重労働予防個人勘定制度の創設
―年金支給開始に関する就労環境間格差解消のために

カテゴリー:高齢者雇用労働法・働くルール勤労者生活・意識

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  • 国別労働トピック:2015年5月

フランスの公的年金制度は、主に満額受給に必要な保険料拠出期間を引き延ばす措置が近年の改革において行われている。平均寿命の延びに対応する措置であるが、職種間で平均余命に大きな差が見られる上に、年金の支給開始年齢時点の健康状態も大きく異なる。そうした格差を踏まえて、長年過酷な労働に従事した者を対象として、ポイントを付与し年金支給開始年齢を繰り上げる重労働予防個人勘定制度が2014年1月に成立した法改正で創設され、2015年1月から施行された。

制度創設の背景

フランスの公的年金制度は、賦課方式で運営されているが、近年、赤字が続いている。オランド政権は、公的年金制度の赤字削減を目的として、労使代表との協議を経た後、同制度の改正案を2013年9月に閣議決定した。その後、国会審議などを経て、『公的年金制度の将来及び公正を保証する法律(注1)』が成立した(2014年1月20日公布)。

この改正で、年金を満額受給するために必要な保険料拠出期間(注2)が、従来の41.5年(1955年以降に生まれた者)から、段階的に延長されることが決まった。具体的には、2020年以降、3年毎に1四半期延長され、その結果、2035年には43年(1973年以降に生まれた者)となる。

年金の満額受給に必要な保険料拠出期間の延長や公的年金の支給開始年齢の引き上げによる就労年数の増加で、雇用労働者の間に不公平さが拡大している。平均余命の延びは全ての職種で見られるが、(上級)管理職と男性現場労働者(ブルーカラー)の間で大きな開きが見られるからだ。国立統計経済研究所(INSEE)の報告書によると、男性現場労働者(ブルーカラー)は男性の(上級)管理職と比べて、35歳時点での平均余命が6年から7年短い。ちなみに、この差は女性では約3年である(図表参照)。また、長年の過酷な労働の影響で更なる就労が難しい労働者や、健康不良の状態で年金支給開始年齢を迎える労働者を指摘する声が上がっている。つまり、職業階級間の年金受給期間の平均余命の違いによる差が拡大してきているため、平均余命があまり延びていない労働者の救済措置として、受給開始時期を繰り上げる重労働予防個人勘定制度(Compte personnel de prévention de la pénibilité)が導入された。この制度は、労働組合、特にフランス民主労働同盟(CFDT)が導入を求めていた制度である(注3)

図表:平均余命の職種間格差 (単位:年)
男性 上級管理職 専門職 農業者 独立自営業者 雇用労働者 ブルーカラー労働者 男性平均 格差(1) 格差(2)
1976年–1984年 41.7 40.5 40.3 39.6 37.2 35.7 37.8 6.0 2.1
1983年–1991年 43.7 41.6 41.7 41.0 38.6 37.3 39.2 6.4 1.9
1991年–1999年 45.8 43.0 43.6 43.1 40.1 38.8 40.8 7.0 2.0
2000年–2008年 47.2 45.1 44.6 44.8 42.3 40.9 42.8 6.3 1.9
女性 上級管理職 専門職 農業者 独立自営業者 雇用労働者 ブルーカラー労働者 女性平均 格差(1) 格差(2)
1976年–1984年 47.5 46.4 45.7 46.0 45.6 44.4 45.0 3.1 0.6
1983年–1991年 49.7 48.1 46.8 47.4 47.4 46.3 46.4 3.4 0.1
1991年–1999年 49.8 49.5 48.8 48.8 48.7 47.2 48.0 2.6 0.8
2000年–2008年 51.7 51.2 49.6 50.3 49.9 48.7 49.4 3.0 0.7

出所:INSEE公表資料(BLANPAIN Nathalie, 2011)等より作成

注:格差(1)は上級管理職者とブルーカラー労働者との差、格差(2)は男性平均(または女性平均)とブルーカラー労働者との差

適用対象—深夜や高気圧の就労環境に

重労働予防個人勘定制度は、重労働(注4)に従事した雇用労働者に対して、職業訓練や短時間労働、公的年金の受給開始の繰り上げが可能なポイントを付与する措置である。

対象となるのは、社会保障制度における「一般制度」(注5)に加入する雇用労働者(主に民間企業に勤める雇用労働者、農業部門も含む)で、その雇用形態は問わない(注6)が、雇用契約の期間が1カ月以上の者である。

ポイントが付与されるのは、下記の10項目(ただし、2015年は、下記の(1)~(4)の4項目のみ)(注7)に該当する重労働に従事した者である。
  1. 反復的作業
    ベルト・コンベアーなどにより流れてくる機械に部品の取り付けや加工を行う作業において、1回のサイクルが1分以下の場合や、1分以上でも、1分間に30以上の動作をしなければならない業務が年間900時間以上。
  2. 高圧下での業務
    1200ヘクトパスカル以上の圧力のかかる環境での労働が年間60回以上(水面下での土木工事やトンネル掘削など)。
  3. 深夜勤務
    午前0時から午前5時までの間に少なくとも1時間の就労が、1年間で120回以上。
  4. 交代制による深夜勤務
    交代での深夜勤務(午前0時から午前5時までの間に少なくとも1時間の就労)が年間50回以上。

