政府、移民数量制限へ方針転換
―制度改正に向けたコンサルテーションを開始

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2010年7月

政府は6月、EU域外から流入する移民労働者の数量制限の導入に向けて、採用する手法など具体的な方針を示した。専門技術者などの受入数を政府が自由に調整できる仕組みを設けるとともに、資格要件の引き上げや雇用先企業により大きな責任を課す見込みだ。また、来年4月からの本格導入に先だって入国申請が集中することへの懸念から、暫定措置として、資格要件の引き上げなどを7月から実施する。

専門技術者を制限、国内労働者を育成

移民の削減は、保守党によって連立政権の政策協定に盛り込まれた政策方針のひとつだ。保守党はかねてから移民の数量制限を主張しており、5月の総選挙では、年間の移民の純増分を現在の数十万人から数万人に削減することを公約に掲げていた(注1)。前労働党政権下で移民が急速に増加したことに対して、国内では、イギリス人の雇用を奪っているとの批判や、医療・福祉や教育などの公共サービスへの負担となっているといった不満が高まっており、これを緩和するねらいがあるとみられる。

図1 出身地域別移民の純入出数(流入-流出)(単位:千人)

図1

  • 注:"International Passengers Survey"のデータによる。各年とも、9月までの12カ月間の累計。
  • 出典:"Migration Statistics Quarterly Report No 5: May 2010", Office for National Statistics新しいウィンドウ

内務相は6月28日、EU域外からの移民労働者に対する数量制限を柱とする制度改正に向けて、企業をはじめとする関係者からの意見を募るコンサルテーションを開始、これに合わせて公表された文書(注2)の中で、具体的な手法等の方針をはじめて示した。基本的には現行のポイント制(注3)を踏襲しつつ、

  • 第1階層(高度専門技術者など)について、ポイント制の基準により規定のポイントに達している申請者の待機リストへの登録制を導入、一定期間毎に、政府が適当と認める数について、ポイントの高い者から順次、入国申請を促す。登録は6カ月を期限とし、これを超えた場合は再登録が必要となる。また、ポイント基準についても引き上げなど見直しを検討する。なお、投資家・起業家などは除外する(注4)。
  • 第2階層(専門技術者)については、四半期ごとの入国数の上限を設けて、これに達するまで申請順に審査を行う。この階層に含まれる国境を越えた企業内異動(intra-company transfer)についても、例えば1年未満の滞在は除外するなどの例外を設けて適用対象とする(数量規制は貿易協定違反となる可能性が高いため)(注5)。さらに、要求する英語能力も引き上げる。
    雇い入れ企業(スポンサー)に対しては、アプレンティスシップ(見習い訓練)への貢献など、国内の労働者の能力開発に貢献することを条件とするほか、雇い入れた外国人の医療保険の負担を義務付けて国内の公的医療サービス(NHS)への負荷となることを防止するなど、より大きな責任を課す。
    また将来的には、現行の労働市場テスト(ジョブセンタープラスを通じた4週間の求人で人材が確保できなかったことを証明)と、不足職種リスト(労働市場テストが免除される)を併用し、国内で人手不足と認められた職種についてのみ受け入れを認め、かつその際には労働市場テストを義務付ける。
  • 第1・第2階層による入国者の家族の入国についても、数量制限の算定対象とする。
  • さらに、企業の外国人専門技術者に対する需要を国内労働者に振り向けるため、能力開発に注力し、併せて給付依存者や非労働力人口の削減を行う必要性を主張。このための訓練の実施に、企業の参加を求めている。

コンサルテーションと平行して、内務相は諮問機関である移民提言委員会(Migration Advisory Committee)に対し、数量制限の設定に関する諮問を行った。9月の答申を踏まえて、政府案をまとめる予定だ。

なお、来年の制度導入に先立つ入国申請の急増を防止するため、暫定措置としてこの7月から、第1階層のポイント要件の引き上げ(95ポイントから100ポイントへ)と、第2階層のスポンサーに対する受け入れ制限(来年3月末までで1300人分を削減)が実施される(注6)。

実効性には疑問も

しかし、新政府のこうした施策に先立って、近年、域外からの移民労働者数は減少しており、これには景気低迷が影響しているとみられる。内務省資料によれば、09年の第1・第2階層相当の申請者に対するビザ発行数は5万5275件、第2階層相当のビザ発行数のここ数年の減少に対して、第1階層相当分(09年で1万8785件)は微増に留まる。また、第1~第5階層全体で発行されたビザのうち、もっとも多いのは就学ビザ(第4階層)で、近年急速に増加しており、09年には31万1155件と全体の7割近くを占める。保守党の掲げる移民全体の純流入数の数万人規模への削減には、こうした留学生に対する入国制限が不可避とみられるが、教育関連の移民については今後別途方針案が示される予定で、今回のコンサルテーションからは除外されている。

図2 高度専門技術者・専門技術者向けビザ発行数(単位:千件)

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  • 注:ポイント制導入前の制度における各階層相当のビザ発行数を含む。なお、2008~2009年データは速報(修正)値、2010年データは速報値。
  • 出典:"Control of Immigration: Quarterly Statistical Summary, United Kingdom January - March 2010", Home Office

さらに、近年の移民労働者の増加には、2004年以降の新規EU加盟国である旧東欧からの労働者が占める比率が高い。移民労働者の流出入に関する国籍別のデータは公表されていないが、国内の一定額以上の稼得者に加入が義務付けられる国民保険(National Insurance)の08年度の国籍別の加入状況に関するデータからは、ポーランドからの労働者の急増と07年以降の急速な減少がうかがえる。2004年の新規加盟国に対して、イギリスが当初から流入規制を実施しなかった(雇い入れ先・期間に関する登録制のみ)ことが大きな原因だ。これらの加盟国からの労働者に対して入国制限(再規制)を課すことは、EUの定める域内の人の移動の自由の原則に反するため困難である。なお、域外からの移民の加入者ではインド、パキスタン人が多く、今回導入が検討されている数量規制の影響を特に被るとみられる。

図3 国籍別国民保険加入者数(単位:千人)

図3

政府方針の公表をうけて、イギリス産業連盟(CBI)やイギリス商工会議所(BCC)など主要な経営者団体は、人材需要とのバランスを考慮する必要があるとの留保を置きつつ、移民の数量制限自体は基本的に受け入れる姿勢を見せている。一方、例えば小企業連盟(FSB)は、数量規制による人材不足に加えて、移民労働者の医療保険支払いによる負担増に強い懸念を表明している。また求人雇用連盟(REC)は、移民労働者に依存しているホスピタリティ産業や建設業、介護業などで、人材不足が成長を阻害する可能性を危惧している。さらに公的医療部門も、現在直面している人材不足に拍車がかかり、サービスの提供が危うくなるとの危機感を募らせているという。CIPDは、景気回復が未だ不確かな中、生き残りをかけて有能な人材を調達する企業の取り組みを困難にするとして、企業からの意見を幅広く聴取するよう連立政権に求めている。

参考資料

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