保守党単独政権発足
―200万人分の雇用拡大策など柱に
5月の総選挙で過半数の議席を獲得して発足した保守党による単独政権は、マニフェストに掲げた雇用拡大、アプレンティスシップ(企業等における見習い訓練)の拡充のほか、歳出削減の継続や減税の実施などの公約の実現に意欲を示している。同月に開会した議会では、関連する施策として、社会保障給付の追加的削減や外国人流入の抑制、あるいは労働組合によるストライキへの規制強化などに関する法案提出の方針が示されている。
社会保障給付の引き締めで雇用を促進
政府は、総選挙からほどなく開会した議会において、施政方針の表明を行った。今会期に提出予定の法案の概要を示すもので、筆頭に掲げているのは、5年間で200万人分の雇用拡大と300万人分のアプレンティスシップの提供を盛り込んだ「完全雇用・社会保障給付法案」だ。雇用拡大の方策として、政府は社会保障給付の制度改正を通じた給付受給者や若者の就労促進を掲げている。具体的には、2016年4月から2年間にわたる就労年齢層向け給付、児童給付および各種税額控除の改定の停止(障害者及び年金受給者向け給付を除く)、世帯あたり給付上限額の2万6000ポンドから2万3000ポンドへの引き下げ(就労税額控除または障害者向け給付の受給世帯を除く)、また18-21歳層に対する住宅給付の適用の廃止などが法案に盛り込まれるとみられる(注1)。加えて、18-21歳の失業者に対しては、通常の失業手当制度である「求職者手当」に替わる「若者手当」(Youth Allowance)を新たに導入し、受給初日から就労に向けた活動により厳しい条件を設けるほか、6カ月を超えて申請する場合には、アプレンティスシップやトレイニーシップ、あるいはコミュニティ労働を義務づけるとしている(注2)。関係大臣には、法定化されたこれらの目標に関して、毎年の進捗状況の報告が義務付けられる。
雇用に関する目標は、2010年以降の5年間にほぼ同等の就業者の増加があったことを受けたものだ。直近の雇用統計によれば、就業者数は金融危機直前の水準を超えて、3100万人と記録的な水準に達している(注3)。一方で、アプレンティスシップの提供については、過去5年間の実績は200万人前後に留まっており、目標の達成には大幅な増加が必要となる。保守党は、既存の継続教育(16歳以上層に対する教育・職業訓練を提供)機関が提供する低レベルの座学主体のコースを、より実際的なアプレンティスシップに転換する取り組みを進めるとしている。しかし、教育訓練サービスの関係組織の間では、数量目標の達成のために質に関する基準が緩和される可能性や、本来対象となるべき若年層への提供が進んでいないといった実態に対する懸念も聞かれる(注4)。
なお、今回の施政方針では示されていないが、企業に対する雇用促進策としてマニフェストが掲げているのは、社会保険料の減免だ。既に2014年4月から、雇用主の国民保険負担を年2000ポンドまで還付する「雇用手当」(Employment Allowance)が導入されており(注5)、今年度も継続されることが決まっているほか、2015年4月からは、新たに21歳未満の労働者に関する雇用主負担分が廃止された。マニフェストはこれらに加えて、25歳未満のアプレンティスシップによる受け入れについても雇用主分の拠出を廃止するとしている。
社会保障給付は削減、所得税は減税
さらなる財政緊縮を通じた政府債務の削減も、保守党がかねてから掲げてきた公約の一つで、2018年までに見込まれる300億ポンドの歳出削減のうち、120億ポンドを社会保障給付の削減によって賄うとの方針が示されている(注6)。具体的な内容は、7月の緊急予算案で示される予定だが、現地メディアが雇用年金省からのリーク情報として報じるところでは、介護手当の受給資格を低所得層に限定、拠出制の求職者手当および雇用・生活補助手当(就労困難者向け手当)に所得額に応じた減額を導入、障害者向け給付(障害生活手当または個人自立手当)への課税、労災補償制度の民間保険への置き換え(未加入者のみ公的スキームを適用)、児童給付の対象を子供二人までに限定、世帯あたりの給付受給額の上限を地域毎に設定、などが検討されている(注7)。
一方で、就労促進の立場から、所得税については減税策を予定している。低所得層向けには、最低賃金による30時間労働分の賃金収入に相当する1万2500ポンドまで、課税対象額の下限を引き上げる(現在は1万600ポンド)。同時に、相対的に高い所得に対する税率40%の適用下限額も、現在の4万2386ポンドから5万ポンドへの引き上げを行う。
