大学生の就職準備への自己投資
韓国は大学入試へ向けての受験競争が大変激しい国として知られるが、就職活動においても、学生は非常に厳しい現実に向き合っている。韓国雇用情報院(KEIS)が2015年4月に公表した報告書は、資格取得、語学研修、専門学校への通学等、就職準備のため、大学生が様々な私的教育に多くの時間と費用をかけている実態を明らかにした。4年制大学生の就職準備に対する自己投資の実態について、KEISの報告書の概要を紹介する。
卒業までの期間は平均で5.2年
韓国の大学進学率は非常に高く、7割を超えている。その一方で、青年層の失業率も高く、近年はその傾向が持続している(注1)。4年制大学の学生は、非常に厳しい就職環境に置かれる中で、就職準備のための自己投資に多くの費用と時間を費やしていることが、この度のKEISの調査(注2)は明らかにした。
4年制大学の卒業生が、入学から卒業までにかけた平均期間は、2012年時点のデータによると、5.2年である(男性の場合、兵役期間を除く)。正規課程の4年間の他、1.2年間を就職準備のために費やしていることが、本調査によって示された。入学から卒業まで、正規課程の4年間のみで終えた学生の割合は30.9%、つまり3人に1人に過ぎず、大半は就職準備の勉強のため、休学等を経験した後に大学を卒業するという現実を本調査は証明するものとなった(注3)。また、卒業までに6年以上かけたという割合も19.2%に上り、5人中1人は就職のための勉強に2年以上かけていることも明らかになった。
正規課程(4年)を超えた期間について、性別による違いを見ると、男性が1.4年、女性が1.1年である。また大学の類型別による違いとしては、私立大は1.3年、国公立大は1.1年であった。首都圏所在の大学か非首都圏所在の大学かの違いで見ると、首都圏所在の大学では1.5年、非首都圏所在の大学では1.1年であった。更に本調査で明らかになったことは、親の所得との関係である。すなわち、親の所得が高くなるほど卒業までの期間が長くなる傾向が見られる。
また、近年、卒業までの期間が長期化する傾向も見られる。2010年時の5.1年は、2011年時及び2012年時には5.2年と、ほとんど変化は見られないが、卒業までに6年をかけたという学生の割合は、2010年時の12.5%から2011年時には14.2%、そして2012年時には19.2%と、次第に長くなっていることがわかった。
休学中の就職準備活動、トップは「外国語習得」
大学生が就職準備のために休学中に行うことは、大きく分けると「外国語習得のための語学研修」「資格の取得、就職試験勉強」「就業(注4)及び就業準備」「編入学準備」「大学院進学準備」等がある。
このうち、「外国語習得のための語学研修」を目的に休学した学生の割合が19.6%と最も高く、次に「就業及び就業準備」が14.7%、その次が「資格の取得、就職試験勉強」の11.1%、それに「編入学準備」2.1%、「大学院進学準備」0.9%と続く(注5)。
「外国語習得のための語学研修」を目的に休学した経験を持つ者の割合は、22.1%(2010年)から19.6%(2012年)と小幅ではあるが、減少傾向も見せている。一方で、期間については、1.2年(2010年)から1.3年(2012年)とほぼ変化は見られない。また、「資格の取得、就職試験勉強」については、10.0%(2010年)から11.1%(2012年)と小幅ではあるが、趨勢的には増加を示している。その期間についても、1.4年(2010年)から1.6年(2012年)と小幅に増加している。
「就業及び就業準備」を目的に休学した学生の割合は、15.2%(2010年)から14.7%(2012年)と大きな変化は見られないが、この目的のために休学した期間については、1.2年(2010年)から1.6年(2012年)と長くなっている。
以上からわかることは、4年制大学の在学期間の延長は、大学院進学や編入学等のような学業的側面よりも、卒業後の就職のため、すなわち、就職のための能力開発と関連しているものであると判断できる。また、それを目的とした休学期間についても、わずかではあるが、長期化する傾向も見られる。
就職準備にかける費用は平均511万ウォン、全学費の約1割
調査結果によれば、4年制大卒者が就職準備のためにかける費用は、平均で511万ウォンであった。これは大学入学から卒業までにかかる全費用の13%を占める。主な内容とその費用は、「外国語研修」が1541万ウォン、「公務員試験、専門資格準備」が900万ウォン、「資格取得」が46万ウォン――等となっている。
特性別に見た場合、女性は男性に比べ、首都圏所在の大学の学生は非首都圏所在の大学の学生に比べ、多くの費用をかけている。また、大学入学時の親の所得が高いほど、多くの費用を支出していることもわかる(図表)。
100万ウォン以下 | 100万~300万ウォン以下 | 300万ウォン超 | 比率(注) | 平均 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
全体 | 64.2 | 7.3 | 28.5 | 12.5 | 511 | |
性別 | 女性 | 61.5 | 7.6 | 30.9 | 13.3 | 558 |
男性 | 66.7 | 7.1 | 26.3 | 11.7 | 468 | |
大学類型 | 私立大学 | 65.0 | 6.5 | 28.5 | 11.5 | 536 |
国公立大学 | 62.1 | 9.5 | 28.4 | 15.2 | 442 | |
大学所在地 | 非首都圏 | 65.8 | 8.1 | 26.2 | 12.2 | 435 |
首都圏 | 61.7 | 6.1 | 32.2 | 12.9 | 631 | |
専攻系列 | 人文系 | 53.9 | 6.6 | 39.5 | 15.9 | 687 |
社会系 | 57.0 | 7.2 | 35.8 | 15.1 | 675 | |
