公共調達法に労働条項を設定、13州に拡大へ
―規制方法、協約遵守から最低賃金に
ハンス・ベックラー財団経済社会研究所(WSI)と欧州公共サービス労組(EPSU)の共同研究によると、ドイツ全16州のうち、一定労働基準の遵守を公共事業・サービスの民間委託要件とする規定を公共調達法の中に導入済み(または導入予定)の州がさらに13州にまで拡大することがわかった。もっとも、実際のケースでは、これまでのように労働協約上の労働条件すべての遵守が求められる場合よりも、新たに州公共調達法の中で設定された最低賃金しか遵守を求められない場合の方が多くなることが予想されている。
“リュッフェルト・ショック”からの見事な復活
2008年4月の欧州司法裁判所によるリュッフェルト判決(C-346/06)以降、ドイツ各州は、協約遵守規定の実施(または計画)を一時中止(または先送り)していた。だが、2012年11月の時点ですでに、ドイツ全16州のうち13州が、リュッフェルト判決の基準に準拠した新たな公契約規制立法を作成している(バーデン・ヴュルテンベルクとシュレスビヒ・ホルシュタインの2州はまだ草案段階。実施予定がないのはバイエルン、ヘッセン、ザクセンの3州―図参照)。その背景の1つには、2011年5月に猶予期間満了を迎えた中欧・東欧8カ国への労働市場開放があったと見られている。
もともとリュッフェルト判決で問題となったのは、ニーダーザクセン州の公共調達法の中に置かれていた協約遵守規定の適法性であった。協約遵守規定とは、公契約締結企業に労働協約の遵守を義務づける規定である。団体交渉システムの安定化や低賃金を基盤とした不公正競争の回避などを目的として、東西ドイツ統一を経た1990年代の終わりごろから導入され始めた。これに対し、欧州司法裁判所は、このような規定はEC設立条約49条(現EU運営条約56条)で保障された越境的サービス提供の自由に違反するものであり、仮に公共企業体が労働条項を設ける場合には、その遵守すべき労働基準が制定法によるものか一般的拘束力を有する労働協約によるものであることが必要である、などと判示した。
最低賃金遵守の義務付け、ほとんどの州で
以上のリュッフェルト判決を経て、各州で、新たな公共調達法が誕生した。おおむねそれらに共通した特徴は、(1)全産業を適用対象としている点(旧法は建設業と公共交通業に限定するものがほとんど)と、(2)どのような場合でも労働協約の遵守を義務づけるのではなく、場面ごとに遵守すべき労働基準を変更する点にある。
(2)の場面のうち、もっとも実施されるケースが多いと思われているのが、a)最低賃金支払いの義務づけであり、ドイツ連邦州のほとんどが導入している。この最低賃金の額は、ドイツ国内ではまだ国家法レベルの一般的な最低賃金法立法は存在していないこともあり、各州の公共調達法の中で設定されている。したがって、ここでいう最低賃金は、公契約に関してしかその効力が発揮されない。なお、2013年1月現在の法定最低賃金額は、おおむね8ユーロ~8.5ユーロに設定されている。だが、それよりも少し高い(公共部門の)協約最低賃金相当額に設定する州が、近年、少しずつ増加している(すでに設定されている例として、ノルトライン・ヴェストファーレン州の8.62ユーロ)。
だが一方で、引き続き協約遵守の義務づけが行われるケースもある。その1つが、b) 当該産業に一般的拘束力を有する労働協約がある場合であり、この場合には、従来どおり、協約遵守宣言(公契約の入札にあたって、当該協約賃金以上の賃金を労働者にすでに支払っていることを宣言すること)の義務づけが実施される。ただし、ドイツにおいて一般的拘束力宣言がなされている労働協約はごく少数であり(例えば、建設業、清掃業、警備業、ケア・サービス業などの一部)、したがってこの基準があてはめられるケースもごく限られている。
そのもう1つが、c) 公共交通部門であり、ここでは、仮に当該地域に一般的拘束力を有する労働協約がなかったとしても、当該地域において最も代表的な労働協約の適用が義務づけられる。このような特別な取扱いが公共交通部門でのみ許容されている理由は、EU法自身がこれを明示的に許容している(Regulation (EC) No 1370/2007)からである。
そのほか、賃金以外の社会的基準(例えば、教育訓練場の提供、障害を有する労働者の雇用、女性労働や職場における均等処遇の推進措置など)を公共事業・サービスの民間委託要件とする州もある。
欧州では“リュッフェルト基準”の見直しが議論に
しかしながら、欧州司法裁判所が提示した厳格な基準に対しては、ドイツ国内から一部批判も出ている。WSIのトーステン・シュルテン(Thorsten Schulten)上級研究員は、リュッフェルト判決で示された基準は、ILOの基準と真っ向から対立するものである。ILO94号条約(ドイツは未批准)は、一般的拘束力を宣言されてない労働協約の遵守義務づけも公共調達の要件となりうることを明確に規定しており、欧州でもILO94号条約の基準に準拠したルール作りを実行すべきだ、と指摘している。
他方、欧州レベルでは、欧州議会が2011年10月25日、「公共調達の近代化(modernization of public procurement)」に関する報告書(T7-0454/2011)を発表した。欧州議会は、同報告書において「どの指令も各加盟国によるILO94号条約の遵守を妨害しないことを明確に提示する」よう訴えるとともに、欧州委員会に対し、全加盟国によるILO94号条約の遵守を奨励するよう要求するなどしている。これに対し、欧州委員会は、これまでのところ欧州議会の要求を無視しており、2012年2月には、ILO94号条約に何らの言及もしない形で新たな欧州公共調達指令を作成する方針である旨の答申(SP(2012)28)を発表した。
図:協約遵守・最低賃金規定の導入状況(2013年1月)
出所:ハンス・ベックラー財団経済社会研究所(WSI)
参考資料
- Schulten u.a, PAY AND OTHER SOCIAL CLAUSES IN EUROPEAN PUBLIC PROCUREMENT , December 2012 (PDF:1.9MB)
- Bockler impuls 1/2013, S.4 (PDF:281.6KB)
- Global Labour column, Nr. 91, March 2012 (PDF:103.2KB )
- WSI Tarifarchiv, Tariftreue bei offentlichen Auftragen
<最終閲覧日:2013年3月15日>
- 欧州議会・議事紹介サイト
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参考レート
- 1ユーロ(EUR)= 122.71円(※みずほ銀行
ホームページ2013年3月22日現在)
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