このほか、両親が働いている世帯について、3-4歳児の託児補助(全額補助)を週15時間から30時間に引き上げる(年間38週分)。
社会保障給付は、既に前政権下で210億ポンドともいわれる削減(注8)を経ており、これによって就労年齢層の低所得世帯が大きな所得低下を被ったとの見方が強い。今後5年間でさらに120億ポンドを削減する場合、失業者や就労困難者、障害者、低所得層へのさらなる影響が懸念される。シンクタンクのInstitute for Fiscal Studiesは、この大幅な削減を非就労世帯向けの給付の削減だけで賄うことは難しく、例えば、児童給付の廃止や低所得層向け給付における児童要素の減額、住宅給付の減額(一律に自己負担部分を設定)など、広く就労世帯を含む大幅な給付の削減が必要となるとの試算結果を示している(注9)。
外国人流入対策に各種給付の厳格化
近年の外国人の急速な増加も、選挙戦で焦点となった問題の一つだ。前政権は、国内への人の純流入数(流入者数から流出者数を差し引いたもの。イギリス人を含む)について、2015年までに年間10万人未満に減らすことを目標として掲げていた。しかし、EU域内では人の移動の自由が保障されていることから、加盟国からの流入を抑制することは難しく、実際にはむしろ連立政権成立前の水準を上回る結果となった(注10)。
新政権は、この目標を引き続き維持するとしており、対応策の一環としてEU域内からの外国人流入の抑制策を導入する方針を示している。ただし、今回の施政方針で示された法案の内容は、外国人の不法就労や雇用主による搾取に対する取締りの強化といった内容に留まり、EU域内からの外国人の流入抑制に関する目立った施策は盛り込まれなかった。具体的には、外国人労働者が不法な就労を通じて得た賃金を没収可能とすることや(注11)、雇用主による搾取に対する新たな取締り機関の設置、また人材サービス事業者に対して国内での(英語による)求人を経ずに国外で労働者を募集することを違法とすること、などが含まれる。加えて、技能を有する域外からの労働者への依存状態を改善するため、受け入れに際して雇用主に負担金を課し、これをイギリス人及びEU加盟国民に対するアプレンティスシップ実施の財源に充てる意向を示しており、制度導入に向けて、今後パブリック・コンサルテーション(一般向け意見聴取)を行うとしている(注12)。
今回の施政方針に含まれなかったEU域内からの外国人流入への対策は、2017年末までに実施を予定しているEU加盟継続の是非を問う国民投票の実施に絡んで、政府が意欲を示しているEUとの間での交渉(注13)と関連して、順次実施されるとみられる。保守党がマニフェストに掲げている主な内容は、税額控除や児童給付の受給、公的住宅への申請に関して4年間の滞在期間を要件化すること、また児童給付の対象をイギリス国内に滞在する児童のみに限定することや、EUからの求職者に対する求職関連給付の受給資格の廃止、6カ月を超えて仕事に就けない場合は国外退去を求めること、などだ。また、新規EU加盟国には他の加盟国と同等の経済水準に達するまで自由な移動の権利を認めないとしている。一方、域外からの外国人についても、家族の帯同や、家族ビザ(イギリス人や永住権保有者の家族としての入国)の延長に際して、所得水準や英語能力の要件の厳格化をはかるほか、公共部門で就労する外国人に対しては、流暢な英語能力を要件化するとしている。加えて、想定外の外国人の急激な流入によるコミュニティへの影響に対応することを目的とした、新たな基金(Controlling Migration Fund)を設置する方針を示している。
ストライキに対する規制強化
さらに今会期には、労働組合によるストライキの実施に対する規制強化などを盛り込んだ法案の提出も予定されている。政府は法案提出の目的として、経済の繁栄と、少数の組合員のみが賛成したストライキによって勤勉な人々に影響が及ぶことの防止を挙げている。主な内容は、ストライキの実施に先立って労組に義務付けられた組合員投票について、従来の過半数による賛成に加えて、投票権を有する組合員の半数以上の投票を成立要件として定めるほか、保健・教育・消防・交通の各公共サービス部門における投票については、対象組合員全体の4割以上の賛成を条件とする(注14)。また、賛成票には有効期限を設ける。このほか、組合費における政治基金部分(政党への献金などの財源)の徴収に関して、組合員の合意プロセス(opt-in process)を法制化するとの方針が示されている。マニフェストにはこれらに加えて、ストライキ中の欠員補充に雇用主が派遣労働者を利用することを認めるとの内容が含まれていたが、法案に含まれるかは不明だ(注15)。
