう、彼らに新しい仕事をさせることに努力する」と語った。「特別奨励・補助資金」は今後2年間に拠出する額としている。

人員削減の規模

政府が大規模な人員削減の方針を示したのは、1990年代後半に国有企業の民営化が進められて以来のこと。当時の国有企業は「下崗(シアガン)」(一時帰休、レイオフ)によって、従業員のリストラ、削減を進めた。

2008年のリーマン・ショック後、中国政府は4兆元規模の景気刺激策を実施した。各地で鉄道や道路などのさまざまな開発が行われ、石炭・鉄鋼などの業界は活況を呈した。しかし、開発の動きがある程度収まると、これらの業界は国内での市場を失い、過剰生産能力の問題を抱え込むようになる。鉄鋼業は海外に販路を見出し、安価で輸出したために世界的な価格の下落を招き、各地の鉄鋼業の経営を脅かす事態をもたらしたとみられている。
欧州連合(EU)商工会議所の駐北京商会が2016年2月22日に発表した「中国の過剰設備」に関する報告書(注1)によると、中国の粗鋼生産量(2015年)は、世界の4大生産国(米国、日本、インド、ロシア)の合計の2倍以上に達している。一方、中国鉄鋼工業協会によると、会員企業全体の粗鋼生産量(2015年)の5割弱を赤字企業による生産が占めている。

「全人代」の開催に先立ち、2016年2月4、5の両日、国務院(政府)は鉄鋼と石炭の両業種について、それぞれ「過剰生産能力の解消、困難からの脱出、発展に関する意見」(以下: 「鉄鋼意見」「石炭意見」)を発表した。「鉄鋼意見」では、2016年から5年間で1~1.5億万トン減らす目標を定めた。また、「石炭意見」では、生産能力を2016年から3~5年間で5億トン減らすことなどを掲げた。

尹蔚民(イン・ウェイミン)人力資源・社会保障相は2月29日の記者会見で、国有企業で約180万人(鉄鋼業で約50万人、石炭業で約130万人)の人員削減が行われるとの見通しを語っている。その後、人力資源・社会保障部をはじめ7つの政府関係部門など(注2)は共同で「鉄鋼・石炭産業の過剰生産能力解消、困難からの脱出、発展の実現のための従業員の適切な配置に関する意見」(以下:「鉄鋼・石炭意見」)を出し、具体的な雇用対策を示した。

職種転換の促進

人力資源・社会保障部などが「鉄鋼・石炭意見」に盛り込んだ主な雇用対策は以下の4点である。

①企業内での雇用の維持

経営の多角化・新産業への転換、主要部門と関連部門の分離などにより、企業(グループ)内に新たな職場をつくり、余剰人員の職種転換をはかって再配置を行う。このため従業員の職業訓練を行う企業に対して補助金を支給する。

また、「大衆創業・万衆創新(大衆の起業・万民のイノベーション)(注3)」「互聯網+(インターネット・プラス)(注4)」を推進し、新商品の開発、新しい業態への転換などによって国内外の市場を拡大させ、働く場所を増やす。

比較的に先進技術を持ち、市場の将来性は見込めるが、一時的に経営が困難になっている企業は、工会(労働組合)や従業員との間で賃金についての協議や、労働時間の柔軟化などを行って、既存の職場で雇用の安定を図る。人員削減を行わない、あるいはその規模が少ない企業に対しては、失業保険基金から職業安定補助金を支出して、企業内での雇用を維持する。

②再就職・転職・創業(起業)支援

従業員を(企業外の)別部門に再配置する予定の鉄鋼、石炭業は、あらかじめ対象者数とその就業ニーズを把握し、再就職支援計画を作る必要がある。その人員が100人以上になる場合は、就職セミナーを開く。

失業登録者には就職指導、職業紹介、職業相談(カウンセリング)などのサービスを無料で行い、該当地域の支援体制に組み込む。転職、技能向上のための訓練を受ける者に補助金を給付する。同じ世帯に就業者が一人もいない者や就職困難者に対しては、訓練期間中、一定の生活費を補助する。

創業(起業)を希望する失業者らに研修の機会を提供する。
鉄鋼・石炭以外の産業に乏しい地域などでは、幅広い地域に横断的な求職情報を提供し、求人・求職のマッチングを進める。地域を跨って求職活動を行う就職困難者に対しては、規定に基づき交通費を補助する。

③定年前の退職奨励

定年退職年齢(男性60歳、女性50歳、女性幹部55歳)まで5年未満の従業員が、自主的に企業と労働契約の変更(早期退職)に合意した場合、企業は(退職までの)生活費を支給し、基本養老(年金)保険と医療保険の保険料の負担も続ける。ただし、失業、出産、労災保険の負担はなくなる。こうして「早期退職」した従業員は定年年齢まで年金を受け取ることはできない。

④公共サービス分野での雇用の提供

就職困難者に対してはマンツーマンで就職援助を行う。家庭に就業者がいない者や年配の就職困難者が働く場所を確保するため、公共サービスを提供する公益的な職場の開発に力を入れる。

地方政府の対応

中央政府は石炭や鉄鋼などの重工業の産業を縮小しようとしている。地方政府も、張慶偉(チャン・チンウェイ)河北省長が3月9日の記者会見で「省内の鉄鋼生産能力を2020年までに、2億トン以内に削減する」と述べ、「これは(省内の)6割の鉄鋼業が閉鎖・再編されることを意味する」との見方を示すなど、中央政府の方針に基づき改革を進めていく意向である。

ただし、こうした構造転換の過程では、大量の失業者の発生や税収の急減に伴う問題の発生が懸念される。今後、その直撃を受ける地方政府などでは、改革の推進に慎重な姿勢をとるようになる可能性がある。

現状でも経営難の国有企業で、賃金の未払いにより、デモが起きている。中国本土の労働環境を監視する香港の団体「中国労工通訊」によると、2016年3月、黒龍江省双鴨山(シュアンヤーシャン)市で国有企業グループ「竜煤(ロンメイ)」の炭鉱労働者らによる大規模なデモが発生した。陸昊(ルーハオ)黒龍江省長が全人代会期中に「賃金未払いはまったくない」と発言したことが抗議行動に発展したとみられる。デモでは「我々は生きなければならない。食べなければならない」などと書かれた横断幕が掲げられたという。同省長は発言の誤りを認め、未払い賃金の支払いを約束した。

同団体によると、2016年上半期に発生した中国本土での労働者のデモやストライキなどの抗議行動は1454件で、前年同期より18.6%増加している。発生件数の割合を業種別に見ると、建設業(40%)、製造業(24%)で多い。鉱業は74件で前年同期の41件から大幅に増加している。

国有企業労働者の雇用が不安定化すると抗議行動や労働争議の増加が予測される。7月の粗鋼生産量は6681万トンと前年同月を2.6%上回っており、鉄鋼業界で直ちに大規模な人員削減が行われる可能性は低いとみられるが、政府は産業構造の転換、人員の再配置にあたって社会的な混乱を招かないよう、その動向を注視、警戒しながら慎重に改革を進めていくものとみられる。

参考資料

  • 新華網、中共新聞網、中国外交部、中国国家統計局、中国政府網、中国鉄鋼工業協会網、中国人大網、中国労工通訊 日本外務省、ロイター通信

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