中東欧8カ国に対しドイツ労働市場を開放
―5月1日から

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2011年6月

ドイツは5月1日から中東欧諸国の労働者に対する規制を撤廃して労働市場を開放し、移動の自由を保障する。これにより中東欧8カ国の労働者は、ドイツへ自由に移住して就労することが可能となった。その影響を調査したドイツ経済研究所(IWケルン)では、中東欧加盟国からドイツへ2020年までに最大120万人が移住すると予測している。

大量流入は生じない見込み

これまでドイツは、2004年にEU加盟した中東欧8カ国(チェコ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、ポーランド、スロヴェニア、スロヴァキア)に対し、旧加盟国として認められる最長7年の「移動の自由の適用猶予」を用いて移動を制限してきた。それが2011年4月末で期限切れとなり、5月1日から当該国の労働者は自由にドイツへ移住して働くことが可能になった。ただし、自ら生計を立てられることが条件になっており、社会保障については5年後に長期滞在権を取得して初めて受けることができる。

これに先駆けてドイツ経済研究所(IWケルン)は4月26日、中東欧加盟国からの流出入予測を発表(表1)。それによると、2020年までの今後10年間に差し引き最大約120万人が流入する可能性がある。

表1.中東欧8カ国の就労年齢層(15~64歳)の流出入予測
  ドイツへの移入 ドイツからの移出 差し引き人数
2011年 46万6000人 36万9000人 9万8000人
2012年 61万5000人 43万人 18万5000人
2013年 25万4000人 83万人 17万人
2014年 25万4000人 12万4000人 13万人
2015年 25万4000人 11万4000人 13万9000人
2016年 11万7000人 -4000人 12万1000人
2017年 11万7000人 1万8000人 9万9000人
2018年 11万7000人 3万人 8万7000人
2019年 11万7000人 3万2000人 8万5000人
2020年 11万7000人 3万4000人 8万3000人
242万8000人 123万人 119万8000人

出所:ドイツ経済研究所(IWケルン)

表1は、2009年末に2万7,000人のEU市民を対象に実施したアンケート結果を基にしている。アンケートによると中東欧諸国の人のうち23%が将来的に外国で働きたいと考えており、この割合から就労年齢層(15~64歳)の約1,200万人が将来的に移住する可能性がある。しかし、その中の多くは「今すぐ」にではなく、「将来的」に移住したいと考えており、さらに大多数は母国から永続的に出国するのではなく、外国に一時滞在することを計画している。さらにドイツは可能な移住先の一つに過ぎず、ここからドイツの将来を推計すると、中東欧の労働者の多くは今年から再来年にかけてドイツへ移入し、その後の増加は鈍化していく。同研究所では、実際にすべてのアンケート回答者がその移住計画を実施する場合に限り、2020年までに約120万の中東欧労働者がドイツを第二の故郷として選択すると予測している。また、120万人という数値は、すでにドイツでは1990年代だけで330万人を受け入れた実績があり、決して大量とは言えないとしている。

ドイツの別の研究機関(労働の未来研究所:IZA)でもあまり多くの労働者は流入しないとみている。IZAのウルフ・リンネ労働経済専門家は、その理由として、移住を考える中東欧の労働者の多くは、すでにイギリス、スウェーデン、アイルランドなどに移住して働いていることを挙げる。また、7年の移動制限によりドイツは却って、現在不足しているエンジニアや介護労働者などの技能労働者を獲得する機会を逃した可能性もあるとしている。

7年の移行期間のうち、最後まで移動制限を行ったのはドイツとオーストリアの2カ国である。イギリスでは2004年の中東欧のEU加盟直後に国境を開放し、その結果、当該国の移住先の首位国になった。 2008年から2009年にかけて世界金融危機の影響により初めて移住者数は減少したが、中東欧労働者の流入はイギリス経済にとってマイナスにはならず、むしろ逆にその後の好況な年には彼らの貢献もあって経済が成長し、需要の伸びとともに雇用増加がみられた。また、懸念された大幅な賃金低下は生じず、失業率の増加も一定程度に留まったとされる。

国内労働市場の不安と期待

一方、5月1日から実施されるドイツ労働市場の開放について、IWコンサルタント社がドイツ国内の労働者1,000人を対象に実施した最新のアンケート結果によると、調査対象者の4割弱が移動の完全自由化が自分の職にマイナスの影響を及ぼすことを懸念しており、仕事にまったく影響がないと考える人は2割強にすぎなかった。

労働組合でも、安価な労働力の流入による大幅な賃金低下を警戒しており、その対策として法定最低賃金の導入を求めている。そのほかドイツ労働総同盟(DGB)は、ポーランドの労働組合とドイツ労働社会省の協力を得て、ドイツ国内のポーランド労働者に対してドイツ語とポーランド語による就労支援や情報提供サービスを開始し、「労働者の国境を越えた公平な移動」に取り組んでいる。

労働者や労働組合の懸念に対してフォン・デア・ライエン労働社会相は「現在ドイツでは労働力不足が続き、適切な資格を有する人材の獲得競争が激化している。そのため5月1日からの中東欧労働者の移動の自由化はドイツにとっても大きな機会となり得る」として歓迎の意を示す一方で、「懸念されているような不当な低賃金労働やその搾取を防ぐため、政府は監視の強化など必要な手段を講じる」としている。特に建設、介護、レストランなどの分野への監視を強め、社会的に公正な賃金を堅持する方針だ。

ドイツでは現在好調な経済が続いて賃下げ圧力も弱く、失業率も低水準で推移しており、5月1日から1カ月が過ぎた現在までのところ、移動の自由化による大きな混乱等は生じていない。

なお、2007年にEUへ新規加盟したブルガリアとルーマニアの2カ国に対するドイツへの移動制限は現在も継続中である。これら2カ国は伝統的にスペインやイタリアに移住して就労することが多いが、制限撤廃期限の2014年以降、新たにドイツへ流入してくる可能性もある。

参考資料

  • Institut der deutschen Wirtschaft Köln(Pressemitteilungen Nr. 15 vom 26 April)、Bundesministerium für Arbeit und Soziales(Pressemitteilungen 28.04)、(Deutsche Welle 01.05、29.04)

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