最低賃金額の改定、不況の影響で微増に 

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  • 国別労働トピック:2009年6月

全国最低賃金制度に関する政府の諮問機関である低賃金委員会は5月はじめ、09年の最低賃金の改定額案などを提言する報告書を政府に提出、政府はこれを承認した。10月の改定で、22歳以上の成人向けの額は現行の5.73ポンドから5.80ポンドに、18~21歳向けは4.77ポンドから4.83ポンドに、16~17歳向けは3.53ポンドから3.57ポンドに、それぞれ引き上げられる。不況の影響への配慮から、改定率は例年より低水準にとどまった。

全国最低賃金制度は、地域や産業を問わず一律の最低賃金額を設定する制度として1999年に導入された。毎年の改定に際しては、公労使のメンバーからなる低賃金委員会が政府の諮問を受けて、新たな改定額や制度改正に関する提言を報告書として取りまとめている。委員会は、過去の改定の経済・雇用状況への影響等に関する調査を実施するほか、平均賃金・物価の動向、政労使等からの意見などを考慮のうえ改定案を決定する。委員会の試算では、最低賃金の改定は毎年約100万人の賃金を引き上げており、これを通じて低賃金労働者の所得水準の向上や、低賃金労働者の多い女性パートタイム労働者の賃金水準の改善を通じて、男女間の賃金格差の是正に効果を上げている。なおこの間、雇用へのマイナスの影響はほとんど現れていないという。

委員会は、当初2月に予定されていた報告書の政府への提出期限を5月に延期した。不況に伴う急激な雇用状況の悪化と賃金・物価上昇率の低下を受けて、可能な限り新しいデータに基づく改定額の検討が必要と判断したためだ。事前の意見聴取に対して、委員会に参加しているCBI(イギリス産業連盟)を含む使用者団体や企業からは、不況を理由に最賃額の凍結を求める声が強かった。一方、労組側は、最賃額の引き上げによる企業への影響は限定的であり、企業はこれを吸収する余力があるとして、例年通り大幅な引き上げを求めていた。

報告書は、最賃制度の影響を受けやすい低賃金業種として10業種(注1)に注目し、雇用状況を分析している。これによれば、10業種の2008年末の雇用者数の前年同期からの減少率は、全産業の平均とほぼ同程度(それぞれマイナス1%とマイナス1.1%)。しかし、10業種の低賃金労働者の半数近くが雇用されている小売業とホスピタリティ業(宿泊・飲食店業など)では、消費の低迷から顕著な雇用の減少(マイナス2.5%とマイナス1.6%)がみられるのに対して、介護事業(2.4%)や警備業(4.1%)、美容業(4.1%)などではむしろ雇用は拡大傾向にある。

また企業規模別には、低賃金労働者の多くが小規模企業(低賃金委員会の定義では、従業員規模50人未満の企業)に雇用されているが、小規模企業の雇用者数には未だ著しい減少は生じていないという。一方、年齢別には、低賃金労働者の多い若年層の雇用は他の年齢層に比べて著しく悪化している。

委員会は、今後の経済・雇用の動向の予測は難しいとしつつも、低賃金業種については今後、経済全体の平均以上に雇用状況が悪化すると推測している。このため慎重なアプローチが必要であるとして、例年より小さい引き上げ幅の改定案を政府に示し、政府はこれを了承した。09年10月から、22歳以上の成人向け額は5.80ポンド(7ペンス、1.2%増)、18~21歳向けは4.83ポンド(6ペンス、1.3%増)に、16~17歳向けは3.57ポンド(4ペンス、1.1%)に引き上げられる。さらに、委員会が併せて報告書に盛り込んだ複数の制度改正に関する提言のうち、成人向けレートの適用年齢を1歳引き下げて21歳からとすることに政府は合意、2010年10月の最賃額改定と同時に実施される予定。これは、既に最賃制度の導入時点から委員会が政府に提言していたものだ。

また、委員会は近年の報告書で、現行制度では適用対象外となっている徒弟制度(apprenticeship)の労働者に対する最賃制度の適用の可能性を諮問するよう政府に提言しており、政府は今回、これを諮問内容の一つに掲げていた。徒弟制度は、企業における就業を通じて訓練を受けるもので、週当たりの賃金額が設定されている(注2)。実際に支払われている賃金の平均額は概ねこの法定額を上回っているものの、業種(たとえば美容業)によってはこれが守られていないとみられることから、委員会は実効性の確保のため、最賃制度の枠組みの中で管理すべきであると提言している。ただし、若年者の雇用状況が著しく悪化していることや、徒弟制度は訓練的性格が強いとの見方からも、徒弟労働者に対して現在の最賃制度の金額を適用することには慎重で、新たな最賃額の設定に向けてさらに検討を行う旨の諮問を行うよう政府に提言した。

委員会はこのほか、違反事業主に対する取り締まりの強化に向けて、悪質な企業名の公表や、監督官庁である歳入関税庁の監督官の増員に予算措置を行うことなどを提言している(注3)。

最低賃金額(22歳以上)の推移
  1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
最賃額(£) 3.60 3.70 4.10 4.20 4.50 4.85 5.05 5.35 5.52 5.73 5.80
増加率(%)   2.8 10.8 2.4 7.1 7.8 4.1 5.9 3.2 3.8 1.2
未満率(%)* 0.9 0.9 1.3 0.9 1.0 1.0 1.0 1.0 1.0 0.9  
対平均賃金
比率(%)*
35.7 34.7 36.5 35.9 37.7 38.5 38.5 39.6 39.4    
対賃金中央値
比率(%)*
45.4 44.2 47.2 46.5 48.1 49.4 49.7 51.1 50.7    

* 統計局(Office for National Statistics)の労働時間・所得統計調査(Annual Survey of Hours and Earnings)に基づき、低賃金委員会が推計したもの。

参考

  • “National Minimum Wage - Low Pay Commission Report 2009” Low Pay Commission
  • Low Pay Commissionリンク先を新しいウィンドウでひらく、Department for Business, Enterprise and Regulatory Reform、TUC新しいウィンドウCBIリンク先を新しいウィンドウでひらく ほか各ウェブサイト

参考レート

  • 1英ポンド(GBP)=156.91円(※みずほ銀行リンク先を新しいウィンドウでひらくホームページ2009年6月4日現在)

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