近年の目立ったストライキの大半は公共部門によるもので、歳出削減に伴う賃上げ凍結や人員削減、年金に関する条件の切り下げなどをめぐって発生しているが、その多くはこれらの要件を満たしていないとみられる。イギリス労働組合会議(TUC)は、合法的なストライキの実施がほぼ不可能になるとしており、極端な歳出削減に対する公共部門労組の対抗手段を阻止しようとする意図があると政府を批判している。また、ストライキの実施を困難にすることにより、低賃金・不安定雇用を濫用する雇用主を益していると述べている。
野党の政策方針に混乱
最大野党である労働党は、賃金水準の低迷や不安定雇用(注16)の拡大、低所得層の拡大などを争点に、より平等な社会の実現を掲げて(注17)選挙戦を争ったが、前回選挙から票を伸ばすことができず、結果として保守党による過半数の議席獲得を許した。従来、多くの議席を得ていたスコットランドでは、独立をめぐって昨年実施された国民投票を経て支持率を高めたスコットランド国民党に議席の大半を奪われ、またイングランドでは、労働者階層や高齢者層の支持を集めた反EU政党の台頭が影響したとみられている(注18)。
総選挙での敗北を受けて辞任した前党首の後継者選びと絡んで、労働党内部では選挙戦における左派的な方向性からの転換を求める声が強まっている。例えば、労働党の副党首は、選挙戦における一連の争点が、自分の生活と関係のない問題にこだわって、勤勉な労働者よりも給付受給者に肩入れしているとの印象を有権者に抱かせたことが、経済運営能力に関する不信感と併せて、労働党離れの要因となったとの見方を示している(注19)。また、9月の党首選に向けて出馬の意向を示している党首候補者の間でも、例えば企業寄りの姿勢や、給付に関するルールのさらなる厳格化など、より保守党に近い政策方針を示して中間層の支持獲得を図るべきであるといった主張がなされるなど、従来の方向性からの変化を明確に示す必要性が議論されている。
政府の進める歳出削減や給付の減額などに対して、労働党が明確な立場を示すことに消極的になれば、政府案への反対は一部の左派少数政党(スコットランド国民党や緑の党)に限定されることとなり、結果として法制度の改正がより容易になることが想定される。
注
- 住宅給付の適用廃止による節約分は、アプレンティスシップ拡充の財源に充てるとの方針が示されている。(本文へ)
- 施政方針では示されていないが、マニフェストによれば、支給額は求職者手当と同等。また、コミュニティ労働は週30時間としている。現在の18-24歳層向け求職者手当額の週57.90ポンドから、時給換算で1.93ポンドとなり、18-20歳向け最賃額5.13ポンドを大きく下回る。(本文へ)
- ただし、金融危機以降は賃金水準や労働生産性の低迷が続いており、就労世帯による低所得層向け給付の受給は拡大する状況にある。(本文へ)
- 地方自治体の連合体であるLGAによれば、過去5年間のアプレンティスシップ参加者の4割を25歳以上層が占めるほか、中心となる中級アプレンティスシップの参加者の67%が、既に企業に雇用されている従業員であった。また、中級アプレンティスシップ参加者のうち15%(16-18歳層では24%)の賃金水準が、最低賃金を下回っていた。(本文へ)
- 2014年度には申請可能な企業の9割近く(およそ111万社)が還付を受けたとみられる。ただしBBCの報じるところによれば、人材ビジネス業では、従業員を代表者に多数の即席の有限会社を設立し、各々を通じて年間2000ポンドの還付を申請するといった制度の悪用が行われている。(本文へ)
- 公的年金を除く年間の支出額約1250億ポンドの10分の1に相当。政府は、今後5年間は所得税、付加価値税および国民保険拠出の税率を凍結することを定める法案の提出を予定しており、債務の削減は社会保障支出の削減のほか、各省庁の予算の節約を通じて行う方針とみられる。(本文へ)
- BBCの今年3月時点の報道による。(本文へ)
