アプレンティスシップ拡充に向け負担金制度など導入

カテゴリー:雇用・失業問題人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2016年2月

政府は12月、能力開発政策の中心に掲げるアプレンティスシップ(企業における見習い訓練)の促進策をまとめた政策方針文書を公表した。新たな負担金制度による財源確保のほか、訓練内容について雇用主により大きな裁量を与える手法の導入などで、2020年までに300万人への訓練の提供を目指す。アプレンティスシップの拡充については概ね歓迎されているものの、訓練の質をめぐっては懸念の声もある。

負担金制度の導入で30億ポンドの財源確保

アプレンティスシップ(注1)は近年、企業による能力開発投資の活性化策として重点が置かれている政策の一つで、経営や保健・公共サービス・介護、小売・商業などの分野を中心に、中等教育修了相当から学位レベルまでの多様なスキームが実施され、年間50万人前後が新たにプログラムに参加している。政府は、アプレンティスシップは生産性を高め、個人の生涯所得を引き上げ、また財政的にも利益になる(注2)として、参加者数の拡大に向けた施策のほか、質の低い訓練スキームの排除(注3)やより高度な訓練の奨励などを図ってきた。2015年5月に成立した保守党政権は、2020年までの5年間に新規参加者を300万人に拡大する(2010年5月以降の5年間の新規参加者数は220万人)との目標を掲げており、今回公表された政策方針文書は、その達成に向けた道筋を示すことが意図されている。

一連の取り組みの柱は、雇用主に対する負担金制度の新設だ。2017年4月より開始される同制度は、雇用主に負担金制度を導入、給与支払い総額の0.5%相当額の支払いを義務付ける。ただし、年間15000ポンドまでの還付制度を併せて導入することで、給与支払い総額が300万ポンドを下回る雇用主に対しては実質的に負担金が免除される。政府の試算によれば、実際に負担金を拠出する企業は全体の2%相当とみられるが、2019年度には年間30億ポンドの財源が確保されるという。

また、実施に関して雇用主主導への転換が図られる。既に、雇用主のニーズに基づく訓練内容をアプレンティスシップとして認める新たな手法が、一部の雇用主の参加により先行的に実施されているところだ。従来のアプレンティスシップは、所定のレベルの職業資格の取得を訓練に組み込む必要があったが、新手法では達成目標やその評価方法の設定に関する裁量が与えられる。雇用主は、訓練プロバイダや資格授与機関の協力を得て、内容を作成する。公的補助についても、訓練プロバイダに訓練コースの経費を支払う(注4)従来の方法から、雇用主に対して直接補助を行い(注5)、雇用主がその用途を決定する方式に転換する。

新手法の本格的な導入は、2017年度に行われる予定だ。また、修了後の就業等の実績について評価する制度を新たに設け、将来的にはプロバイダの評価指標とすることが想定されている。

訓練の質の劣化に懸念も

アプレンティスシップへの政府予算の増額や促進策は、参加者数の拡大に寄与したとみられるものの、訓練内容の劣化を指摘する声は多い。昨年10月に、教育機関の監査を行うOfstedがまとめたアプレンティスシップに関する報告書も、近年の増加の大半を占める25歳以上層は、顧客サービスや小売、介護などの分野で低レベルの訓練を受ける傾向が強いとしている。こうした層の中には、既に身についている(長期の訓練を必要としない)未熟練のスキル(注6)を事後的に認証されているに過ぎない場合も多く、極端な例では自らがアプレンティスとして働いていることを知らない者すらいるという。また、より上級のアプレンティスシップや高等教育に進む比率も低い。報告書は、アプレンティスシップの名の下で低賃金労働が公的に助成されている状況を批判、若年層に対するより質の高い訓練の提供の必要性を提言している。

図表:アプレンティスシップへの新規参加者数の年齢層別推移
図

  • 出所:Skills Funding Agency (2015) "Further education and skills: statistical first release - learner participation, outcomes and level of highest qualification held"

政府が現在掲げている数値目標についても、訓練の質への影響が懸念されている。政府の能力開発政策に大きな影響力を有するユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのウルフ教授は、負担金制度の導入についてはかねてから賛意を示しているものの、300万人という高すぎる目標は達成不可能であり、これを追求しようとすれば質を犠牲にせざるをえなくなるとして、「大きな間違い」と評している。想定されている予算も、広範な層に質の低い訓練を行うのがやっとのレベルに留まる、と指摘している。

また、新たに導入される負担金制度をめぐっても、経営側からは懐疑的な意見が見られる。雇用主に一定の負担金の拠出を課し、これを財源として業界内の労働者の訓練費用に充てる手法は、従来から建設業やエンジニアリングといった業種で実施されているものの、こうした教育訓練へのニーズは業種によって異なることが一因とみられる。経営者団体CBIは、制度導入により雇用主の負担が増加することで、小売業などでの雇用への影響が避けられないと述べている。CBIが実施した調査によれば、負担金制度による人材不足への対応に賛同する雇用主は16%にとどまり、47%がコスト増などに懸念を示している(注7)

一方、雇用主主導による新手法のアプレンティスシップについては、経営側から概ね好意的に受け止められている。上記のOfsteadの報告書も、先行して実施されているスキームは質の高い訓練を提供しており、雇用主と訓練プロバイダの間の協力関係も緊密であるとして評価している。ただし、中小企業の間では、これまで訓練プロバイダが担ってきた訓練内容の作成や事務手続きなどの負担が雇用主に負わされることで、むしろアプレンティスを受け入れにくくなるとの声も聞かれるという。

また、訓練内容に関する雇用主の裁量の大きさを懸念する意見もある。政府の諮問を受けて、2013年に職業資格制度の見直しに関する提言を行ったBAEシステムズ社のホワイトヘッド氏は、新たな手法によるアプレンティスシップは、「率直に評価するなら、コントロール不能の状態にある」と述べている。従来の方式が訓練内容の一環として組み込むことを義務付けていた職業資格は、業種毎の雇用主が中心となって構築されてきた全国職務基準(職務ごとの遂行能力を詳細に規定)を基盤としているが、新手法ではこうした基準の利用も任意となるため、業種内で求められる標準的なスキルが網羅されない可能性を懸念するものだ。

QCFは廃止へ

関連して、職業資格制度自体についても大幅な見直しが進んでいるところだ。2015年10月には、職業資格制度として実施されていた資格・単位枠組み(Qualification and Credit Framework-QCF)が廃止された。QCFは、教育職業資格の習得課程を全国職務基準に基づく単位に分割して、段階的な資格の取得や、資格間の単位の共通化、また取得に要する学習時間の数値化などを可能とする従来より柔軟な資格制度として、2009年に導入された(注8)。しかし、導入から5年を経て既に資格の質を維持できなくなっていることや、実施に要する厳格な規定が利用を煩雑にしていること、また雇用主のニーズに沿った内容の資格が提供出来ていないことなどを理由に、教育職業資格の監督機関であるOfqualが廃止を決めたものだ。Ofqualは2017年末を目途に、QCFに基づく資格を廃止するよう勧告している。一方で、QCFに先立って使用されていた全国職業資格(National Vocational Qualifications-NVQ)については、一部の業種で依然として広く認知されていることを踏まえ、引き続き使用を認めるとしている。

QCFの廃止に伴い、新たに導入される規制資格枠組み(Regulated Qualifications Framework-RQF)は、難易度と学習時間により教育職業資格を整理するにとどめることで、制度の簡素化がはかられている。新たな枠組みのもとで資格として認証を受けるためには、雇用主からのニーズに関するエビデンスなどが要件となるとみられるが、具体的な基準は今のところ不明だ。

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