(2016年以降は、上記の4項目に加えて、下記の6つの項目が加わる)

  1. 騒音のある環境での労働
    80デシベル以上の環境での就労が年間600時間か、135デシベル以上の騒音が年間120回以上。
  2. 手作業での荷物の運搬や上げ下ろし
    15kg以上の荷物の上げ下ろしや250kg以上の荷物の牽引もしくは(後から)推進、10kg以上の荷物を持っての移動などの作業が年間600時間以上。
  3. 極端な温度の環境での就労
    摂氏5度以下、又は、摂氏30度以上での就労が年間900時間以上。
  4. 体に負担のかかる姿勢での就労
    しゃがんだ(膝をついた)状態や、腕を肩の高さ以上に上げた状態などの作業が年間900時間以上。
  5. 機械的振動のある状況での就労
    腕や手にかかる振動加速度が2.5 m/秒イ以上、又は、全身にかかる振動加速度が0.5 m/秒イ以上の状況で、年間450時間以上。
  6. 危険化学物質を取り扱う業務
    有害化学物質に接する就労(その量などは、省令で定められる)。

年金支給開始、2年前倒しまで可能に

上記の項目のうち、1つの重労働に当てはまる場合、2015年から、年間4ポイント(通年で就労しなかった者の場合、1四半期につき1ポイント)、複数に当てはまる場合、年間8ポイント(同じく、通年で就労しなかった者の場合、1四半期につき2ポイント)が付与される(注8)。ただし、生涯で100ポイントの付与が上限となる(注9)。なお、この重労働個人勘定は、転職したり失業したりしても保持される。

付与されたポイントによって、2016年以降、職業訓練の受講や労働時間短縮、公的年金の受給開始年の前倒しが可能となる。職業訓練の受講では1ポイント当り、25時間受講できる。賃金を維持した上で労働時間を短縮する措置もあり、10ポイントで、1四半期の間、ハーフタイム労働(mi-temps)に従事することができる。利用は10ポイント毎で(注10)、最高8四半期が上限となっている。公的年金の受給開始を前倒しする措置では、10ポイントで、1四半期、前倒しすることができる。ただし、10ポイント毎の利用で、上限は最高8四半期まで、前倒しは55歳以降に限られる(注11)。なお、最初に獲得した20ポイントは、職業訓練に利用することが義務付けられている。ただ、1960年から1962年の間に生まれた(2015年1月1日時点で52歳以上55歳未満)雇用労働者の場合、最初の10ポイントを職業訓練に利用することが義務付けられ、1960年以前に生まれた(2015年1月1日時点で55歳以上)者にはこの制限はない。職業訓練の受講、労働時間の短縮、公的年金の受給開始の前倒しは、それぞれ組み合わせてポイントを利用することができる(注12)

この制度は、職業訓練を受けることにより、重労働でない職種での就業を促し、労働時間の短縮や年金受給の繰り上げによって重労働を軽減することを通じて、重労働を原因とした心身の衰弱を予防する意図が背景にある。

財源及びポイント付与者数の予測

この制度の予算は、2015年から2018年までの期間で年間1.55億ユーロの費用(4年間の平均、そのうち0.14億ユーロが事務費)がかかると試算して計上されている(注13)。財源は、上記の重労働を定義する項目にいくつ該当するかによって雇用主が負担する。1項目の場合、従業員の労務費(重労働と判断される基準を超える従業員の賃金)の0.2%(2015年と2016年は0.1%)(注14)、複数の項目の重労働に当てはまる場合には同0.4%(同、0.2%)となる。また、2017年以降は、全ての民間企業において、総労務費の0.01%が雇用主から徴収される(注15)

政府は、ポイントが付与される重労働に従事している雇用労働者数は、2015年でおよそ100万人(2015年は、4項目のみのため)、2016年以降は300万人になる見込みとしている(注16)

経営者の反発

この重労働予防個人勘定制度の施行に対して、企業経営者は、直接的コスト(労務費)増加や事務作業の増加などを懸念している。行政当局が柔軟に対応できないのではないかという懸念もある。その上、重労働の中には測定が難しいものもあるため、特定の仕事が重労働であるかどうかの認定に関して、従業員と使用者で見解が異なる場合、係争に発展するのではないかと恐れる声もある(注17)

経営者団体・フランス企業運動(MEDEF)は、「複雑極まりないモニュメント」で「適用不可能な制度」であり「憂慮すべき事態」として、完全な廃止を求めている(注18)。また、オランド大統領が掲げる行政手続きの簡素化に反すると非難している(注19)。昨年12月1日には、重労働予防個人勘定制度の導入など現政権の政策に反対する経営者団体・中小企業経営者総連盟(CGPME)の抗議活動がフランス各地で行われ、パリでは6000人、トゥールーズでは4000人の経営者が参加した(注20)。このように、重労働予防個人勘定制度は開始されたが、経営者団体の反発も強く、制度の先行きは不透明である。

参考資料

(ホームページ最終閲覧:2015年4月21日)

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