- 保守党のマニフェストによる。(本文へ)
- 金融危機以降、雇用機会の減少や賃金水準の低迷などから、就労者の間での給付受給が拡大している。例えば、低所得層向けの給付制度である住宅給付の受給者に占める就労者の割合は、2010年5月時点の13%(475万人のうち65万人)から2015年2月時点には22%(488万人のうち110万人)に増加している。(本文へ)
- 総選挙に先立って2月に公表された純流入数は29万8000人で、2010年の水準からは約5万人増。キャメロン首相は、連立の相手方であった自由民主党の反対によって、これまで有効な施策の実施が妨げられてきたと述べ、単独政権として施策強化にあたる意向を示している。(本文へ)
- BBCによれば、現行の制度では、合法的な入国者が滞在資格に反する形で就労した場合には、刑事犯罪としての訴追により6カ月間の拘束や上限額の制限のない罰金を科すことが可能だが、不法入国者や、滞在資格が失効した外国人については、同様の責任能力は認められず、警察が財産の没収を行うこともできない。今回提出予定の法案は、警察権限の拡大によりこれを可能とする意向を受けたものだ。(本文へ)
- マニフェストでは、労働力不足職種リスト(域外からの労働者の受け入れ手続きが簡素化される職種・レベルのリスト)を利用する雇用主に対して、国内労働者の長期的な訓練計画の提出を義務づけるとの内容が含まれていた。負担金の導入案がこれを代替するものかは不明。(本文へ)
- イギリスのEU残留の条件として、人の移動、人権、貿易などの領域における各加盟国の権限の拡大などの制度改革を求めるもの。(本文へ)
- 組合員の半数が投票に参加した場合、賛成票が8割を超える必要がある。なお、5月にネットワーク・レール(公的保有の鉄道インフラ管理会社)で発生した賃上げや雇用維持などをめぐる労使紛争では、主要労組のRMTによるスト実施の投票に組合員1.6万人のうち6割が参加、8割(全組合員の48%)が賛成、一方でホワイトカラー層を多く含むといわれる労組TSSAでは、52%が投票、53%が賛成(同28%)との結果となっている。(本文へ)
- 経営者団体のCBIは、スト規制の強化のほか、派遣労働者による要因補充が認められることを歓迎している。(本文へ)
- 労働党は、仕事があるときだけ雇用主の求めに応じて働き、働いた時間分の賃金を受け取る、いわゆる待機労働契約(zero hours contract)の悪用により、労働者の搾取が横行しているとの懸念を以前から示していた。このため、制度の悪用防止策として、例えば実態上は通常の労働時間で働いている労働者について、12週間を超えて就業する場合、労働時間の定めのある契約への移行を求める権利を保証することなどを公約に掲げていた。(本文へ)
- マニフェストは、政府債務の削減や外国人流入の抑制、医療や教育など公共サービスの改善(公的医療サービスの民間委託の進行の停止を含む)などとともに、大企業による税金逃れの規制強化、富裕層に対する課税強化、燃料価格の規制、公的住宅の建設促進、あるいは最低賃金の8ポンドへの引き上げ(2020年まで)や、1年を超えて失業状態にある全ての若者(25歳未満層)に対する仕事の提供など、格差是正と低所得層支援のための多様なメニューを掲げていた。(本文へ)
- 加えて、議会で過半数を占めるには連立が不可避とされていたはスコットランド国民党が、政権運営に影響力を及ぼす可能性が指摘されていたことも、イングランドの有権者の労働党離れの一因となったとみられる。(本文へ)
- 同氏は、労働党支持者の中にすら、今回の選挙で労働党政権が成立しなかったことに安堵したと漏らす層が含まれていた、と述べている。(本文へ)
参考資料
Gov.uk、The Conservative Party
、Office for National Statistics
、Institute for Fiscal Studies
、Trades Union Congress
、BBC
、The Guardian
、The Daily Telegraph
ほか各ウェブサイト
参考レート
1英ポンド(GBP)=185.59円(2015年7月9日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
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