EU域外移民の数量制限を開始

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2010年9月

移民増加の防止策の一環として、政府はEU域外からの移民労働者の数量制限を7月から暫定的に導入した(海外労働情報2010年7月参照)。来年4月には制度を恒久化したい意向で、具体的な手法などを検討しているところだ。しかし、企業やシンクタンク、あるいは政府内部にも、人材不足を助長し、景気回復の妨げとなりかねないとの懸念が広がっている。

労務管理の専門団体CIPDが会計事務所のKPMGと実施した企業調査(注1)によれば、回答企業598社の45%が、求人の充足が困難な状況にあるとしており、とりわけエンジニアリング、IT、会計・金融などの専門職が不足しているという。4割前後の企業が、国内の大卒者・義務教育終了者の読み書きや計算能力がこの5年で劣化したと感じていると回答、国内での人材確保が難しくなっていると企業が考えていることが伺える。21%の企業が、過去3カ月に外国人を採用(うち37%がEU域外から)しており、17%が第3四半期(7-9月期)に海外から人材を採用したいと回答している。また、ほぼ10社に1社(9%)が、来年には海外に事業を移転することを検討しているという(コールセンター、IT、金融部門など)。CIPDはこの結果をうけて、専門的な仕事を担っている移民労働者を制限して、イギリス人労働者の訓練によりこれに替えるというのは、一朝一夕に出来ることではないと述べている。むしろ、現行のポイント制は効果を発揮しているとして、数量制限には反対の立場だ。

同様に、企業などの間では数量制限に反対する声が強い。イギリス商業会議所(BCC)は、企業は国内労働者を雇用したいと考えているが、彼らにはしばしば、基礎的な技能ややる気に問題がある場合があると述べ、数量制限は「意図せざる結果を招く」可能性があるとしている。また、イギリス産業連盟(CBI)は、数量制限自体に異論はないが、各企業の外国人受け入れ申請に対する許可数が、前年の外国人労働者の雇用実績をもとに計算されているため、企業が成長に向けて取り組んでいる現在の人材需要の実態には即していないと主張。成長に寄与する企業に対しては現実的な数量を設定するよう求めている。この他、外国人専門家を多く雇用する金融業や石油業などの企業や業界団体が、数量制限に反対している。さらに、自治体の介護労働者の受け入れに関する申請も、数量制限を理由に却下されるなど、広範な影響が生じつつある。

経営側のこうした懸念をうけて、ビジネス・イノベーション・技能相のケーブル氏は、数量制限が国内産業に多大な損害を与えているとの見解を示した(注2)。CBIと同様に、前年実績に基づく受け入れ許可数の決定を批判、数量制限への対応策として企業が海外に拠点を移した場合、国内では数千人分の雇用が失われるだろうとして、柔軟な運用を行うよう政府に求めている。しかし、首相官邸はこの発言について、証拠が無いとして一蹴した。

一方、移民流入に対する規制強化を求める非営利団体MigrationWatch UKは、企業が外国人専門技術者を容易に利用できる場合、国内労働者を訓練するインセンティブが損なわれ、結果として国内労働者の訓練機会を狭めると主張している。また、移民制度を所管する内務省のグリーン移民担当相も、企業が移民労働者に依存することは、イギリス人失業者の助けにはならない、と述べている(注3)。

数量制限、就学ビザ等にも波及か

ただし、移民労働者の数量制限は、直接の目的である移民増加の抑制策としての効果は薄いとみられている。統計局が8月26日に発表した移民関連統計によれば、09年の移民(1年以上の長期滞在者・滞在予定者)の流出・流入者数の差である純増数は、08年より3万3000人多い19万6000人であった。ただし、流入者数自体は前年から4%減少しており、むしろ流出者数の減少(13%減)が純増数増加の直接の理由だ。ビザ発給数ベースでみると、就労やその他の理由による発給数が減少しているのに対して、就学ビザの発給が顕著に増加(対前年比35%増)している。

グリーン移民担当相はこうした状況について、前政権から引き継いだ入国管理システムが制御不能である証拠と述べ、就学や家族呼び寄せなど就労以外の経路による流入についてもコントロールする必要があると主張している。特に、大半を占める就学ビザによる入国者のうち、高等教育の受講者の比率は半数程度と低く、また長期にわたる残留者も多い傾向にある(注4)として、こうした移民がイギリス経済にとって有益といえるのか、実態を把握する必要があるとしている。

参考資料

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