教育系 | 35.7 | 15.9 | 48.5 | 22.9 | 757 | |
工学系 | 73.0 | 6.1 | 20.9 | 9.7 | 365 | |
自然系 | 71.9 | 7.5 | 20.7 | 9.5 | 354 | |
医薬系 | 75.1 | 7.5 | 17.4 | 8.8 | 458 | |
芸術・体育系 | 79.6 | 5.6 | 14.9 | 6.2 | 255 | |
大学入学時の親の所得 | 100万ウォン未満 | 68.1 | 9.7 | 22.2 | 10.2 | 399 |
100万~300万ウォン未満 | 69.3 | 7.8 | 22.9 | 9.9 | 363 | |
300万~500万ウォン未満 | 64.1 | 7.6 | 28.3 | 12.3 | 488 | |
500万~700万ウォン未満 | 58.8 | 6.4 | 34.8 | 15.6 | 667 | |
700万~1000万ウォン未満 | 55.0 | 6.5 | 38.6 | 16.8 | 746 | |
1000万ウォン以上 | 54.8 | 5.0 | 40.2 | 19.7 | 1092 | |
2011年調査 | 55.5 | 8.9 | 35.6 | 15.9 | 643 | |
2010年調査 | 56.5 | 8.2 | 35.3 | 15.0 | 579 |
注:大学授業料を含む教育費全体に対する就職私教育費用の比率を示す。
出所:韓国雇用情報院(KEISK)のデータを基に作成。
韓国雇用情報院(KEIS)の指摘と提言
以上の調査結果から、韓国の大学生は4年間の正規課程のみを履修しただけでは、卒業後の就職が容易ではないという現実に直面し、様々な私的教育に多くの費用と時間を費やしている実態を把握できる。大学の授業料と生活費だけでも相当な金額となるうえに、更に就職準備のための私的教育に支出する費用とそのための期間を考えると、大学生は非常に厳しい就職環境に置かれていると言える。KEISはこれらの負担を最小化していく必要があると指摘する。
そのための具体的な提言としてKEISは、企業に対しては、正規職採用の積極的な努力を求め、大学に対しては、産業界の要求に応えうる就職のためのプログラム――例えば、就職面接クリニック、自己紹介クリニック等――を教育課程に反映させる努力を求めている。また、政府に対しては、仕事、資格、訓練、教育を連携させた国家資格体系を整備し、その定着を図るための政策を進めるとともに、大卒者の雇用需給情報を、より効率的に提供していくためのインフラを構築する必要性を求めている。
大学生の就職問題の社会的背景
以上は、過去3年間にわたる調査結果を基にKEISが整理し、考察した概要であり、改めて韓国の大学生の置かれた厳しい就職環境を照らし出している。韓国における青年層の失業・未就業問題が深刻化する中で、大学生の就職についての問題点を指摘する声は、KEISの報告以外にも見られる。
その中でも、大学生の就職の背景には、韓国社会の様々な構造的な問題が絡んでいるという指摘がある。例えば、韓国の経済構造もそのひとつである。すなわち、財閥に代表される大企業によってけん引される韓国の経済構造が、大企業と中小企業という二重構造の深化をもたらし、大企業と中小企業の賃金やその他の労働条件の格差の拡大、更には中小企業における非正規職の増加といった問題を引き起こし、こうした現実に直面する大学生は、低賃金、不安定雇用という状況にあるある中小企業への就職を敬遠し、彼らの志向は必然的に大企業や公務員へと向かう、というものだ。
その他、韓国に特有の倫理観を指摘する声もある。韓国は子供の教育に対する情熱が大変強く、家計への大きな負担となる中でも子供の教育に多額の費用をかける親が多い、儒教的倫理観から、親に対する「孝」を重視する学生は、親が費やした費用と情熱に見合った就職を求めようとするのだ――と。
注
- 青年層(15~29歳)の失業率の近年の推移は下表のとおりである。
(単位:%) 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 全体失業率 3.7 3.4 3.2 3.1 3.5 青年層失業率 8.0 7.6 7.5 8.0 9.0
なお、2013年の主要国の青年層(15~24歳)の失業率は、米15.5%、英20.9%、独7.9%、仏23.9%、日6.9%(データ出所:統計庁)。(本文へ) - 韓国雇用情報院(KEIS)による大卒者の職業移動経路調査(GOMS2010~GOMS2012)。(本文へ)
- 韓国企業の新入社員の採用基準は、年齢に対する制限は日本ほど厳しくないと言われている。特に男性の場合、兵役による休学があるため、大学を卒業するのは20代後半となる。企業の採用基準は、年齢よりも、学業成績をはじめ、各種資格、英語力、海外研修経験等、細かく定められている。学生は企業から高い評価を得ようと、学業成績を更に上げるために教科の再履修、海外語学研修、各種資格の取得等のために、専門学校への通学等の活動を行っている。(本文へ)
- パートタイム、フルタイム、学校の職場実習、企業のインターンシップ、政府の職場体験プログラム等、在学・休学中に職場体験をする者が多い。JILPT国別労働トピック「就業人口の高齢化と厳しさを増す若年層の雇用情勢 」(2004年9月参照)(本文へ)
- その他「経済的理由」等。(本文へ)
参考資料
- 『雇用労働ブリーフ(2015年4月)』韓国雇用情報院(KEIS)
- 統計庁ウェブサイト
参考レート
100韓国ウォン(KRW)=10.62円(2015年7月9日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
2015年7月 韓国の記事一覧
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